第5話 早まるバイトの時間に弾む声

 また明日、と別れて家に戻れば一人。それでも彼から貰ったプレゼントが嬉しくてそんな淋しさも忘れる。


 帰宅後テーブルに箱を置いて中からケーキを取り出す。


 ケーキは長方形の六層の苺ショートケーキで上には苺が縦に列を作り間にサンタのメレンゲドールが置かれ、間に生クリームが飾られている。


 中央にはチョコレートで書かれたメリークリスマスのメッセージ。サンタは前から朝比くんが練習していたものだろうか。考えるだけで頬が緩んだ。


 私はスマホを取り出すとケーキを撮った。食べるのはもったいないが食べなければ意味がない。


 上から、横からと何枚も撮ってようやく満足した私は包丁を取りにキッチンへ向かった。


 正直これに包丁を入れることにためらいはあったが、意を決して切り分けていく。


 お母さんの分を皿に移してラップをかけて冷蔵庫に入れたあとお母さんが作っておいたご飯を食べた。


 デザートに朝比くんが作ったケーキを食べる。フォークですくい口に入れれば甘さ控えめなクリーム、しっとりとしたスポンジ、酸味と甘みのある苺に口元が緩む。


 さらにこれを彼が作っていたと想像するだけで顔が熱くなる。ただのバイト先の友達という認識なのか、少しは好意を持ってくれたからなのか気になってくる。


 お母さんがこの場にいなくて良かった。赤い顔のまま私はもう一度ケーキを口に入れた。


 翌朝、夜勤終わりのお母さんが帰ってきた。私は昼からバイトなので昼食を作り終えてバイトに行く準備をしていた。


「ただいま~。疲れた~」


 疲労の色が濃いお母さんの声に私は冷蔵庫からケーキを取り出してテーブルに置いた。


「お母さんおかえり。お仕事お疲れさま。これクリスマスケーキ……のおすそ分け」


「え? なになに? 茜クリスマスケーキ買ったの?」


 目の前に出されたケーキにお母さんの表情が明るくなった。


 本当はプレゼントとして貰ったけど、本当のことを話すと朝比くんのこととか話すことになるし、話すうちに私が耐えられそうにないことを考えて私は「うん」と答えることにした。


「はあ~。お母さん嬉しいわ。疲れも吹き飛びそう」


「大げさだよ。あ、お母さん。お昼ごはん置いておくね。私これからバイトだから」


 嬉しそうに表情を緩めるお母さんを見て照れくさくなった私は早口で言うと鞄を取りに部屋に戻った。


 ちょうどスマホが鳴っている。電話の主は朝比くん。何の用だろうと疑問に思いながらも通話ボタンを押した。


「宇草。大変だ。バイトの時間までは少し時間があるけど急いで来てほしい」


 慌てる声に私は事件でも起こったのか、彩公さんたちの身に何かあったのか、悪い想像をしていると電話の向こうで彩公さんの声がして元気そうなことは伝わったので安堵する。


「実は、昨日宇草が最後に対応してくれた男性客なんだけど。雑誌の編集者だったらしくてケーキの感想とうちの店紹介したいから取材させてほしいって連絡がきたんだ。母さんたちテンパってるから宇草の手を借りたい。バイト代は多めに出すって言ってるから」


 朝比くんの言う雑誌は私がたまに買う女性向けの雑誌でよく編集者おススメの洋菓子店やカフェが掲載されていて人気のコーナーがある。


 その記事を書いている人らしい。私も急な話に混乱しそうになる。


 けど、バイトの時間が早くなったという事は彼と会う時間が増えたという事だ。私はすぐに行くと伝えると鞄を持って玄関に向かった。


「バイトに行ってくるね」


「いってらっしゃーい」


 リビングからお母さんの声を聞いて私は玄関のドアを開けた。

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洋菓子店の息子と女子高生アルバイト 秋月昊 @mujinamo

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