第4話 クリスマスプレゼント
あれから二組の客が来店して閉店の時間がきた。表にある看板を店内にしまい掃除を始める私に彩公さんが話しかけてきた。
「茜ちゃん今年はうちのケーキ注文したんだね」
「はい。去年は労いとして頂いたので。今年はちゃんと自分で買おうかなって」
「え? 労い?」
「違うんですか? 帰りに朝比くんが渡してくれて。なので私てっきり彩公さんたちからの労いかと思ってました」
「あー。うん。あの子ったら肝心なこと言わなかったの。それで一年経過してたの?」
彩公さんの呟きが聞こえて私は自分の認識を改めていた。去年のバイト終わり、送ってくれた朝比くんが去り際に手渡してきたのはクリスマスケーキ。
バイト終わりの疲労感と労いの嬉しさに詳細を聞くことを忘れていた。彩公さんの口ぶりだと朝比くんが渡したケーキは別の意味があるように思える。
けど、聞く勇気はない。私はモップの柄に力を込めた。
「茜ちゃん。私がこんなことを言うのは違うと思うんだけど、このまま知らないのも進展しなさそうだしね」
いたずらっ子のように笑うと彩公さんは去年朝比くんが渡したケーキは彼が私にクリスマスプレゼントとして作ったものだったことを打ち明けた。
たしかに今思えばケーキは店に並んでいるケーキとは違っていたし、味も私好みだった。なんで気付かなかったんだろう。
なんで彼は私にケーキを作ってくれたんだろう。考えれば考えるほど分からなくなる。それでも嬉しさと幸福感が上回り頬に熱が集中する。
どうしよう泣きそう。
「あの子も大輔さんに似て言葉足らずだからちゃんと言わないのよね。でも、茜ちゃんの喜ぶ顔想像しながら作ってたの見てたから応援したくなっちゃった」
そんなこと言われたらまるで朝比くんが私のことを想ってくれてるって勘違いしてしまう。
「今年もたぶん作ると思うから、受け取ってあげて」
「はい! ぜひ! ケーキ好きなのでその、二つ余裕で食べられます」
彩公さんが厨房に移していた視線を私に戻して微笑んだ。
バイトの帰り道、私は彩公さんから明かされたことを思い出していた。そういえば私は送ってくれた彼に何を渡した?
ちょうど目に入ったコンビニで買った肉まんをクリスマスプレゼントと冗談交じりに言った気がする。
受け取ってくれた朝比くんは笑っていたけど、あれをクリスマスプレゼントとして渡したことを今さらながら後悔している。できればやり直したい。
私は頭を抱えながらその場にうずくまりたい衝動を抑えるために立ち止まった。
今年はちゃんとしてものを贈ろうと決めて視線を周囲に向けて目に留まった店に入った。
クリスマスイブは午前中まで学校があり、午後から冬期休暇に入る。クラスの雰囲気も少なからず浮ついていた。
ホームルームが終わるのと同時に男子がクリスマス会に参加する人たちに向かって声を上げていた。参加する人たちはこのまま遊びに行く流れだ。
参加する裕美たちと二、三言葉を交わして私はパティスリーフランへと急いだ。今日は事前予約していた人たちが受け取りに来る。
二四日が一番多く、翌日は少ないため一番の山場が今日だ。店に着くと順番待ちしているお客さんの列が形成されていた。
着替えて彩公さんのサポートに入る。朝比くんは大輔さんの方についている。
外で待つお客さんへ声かけと人数把握のために一度外に出た私の視線の先に学生たちが楽しそうに笑い合いながら通り過ぎた。
あのときこの店に出会わなければ私はあちら側だったんだろうかと考えて今、ここで働けることに自然と口元が緩んだ。
「おかあさん。ケーキたのしみだね」
「そうね。お母さんも楽しみだわ」
並んでいる親子が微笑み合いながら会話をする。カップルが仲良く手を繋ぎながら今夜の予定を話す。
子どものためにケーキを買いにくる父親、年齢も家庭環境もさまざまなお客さんが大輔さんたちのケーキを楽しみに待っているのを見て私も嬉しくなる。
私は声かけを終えると再び店内に戻った。
本日最後の客にケーキを渡し終えて事前告知していた通り早めの閉店準備に入る。
トラブルもなく無事に乗り越えてホッとしながら看板をしまおうとする私に朝比くんが声をかけてきた。
「宇草。今年もありがとうな」
「ううん。去年よりも接客力が上がったおかげかな。力になれてよかった」
力こぶを作るようにして笑顔で返した私を朝比くんがまだ何か言いたそうに見てくる。
「朝比くん?」
「あー。いや。その。宇草さ、さっき外見てただろ? 学生の集団。本当はあっちに参加したかったのかなって思って」
言葉が出てしまって気まずそうに視線をそらす彼に私は緩く首を左右に振る。彼の視界に入るように移動してまっすぐ彼を見て自分の言葉で伝える。
「見てたけど、混ざりたいとは思わないよ。ここでケーキを待っているお客さんの顔見てたらみんな嬉しそうでさ。私も嬉しくなったの。こんな経験めったにできないし私はこっちがいい。それに」
「それに?」
朝比くんと少しでも長くいられるならと言いそうになった私たちに男性が声をかけてきた。
二人でそちらを向く。
店の前には四〇代くらいのスーツにコートを着た男性がいた。急いで来たのだろうか息を切らせていた。
「あ、あの! クリスマスケーキは置いてますでしょうか?」
問いに私たちは顔を見合わせた。予約分はすべて渡し終えており、今日はクリスマスケーキ以外のケーキは用意していない。
申し訳なさそうに朝比くんがないことを伝えると男性は肩を落とした。
うっかりケーキの予約を忘れており当日販売のケーキを求めて何店舗も駆けずり回っていたのだという。
「ですよね。僕が予約をし忘れていたのが悪いんです。すみませんお騒がせいたしました」
他を探しますと背を向ける男性に私は声をかけた。一つだけケーキはある。
お母さんにごめんねと謝る。せっかくのクリスマス。悲しそうな思いはしてほしくないし、この店を出る人たちには笑顔でいてほしい。
だから私は自分で注文したケーキを譲ることにした。
「あの! ケーキなら一つ用意できます」
私の言葉に驚いたのは男性だけでなく朝比くんもだ。彼らを置いて私は店内に入り彩公さんに自分の引換券を渡すと簡単に事情を説明して男性へ譲る旨を伝えた。
彩公さんも驚いていたけど私の思いをくんで了承してくれた。男性を店内に招きケーキを渡すと彼は何度もお礼を述べた。
「いいですよ。あ、その代わり美味しかったら宣伝してくださいね」
「はい! ぜひそうさせていただきます」
笑顔で帰っていく男性を見送った私の気持ちはどこか晴れやかだった。やっぱり笑顔で帰ってほしい。
でも、正直に言うと少しだけお母さんに渡すはずだったケーキを失って淋しい気持ちもあった。
「茜ちゃん、良かったの?」
「はい。お母さんには別の日にケーキ贈りますので大丈夫です」
心配そうにする彩公さんに笑顔で答えて私は閉店の準備を進めた。
早めに閉店して私は帰宅の準備をしていた。鞄の中にはプレゼント用の包み。いつ渡そうと考えながら着替えて鞄を肩にかけた。
店内に戻ると朝比くんだけがいた。大輔さんと彩公さんは疲れたから早々に休むと家に戻ったらしい。
朝比くんは暗いからと送ってくれるために待ってくれていた。それだけで嬉しい。
「宇草。さっきはありがとう。それと気を遣わせてごめん」
「いいよ。気にしないで。私がしたいと思ったからいいんだよ」
笑って伝えると彼は小さく微笑んだ。それだけで鼓動が跳ねるから困る。
「そうだ。丁度良かったって言うのは不謹慎だけど、これ」
彼が店のロゴの入った箱を渡してくる。受け取るとずっしりとした重みに彼を見上げる。
「これはケーキ?」
「そう。良かったら」
本当に言葉足らずだ。そこがいいんだけど分かりにくい。少し沈みかけていた気持ちが一気に晴れる。自然と笑みがこぼれた。
「ありがとう。嬉しい。私からもはい」
今がチャンスと私は用意していた包みを渡した。驚いた顔で彼が私を見てくる。包みの中にはダークグレーのマフラー。
「プレゼント。似合うと思って」
「もらえると思ってなかったから嬉しい。ありがとう。宇草」
そう言って彼はさっそくマフラーを巻いた。照れたような、嬉しそうな顔を見て私はニヤケそうになる顔を隠すように自分のマフラーで顔を隠した。
正直に認めよう。
この気持ちは恋で間違いない。私は朝比くんのことが好きなんだ。
帰宅までの道のり、私はなるべくゆっくり歩いてなるべく彼と共にいられる時間が長ければいいのにと思った。
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