4.魔物の恩返し
暗く冷たいだけだった石の塔が、今は一切の冷たさを感じない。暖かい夜。
夜空は揺りかごのように心地良く、優しく眠りに
令嬢はしだいに
「ゆっくりおやすみ、リリス」
「おやすみなさい、ナイトメア……いえ、優しい
令嬢は眠りに落ちていった。そして、夢を見る。
それは、貧しいながらも穏やかな日常を過ごしている人々の夢だった。
人々は皆、助け合い、支え合い、生きている。
笑い合いながら食事をする家族、気遣い合う友人、互いを想い合う恋人。
令嬢は人の営みがこんなにも綺麗なものだと感じたことはなかった。
闇の魔物が見てきた光景なのだろう。
人や人の見る夢が好きだと言っていた気持ちがよく分かる。
温かくて優しい、キラキラした夢だった。
◆
朝日が射しこんで、令嬢は目を覚ます。
辺りを見回してみても、闇の魔物の姿はどこにもない。
闇の魔物が見せてくれた星空は、跡形もなく消えて無くなっていた。
「……あれは夢? それとも幻だったの? ……」
そう考えはじめた頃、令嬢の頭上から黒い影が降りてくる。
「!?」
令嬢が驚いて見上げると、それは鳥の魔物だった。
鳥の魔物は令嬢の前に降り立ち、たくさんの木の実や果実を取り出して置いていく。
「闇の魔物に頼まれて持ってきた。祝福の恩恵で多くの魔物も飢えずにすんだから、これはお返しだ」
そう言い残して鳥の魔物は再び飛び立ち、小窓から出ていった。
やはり、闇の魔物との出来事は夢ではなかったのだ。
令嬢はほっと安堵して、鳥の魔物にもらった食べ物をありがたくいただいた。
日が落ちると同時に、暗闇の中から闇の魔物が現れる。
「……ナイト、また来てくれたのね……」
令嬢は闇の魔物の姿を見て微笑む。闇の魔物の中には星屑が煌めいていた。
闇の魔物は葉っぱの
「あの……昼間も鳥の魔物が食べ物を持って来てくれたの。ナイトが頼んでくれたのね。ありがとう」
「リリスは人だけではなく、魔物もたくさん救っているから。皆、お返しがしたいんだ。他の魔物も来るだろうけど、怖がらなくていい」
「お返しと言ってくれるけど、そんなつもりで助けたわけじゃないのに……なんだか、申し訳ないわ」
「好きにしていることだから、気にしなくていい。ほら、温かいうちに食べて、きっとその方が美味しい」
まだ温かい包みの中身は、蒸し焼きにした魚と芋が入っていた。
芳しい香りが辺りに漂い、柔らかく蒸された魚を見て、令嬢はごくりと唾を飲みこむ。
思い切って齧りつくと、香草と塩と白身魚の風味が口いっぱいに広がって、とても美味しく感じる。
(温かい食事がこんなに美味しいなんて……忘れてた……)
令嬢は感動しつつ、夢中になって食べ進めた。
「美味しかった……ごちそうさま」
食べ終えて一息つくと、令嬢はふと思う。
(魔物は醜く怖ろしい生き物だと教えられてきたけれど、ナイトを醜いとも怖ろしいとも感じない)
怖ろしいはずの魔物にこんなに優しくされるなんて、本来ならば考えられないことだった。
それに、魔物達がお返しをしてくれることにも、令嬢は驚いていた。
人々は聖女の祝福を当然のごとく
見返りもなく令嬢に優しくする人などいなかったのだから、なおさらだ。
だからこそ、令嬢は魔物達に何か与えねばと焦る気持ちになっていく。
けれど、人に毒花を与えてしまった恐怖から、令嬢は祝福することができない。
「ごめんなさい……わたしはもう祝福してあげられないの……こんなに良くしてもらっているのに、何も与えてあげられない……」
「これまでにも祝福の恩恵はたくさん受けているから、リリスは無理に与えようとしなくていい」
暗い面持ちの令嬢に、闇の魔物は優しく言う。
「ただ、祝福の力は怖ろしい力ではないから、怖がらなくていい。リリスの祝福は愛の力だから」
煌めく夜空が広がっていき、また暖かい夜が部屋を覆っていく。
「人も魔物もたくさんの生き物が恩恵を受け、救われてきた。リリスの愛がどれだけ多くのものを与えてきたか、人がその尊さに気づくまで、少し時間がかかっているんだ」
闇の魔物は令嬢を優しく包みこみ、穏やかに語りかける。
「人の夢を見てきたから分かる。人は強かで欲深い生き物だ。欲深いゆえに間違いを犯してしまう。だけど、人は間違いから学ぶ生き物でもある。だから、もう少し待ってあげよう」
闇の魔物の慈しむ声を、令嬢は夢見心地で聴いていた。
「人はいずれ間違いに気づく。人がリリスの愛を知れば、リリスの夢は叶うから」
子守唄のような心地良い声を聴き、令嬢はうとうとと船を漕ぎ、安らかな眠りへと落ちていく。
「おやすみ、リリス」
「……おやすみ、なさい……ナイト……」
その日見た夢は、前向きに生きる人々の夢だった。
苦難に直面し挫折しかけても、必ず希望を見いだし前進していく。
どんな困難にも挫けずに立ち向かう、そんな力強い人の姿があった。
令嬢は人の希望がこんなにも力強いものだと感じたことはなかった。
闇の魔物が人は強かな生き物だと言っていた気持ちがよく分かる。
希望に満ちた、キラキラした夢だった。
◆
翌日も、その翌日も、そのまた翌日も、闇の魔物は令嬢の元へと通い続けた。
温かい食事と暖かい寝床を与えて、心身共に弱りきっていた令嬢を癒していく。
昼間は入れ代わり立ち代わり、鳥型の魔物や、鼠型の魔物や、虫型の魔物など、小さな魔物達が木の実や果実をたくさん持って現れた。
令嬢には少々不気味に感じられる見た目の魔物もいたけれど、祝福の恩恵を受けたお返しだと言って、魔物達はせっせと令嬢の世話を焼いた。
「こらこら、
「えぇ、そうなのか!? 人の歯では割れないのか? 残しているから好物は最後に食べる派かと思っていたぞ……よし、それなら全部割ってやるか! カリカリカリカリ」
「そうは言うけど、鴉の魔物は最近光りものばかり集めてきてなぁい? ガラス玉やボタンやリボンなんて、食べられないじゃないの」
「こ、こういったものも時には必要なのだ。乙女は綺麗なものや可愛いものに癒やされるからな。まったく、蛾の魔物は乙女心が分かってないな」
「乙女心ぉ? 鴉の魔物は乙女じゃないでしょ……。まぁ、あたしは食べられないものなんかより、断然、甘くて美味しい花とか果物の方が嬉しいけどね」
小さな魔物達が令嬢の周りで、ああでもないこうでもない、こうしようああしようと、にぎやかに騒いでいる。
静かすぎて物寂しかった部屋に明るい声が溢れて、令嬢は楽しい気持ちになっていき、魔物達に笑いかける。
「あの、気遣ってもらえて、すごく嬉しい……ありがとう」
令嬢に礼を言われた魔物達は、ぷるぷると身体を震わせて感激し、我先にと張り切って小窓から飛び出していく。
そんな姿を見て令嬢は目を丸くし、危険な存在だと教えられてきた魔物の認識がすっかりと変わっていったのだった。
魔物達に優しく癒され、令嬢は少しずつ元気を取り戻していった。
◆
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