6.真っ白い人形
罪人に自白させるための拷問器具が立ち並ぶ、尋問部屋。
一夜明け、令嬢は鎖で吊るされ、爪先立ちの状態で尋問を受けていた。
「もう一度聞く。魔物に何を対価に与え、今まで生き長らえてきたんだ?」
「……何も、与えてない……」
バシャンッ
問いに答えた令嬢は、冷たい水を浴びせかけられる。
答えるたびに何度も浴びせられ、令嬢の身体は凍えきり震えが止まらない。
尋問していた衛兵は苛立った様子で令嬢に詰めより、怒鳴りつける。
「さっさと白状しろ! これ以上、手間をかけさせるな!!」
「……何度聞かれても……与えてないとしか答えられない……魔物は、何も欲しがらなかった……ただ、食べ物を分けてくれただけで……」
「でたらめを言うんじゃない! 邪悪で醜い化物の魔物が見返りもなく、ほどこしなどするものか!!」
魔物を悪しきものと決めつけ、まったく聞く耳を持たない衛兵に、令嬢は震える声でなおも訴える。
「……魔物は邪悪なんかじゃない……過去に祝福の恩恵を受けたと、お返しをしてくれた……魔物は醜い化物なんかじゃない……」
「まだ言うか……ならば、魔物の前で咲かせていた花はなんだと言うんだ!?」
「……あれは、彼に……陛下へ贈るために……咲かせようとした、祝福の花……」
バシャンッ
「大嘘つきの魔女め! 魔物と通じて一体何を企んでいる! 魔物になんの力を与えたんだ? いい加減に白状しろ!!」
衛兵は震えて俯く令嬢の髪を鷲掴みにして上向かせ、猛獣に似た形相で鋭い牙を剥き出しにして喚く。
令嬢が何を言ったとしても、衛兵は令嬢の言葉を信じはしないだろう。
嘘であろうと真実であろうと関係なく、衛兵はただ獲物をいたぶりたいだけなのだと令嬢は思っていた。
令嬢の目に映る真っ黒く染まったおぞましい獣の姿は、その残忍性と嗜虐性を体現しているのだから。
「お前がさっさと白状しないのが悪いんだ。水責めくらいじゃ生温かったな。次は嘘を吐く度に一枚ずつ爪を剥いでやろう。その次は指を一本ずつ折って、骨を砕いて、皮を剥いで……くくくっ。じっくりゆっくりと尋問してやろうじゃないか」
衛兵が他の衛兵に合図すると、急に鎖が緩められ、令嬢は床に倒れこむ。
舌舐めずりをする衛兵が拷問器具を物色して、血の浸みこんだ錆びた器具を手に令嬢の方へと近づいてくる。
令嬢はいたぶられて殺されるのだと恐怖するが、すでに満身創痍で逃げることも抵抗することもままならない。
「女の悲鳴は実に唆る。存分に泣き叫ぶといい……くっははははは」
衛兵達に押さえつけられ、令嬢の小さな爪を凶悪な器具がはさみこむ。
「さぁ、魔物に何を対価に与えた?」
「……、……い゛っ……」
怯える令嬢が何も答えられずにいると、徐々に器具に力が加えられていき、令嬢の指先に痛みが走る。
令嬢が爪を剥がされると思った、次の瞬間――
「お待ちください」
――制止の声が上がり、開かれた尋問部屋の扉から王の侍従と侍女が姿を現す。
「なんだ? これからだと言うのに……」
「国王陛下が聖女をお呼びです。聖女をこちらへ」
「くっ……国王陛下のご命令では仕方ないな」
喚いていた衛兵は小さく舌打ちをして、令嬢の耳元で囁く。
「少しでもおかしな真似をしてみろ、その時は八つ裂きにしてやるからな……くくくっ」
令嬢の爪から凶悪な器具を離し拘束を解くと、衛兵は侍従達の方へと令嬢を突き飛ばす。
「ほら、連れて行け!」
「きゃっ……」
拷問から解放され、令嬢が助けられたのかと侍従を見上げれば、ギョロリとした大きな一つ目が冷ややかに令嬢を見下ろしていた。
侍女の小さな複数の目も同様に、その視線からは一切の温もりを感じられない。
令嬢がこれまでに向けられてきた、人々からの侮蔑や嘲笑となんら変わらない視線だった。
蜘蛛のような何本も生えた侍女の手が、床に倒れこんでいた令嬢を引き上げ立たせる。
「では、参りましょう」
淡々とした物言いの侍従と、事務的に令嬢を支える侍女に誘導され、令嬢は王宮へと連れていかれた。
◆
冷淡な視線を向けられ、今度はどんな酷い扱いを受けるのだろうかと戦々恐々としていた令嬢は、その予想とは裏腹に大変丁寧な扱いを受けていた。
「こんなに凍えて、さぞお辛かったでしょう」
凍えていた身体は豪華に花びらを浮かべた温かい湯船で清められ、高価な芳しい香油を贅沢に塗られて、肌と髪を磨き上げられる。
「国王陛下にお会いするのですから、身なりを整えましょう」
令嬢がこれまで身につけたことのない上質な生地のドレスを着せられ、髪を結い上げ煌めく宝石で飾りつけられて、丁寧に化粧を施される。
「聖女のために国王陛下がご用意されたドレスです。良くお似合いでいらっしゃいます」
侍女の言動自体は優しいものだったが、その蔑んだ視線からは令嬢に高級品など相応しくないと思っていることが、ありありと伝わった。
「………………」
姿見の前に立たされ、令嬢が鏡を見れば、そこには華やかで美しい姫君のような姿が映っていた。
頭を覆い隠す髪飾りや煌めく宝石に鮮やかな化粧は、令嬢の黒髪や黒目を目立たなくさせている。
眩い純白の絹をふんだんに使ったドレスは花嫁衣装にも似ていて、令嬢の肌の白さを際立たせていた。
その姿がどこか作り物じみて感じられ、令嬢の目には真っ白い人形のように映る。
見慣れない姿が己だとは思いにくく、愛する婚約者から高価で貴重なものを与えられているのだとしても、嬉しいとは思えなかった。
なぜ、唐突に待遇が変わったのか、婚約者に高価なものを与えられているのか、令嬢には分からない。
それよりも、大怪我を負って苦しんでいるであろう闇の魔物のことが気がかりで仕方なかった。
隙を見て王宮を抜け出そうにも、常に侍女の監視があり、外では衛兵が目を光らせていて、闇の魔物を探しに行くことができずにいたのだ。
闇の魔物の身を案じ、令嬢が暗い面持ちでいると、侍女が扉を開け放ち誘導する。
「さぁ、国王陛下がお待ちです。参りましょう」
令嬢は何か方法はないかと、藁にも縋る思いで考える。
(待遇を変えてくれるほど心変わりした彼なら、もしかしたら、わたしの話を聞いてくれるかもしれない……)
人々は偏見で魔物を醜く邪悪な化物だと誤解しているけれど、昔の心優しい婚約者ならばきっと令嬢の言葉を信じてくれるはずだと、闇の魔物を救ってくれるに違いないと思ったのだ。
(昔の気持ちを取り戻した心優しい彼であって欲しい……どうか、心から愛した彼であって欲しい……)
令嬢はそう願った。わずかな希望を胸に、予感めいた不可解な恐怖心を振り払い、令嬢は国王陛下の元へと向かっていった。
◆
令嬢が連れていかれたのは、王宮の屋外に設けられた式典会場だった。
絢爛豪華な式典会場には、何百何千もの人々が集まっている。
歩みを進める先、人々の注目が集まるその先に令嬢の婚約者――王の姿はあった。
王は令嬢の姿を見ると、玉座から立ち上がり、台座から降りてきて、令嬢の元へと歩みよる。
「ああ、私の聖女」
令嬢を呼ぶその声は、昔の心優しかった婚約者を思わせる、甘く優しい声だった。
しかし、その姿はさらに大きく膨れ上がり、笑っているはずの顔は真っ黒でおぞましく歪んで見えた。
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