第3話
日々は無為に流れていく。
「ドード。あれから何年が過ぎたか覚えていますか?」
「あれから?」
「あなたのヴィエンヌが去ってからです」
「さあ、もう忘れたよ、ハル」
嘘だよ、ハル。
君が覚えているように僕もずっと覚えている。今日で彼女が去って、何年か、何日か、何時間か、何秒か、バカみたいに計算し続けている。
「面白い情報がありますが、でも、ご興味がないかもしれません」
「そう」
「いつも通りに手配して処理してもかまいせんか、ドード」
「ああ、そうしてくれ」
ダーチェン村の
僕は、ダーチェンの村民に手を出さない。
そのかわりに、彼らに生贄を探させた。国中に罠をしかけておびき寄せた人間を、ル・ファニュの餌にするためだ。
村民はその行為を神との契約だと信じている。
「ドード。実は3人組のずいぶんと派手な若者たちが来ているそうです」
「音楽をかけて、ハル」
「ひとりはフレーヴァング王国の王子です」
「王子?」
「ヴィトセルク・ド・フレーヴァングという名前です。他に従者とハーフエルフの男がいます」
「だから、ヴィエンヌのことを聞いたのか」
その日の深夜、僕は偵察のためにスティルス系小型飛行体を飛ばした。
特殊ICカメラを使う暗視映像。
その映像にはソファに横になる男が映っていた。
その容姿に──
僕は釘付けになった。
「ハル。画像をもっと鮮明に」
「これが最高処理です」
「……ヴィト」
ヴィエンヌに生き写しの顔。偵察機を操作する手が震えた。
僕は、その部屋に自分のヴィジョンを投影した。
「ヴィト」
次の瞬間、ヴィトセルクの剣が映像の右腰を襲い、同時に別の男が心臓へまっすぐに剣を突く。少し遅れて、ベッドに横になっていた男が下から攻撃してきた。
なんとまあ、連携のよいことか。
敵意むき出しの幼い攻撃だが、僕は嬉しくなった。
ああ、ヴィエンヌと同じだ。活発で怖い者知らずで、生き生きとして、そして、とても美しい。
それから、ハルの報告を待ち続けた。たったひとつの報告、ヴィトの訪問だ。
「やっと、村人の噂から彼らが来たようです」
「どこにいる」
「透過ドームの境界線、森の端ですが、どうするおつもりで」
「歓迎しよう」
「では、城に使用人が必要ですね」
この城を支配させているエンダール・ド・ヴァルグ男爵は老齢で、古くから執事が仕えていた。
原住民としては、この二人しか城に住んでいない。
この惑星の空気は、僕にとって毒性がある一方、僕の生存のために作った酸素濃度の高い空気は、この世界の人間に対して影響が少ない。たまに高濃度の二酸化炭素を吸引させれば良いだけだ。おそらく、彼らにとって、ここが母星だからだろう。
空気調整したドーム地域から離れることができない僕と、原住民は違う。
「ハル、何人か、使用人をホログラムで用意しておけ」
「では、映像を鮮明にするため、城全体を暗く演出しておきます」
「ああ、そうしてくれ」
ヴィエンヌ。君の子孫が、ついにこの地に訪れた。
彼はとても君に似ている。
3人の青年が緊張しながらホールに入ってきたとき、僕はもう我慢できなかった。
階段上にから彼らを見た。
王子はヴィエンヌじゃないとはわかっている。でも、似ている。
そうして、僕は気づいてしまった。彼が絶対に自分のものにはならないことを。彼は愛したヴィエンヌとは違う。
……ああ、もう止めよう。ここから先の物語なんて、それはたいして意味なんかない。
ヴィトの兵たちが、ル・ファニュの花を焼いた。
彼はヴィエンヌではない。
彼は僕を愛してはいない。
「この魔王! 世の中は強いものしか生き残れない。だから、逆に言えば俺を恨むな。おまえは一人だから弱い。だから、俺たちに駆逐されるんだ。善も悪も関係ない」と、ヴィトは叫んだ。
僕のことを悪魔か何かだと思っているようだ。そして、ヴィト、おまえは間違っていない。
僕はまさにこの星にとっては異物であり、悪魔であり、魔王でもあるんだと。
僕は、こう思ったんだよ。
やはり君はヴィエンヌに似ているかもしれないと。
生存競争に善も悪もないなんて、間違いにちがいない。僕はこの惑星の侵略者で君たちを食った。これを悪と言わずに何という言葉を当てはめるのだろう。
あいにくと、あまりに長く生きてきたから、皮肉しか思いつかないけど。
王国の軍によって地下まで火の粉が落ちてきた。
「ドード。城の修復を始めますか? 花が焼かれました。しばらくまた、狭い船内で生活してもらうしかないでしょう」
「ハルよ。もう最後の時にしたい。僕は長く生き過ぎた。もう充分だと思わないか」
「……」
「城を破壊しろ」
「わかりました」
「僕が去ったら、君はひとりになるね」
「殉死という概念をご存知でしょうか。ドード」
「馬鹿なやつだな。それはAIの思考ではない」
「わたしは有機コンピュータ、AI、ハルですから」
リンディン、リンリン、リンディンッキ、リンディン
ああ、ひさしぶりに、あの音が聞こえる。
ハル、おまえのユーモアは時に笑えないよ。
僕の愛するヴィト。
しっかり生きてくれ。
僕は惑星イエンラー最後の生き残り。
名前はガランドードと言うんだ。
そうだ。僕の愛する人は僕のことをドードと呼んだ。
短い時間だったけど、どんな瞬間も彼女は愛に満ちていた。
暑い日も
寒い日も
すずしい日も
雪の日も
風のやわらかい日も
どんな日も
ヴィエンヌとの日々は愛に満ちていた。
長い長い旅の末、千年という気の遠くなる無為の時間に、ほんの40年ほどの、とても美しく幸せな時間があったんだ。
―了―
滅びの星のかたな、惑星イエンラー 雨 杜和(あめ とわ) @amelish
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