第2話



 僕とAIは、この星で生きる形を模索した。僕の体には適合しない空気。二酸化炭素が多い世界だ。

 この地で生き延びるために、長く孤独な戦いがつづいた。


 空気を正常化するための研究に数十年。

 穀物庫に保存していた故郷のタネを地上に植えてみる。失敗につぐ失敗で、船の浄化作用だけで、何百年も狭い空間に閉じ込められた。


 気晴らしが必要だったと思う。

 神になったつもりで、小型ステルス機をよく飛ばした。


「ここは、イエンラーとはあまりに違う。森の色も、すべてが」

「基本的な構造は似ているものが多いようです。もっとも大きな違いは、年数でしょう。惑星の大きさと自転の違いを計算しました。母星での1年がこの星では20年に相当します」

「そんなことは知りたくないよ。それじゃあ、僕は不死になりそうだ」

「いいえ、不死など有機物ではあり得ない概念です」

「ハル」

「はい」

「ロマンも必要なものなんだ」


 故郷から持ってきたル・ファニュの根がこの地の知的生命体を捉えた。それは偶然という奇跡だったけど。原住民のエナジーが花の栄養素になった。生命力に満ち溢れ、多くの花を咲かせた。


 ル・ファニュが吐き出す空気を透明ドームに閉じ込める。

 ドーム内は、この地に蔓延する二酸化炭素を中和する。


 その日から、僕の世界が広がった。


 根城にした城を中心に、湖の周辺を透明ドームで囲い、わずかに空気の組成を変える。その数パーセントの差が僕の命綱だ。

 近くのダーチェン村を支配下に収めることもした。

 彼らは単純で、僕を永遠に生きる神と信じるのに、200年もかからなかった。




 ああ、そうだ、この物語を話さなければ。ときどき、僕は忘れたふりをして自分をだましているんだけど。


 ヴィエンヌ・ド・フレーヴァング姫のことだ。


 彼女との出会いは偶然だったのか、運命だったのか。


 僕は──、大きな力で引き寄せられるように、強烈な引力で彼女に惹き寄せられた。


 僕のヴィエンヌ。

 ル・ファニュの花のような赤い衣装をまとった原住民の少女。

 彼女は恐れを知らなかった。


 その愛らしい顔は完璧で、どことなく母に似ていた。


 彼女が森奥から現れ湖に落ちたとき、僕は彼女を救った。ずぶ濡れで現れた可憐な姿を見たとき、心臓が大きな音を立てて鼓動した。


 それなのに彼女は怒った顔で怒鳴りはじめたのだ。


「誰が助けてって言ったの!」


 彼女の気持ちがよくわからなかった。助けたのに怒鳴られるなんて、謎でしかない。怒ったり、泣いたり、感情豊かな少女は、僕をとりこにした。


「すまないことをしたね。ただ、こんな可愛い子が濡れて。ほら、ごらん金色の髪がびしょびしょだ。病気になってしまうよ」

「あなた、いくつなの?」


 誰なの? でも、何者? でもなく、最初に年齢を聞いた彼女。

 そう、ヴィエンヌは勘がするどいところがあった。


 僕は笑ってしまった。


 君の無邪気な問いにどう答えようか。

 この地に不時着してから、フレーヴァング歴で数えれば530年。

 母星を旅立ってから一億年は眠っていた。


 僕はいったい何歳なんだろうか。


「僕は……、いくつに見える」

「う〜〜ん、わたしより少し上。23歳くらいに見えるけど、でも、100歳って言われても不思議はないわ」

「なぜ?」

「なんだか、寂しそうだから」

「寂しい人は年寄りなのかい?」

「そうよ。おじいちゃんって、みな寂しいの」


 少女は屈託なく、コロコロと楽しそうに笑った。


「なぜ、こんな辺鄙へんぴな場所に来たんだい?」

「わたしね、フレーヴァング王国の第三王女なの。だから、他国の偉い人と結婚しなきゃいけないけど。そんなの酷いって思う、だからね」

「だから、逃げてきたのか」

「そうよ。愛する人と結婚するつもり。物語のように、それって悪いことじゃないでしょ」

「ああ、そうかもしれないね」

「それで……」と、少女は顔を少し赤らめた。「あなた、とっても綺麗で美しい顔をしているのね。黒くまっすぐな長い髪が似合って。それにその白いエレガントなローブみたいな服。似合っているわ。エキゾチックな王子さまみたいで、すごく魅力的だわ」


 無邪気な少女だった。何も知らない原住民。

 僕は、その初対面から惹かれた。たぶん、寂しかったからだろう。餌でしかない生き物なのに。


 この世界に僕は倦んでいる。それは孤独と言い換えてもいいかもしれない。


 そんな僕に少女は楽しい会話という娯楽を与えた。

 僕は笑うことを思いだした。


「じゃあ、僕に恋したのかい」

「いいえ」

「傷つくなあ。君の名前は?」

「さっきも言ったじゃない。ヴィエンヌ。ヴィエンヌ・ド・フレーヴァング。ヴィトって呼んでいいわよ」

「ヴィト」

「あなたの名前は。なぜ、こんな辺鄙な場所に住んでいるの」

「僕の名前はガランドード。ここに住んでいるのは、たぶん罰なんだと思う」

「罰? 悪人なの。王に追放された流人?」

「そんなものだ」


 彼女は唇をすぼめ、頬を膨らました。


「かわいそうに、寂しかったでしょ? ドード」

「ドード?」

「そう、今日からあなたのことをドードと呼ぶわ」


 時は、あっという間に過ぎていく。

 ヴィエンヌは王に連れ戻され結婚したが、すぐに僕のもとへ逃げて来た。


「ああ、王城は退屈だったわ。ドード、あなたほど刺激的で、楽しませてくれる人っていないわよね。わたしね、今もこれからも、自分の人生は自分で決めたいの。だから、あなたと一緒に生きるわ」と、彼女は笑った。


 そう、彼女はいつも笑っていた。

 僕の罪を知らずに、僕が人のエナジーを吸って生きてることなど、まるで気づきもせずに。


 ヴィエンヌは長い時間を幸せに過ごした。

 彼女は、あらゆることに驚き、僕を喜ばせた。

 僕の操る技術を。かってに魔法と解釈していた。


 たとえば、空に浮かぶとか、幻影を見せるとか。

 そんなことは進歩した惑星イエンラーの技術では容易なことだが、その全てに純真に驚き、僕を楽しませた。


 ヴィエンヌ……。

 僕たちの時間は短かったね。

 君にとっての60年は、僕にとって3年ほどに過ぎない。


「ねぇ、教えてくれよ、ヴィトや。君の人生は幸せだったのかい?」

「ええ、とても幸せだったわ、ドード。ほら、わたしは、こんなお婆ちゃんになったけど、あなたは出会った日と同じように美しくて若い。ずるいわ、でも、とっても幸せだった。こんないい男をずっと独占できて」


 僕にとって、それはとても、本当に本当に、とても短い時間だったんだ。君は知らないだろうけど。

 君たちは短命だ。

 たった60年ほどの命。

 千年を生きる僕には、ほんの一瞬だった。


「ねえ、ドード。あまり長く悲しまないでね。また、いつか、きっと会えるわ。わたしは会いにくる。あの湖のほとりで、あなたを探してあげるから」


 老いた君の身体を抱きしめ、僕は泣いた。

 母星が破壊されたときでさえ、泣かなかった僕が、いつまでも君を抱いて泣いた。


 君が永遠の眠りについたあと、地下に根を張ったル・ファニュの根元に君を横たえた。

 君の仲間が、僕のためにエナジーを与える罪深い場所に……。


 僕は君を葬った。



(つづく)

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