第11話 副ギルド長、おののく
深夜。
やっとガィゼンの酒場が営業時間を終えた。
裏の洗い場では、皿洗いマラソンを完走した俺が死にかけていた。
「……つ、疲れた」
「え~、旦那様。体力不足なのでは? 今度一緒に運動しますか?」
地べたに横たわる俺を、膝を曲げたレミュが指でつつく。やめろ。やめなさい。
結局、閉店までずっと皿を洗い続けるハメになった。
体力はある方だとは思ってたが、さすがにずっと皿を洗い続けるのはキツかった。
俺がこんなになっている一方、レミュは涼しい顔で俺をツンツンし続けている。
そこらへんは鍛え方が違う、ってことなんだろうが、ちょっと悔しい。
レミュの誘いに乗って、してみようかな。運動。
「運動しましょうよ。運動。まずは朝から城壁外十周ランニングからです!」
「まずは、でやる運動量じゃねぇ!」
俺は体を鍛えたいのであって、朝から自らの限界に挑戦する気はねぇんだよ!
「…………?」
だが、俺の悲鳴に対して、レミュは不思議そうに首をかしげるばかり。
こいつからすれば城壁外十周程度、ウォーミングアップでしかないんだろうな。
つまり、こいつは頭だけじゃなく体力までもがバカってことだ。
なんという、悲しい現実だろう。
レミュ・サルヴァトルという女は、バカであることが運命づけられていたのだ。
「いよぉ、お二人さん。お疲れさん」
俺が現実を痛感したタイミングで、洗い場にガィゼンがやってくる。
やはり見た目はデケェ熊。
しかし、その顔に浮かぶ笑みは気安くて、見てるこっちが和みそうになる。
「十日ぶりの営業だったから、いつもより客が多くて皿洗う余裕がなかったところでよ。あんたらがいてくれて助かったぜ」
「十日ぶり、ねぇ……」
ケラケラ笑うガィゼンを前に、俺は軽く腕を組む。
要するに、この酒場は趣味でやってる副業、みたいなモンってことか。
「改めて自己紹介させてもらうぜ。俺はガィゼン・ヴォルフォってモンだ」
目の前にごっつい手を差し出されて、俺はそれをゆるやかに握り返す。
それでまず感じたのは、手の皮の分厚さ。
固く変質したそれは、長い間硬質な何かを握り続けてきたことで培われたものだ。
そして手の甲に見える数えきれない火傷のあと。
「年季が入ってるな。さすがは、鍛冶師ギルドの副ギルド長か」
「お? 俺の本業をすでにご存じかよ。そういうあんた、見ない顔だが?」
「俺はクレイド、鍛冶師だよ」
「……へぇ」
俺の短い自己紹介に、ガィゼンが小さく反応をする。
直後、ガィゼンが放つ雰囲気が変わった気がした。纏う空気が一気に張り詰める。
酒場の気のいい店主から、鍛冶師ギルドの副ギルド長になったらしい。
そして、それはそれとして傍らにいたバカがニヘラと笑って言った。
「あのですね、あのですね、聞いてください、ガィゼンさん! わたし、この人のお嫁さんになっちゃったんですよ~! すっごい頼りになる旦那様なんです~!」
「はぁ? 嫁だァ……?」
体をクネクネさせているレミュに、ガィゼンは驚きすぎて口をポカンと開ける。
そして顔全体で『困惑』を表現しつつ、彼の瞳が俺へ向けられる。
「あんた、結婚したんか、この娘と?」
「そうなるな」
「いや、あんた、正気か……?」
本気か。ではなく、正気か。と来たモンだ。だがその言葉、納得しかない!
「サルヴァトル家が抱える借金がいくらか知って結婚したのか?」
「ああ。それなら――」
俺は今日あった出来事をかいつまんでガィゼンに話した。
魔王城跡でのレミュとの出会いと、古代炉心の製法を対価にした借金の清算と。
話し終えたところで、ガィゼンが再び小さく反応を見せる。
だがそれは、驚きではなく……、
「ほぉ~、古代炉心の製法とはねぇ。そりゃあすごい」
俺に対する、露骨なまでの興味と関心だった。
あごひげをさすりながら、ゼィガンは隠すことなく俺のことを視線で値踏みする。
「見たところ、ただの若い兄ちゃんにしか見えないが……」
言葉をとこで途切れさせて、次いでゼィガンが見たのはレミュの方。
正しくは、レミュが腰に差している剣だ。
「レミュちゃん、剣が新しくなってるな。前に使ってたのはどうした?」
「魔王城にいたアイアンゴーレムと戦ったときに、折れちゃいました」
「アイアンゴーレムにあのボロ剣で挑んだのか? そりゃあ、もつワケがねぇよ」
ガィゼンが肩をすくめて苦笑をする。
どうやら、レミュの前の武器がどういうものが知っているようだった。
「ガィゼンさんがお手入れ頼んでもしてくれないからですよ~!」
「ったりめぇだ。あんた、代金払えねぇだろうが。酒場は趣味だからまだしも、鍛冶は本業なんだよ。そう簡単に自分の仕事を安売りできるかって」
「む~!」
レミュが頬を膨らませるのを見て、ガィゼンがまた笑い飛ばした。
何か、随分と気安い関係のように見える。結構、付き合いが長いのかもしれない。
「で、レミュちゃんの新しい剣を打ったのが、あんたかい?」
再び、俺に問いが飛ぶ。
「ああ。そうだ。ま、順序は逆だがな」
「逆だと?」
「先に剣を打って、そのあとでレミュとゴーレムの戦闘に遭遇して、剣をレミュに渡したのさ。こいつ、性格と金銭感覚は死んでるが、剣の腕だけは極まってるからな」
「ふ~む、なるほ……、って、待て待て待て!」
一度は納得しかけたガィゼンが、急に慌てたように声を乱す。どした?
「剣を打っただと? 魔王城跡で? あの何もない山の中でか?」
ああ、そこね。そういうことね。
剣を打つなんて、言葉にすれば簡単だが、実際にやるには鍛冶場が必要になる。
炉もなく、鎚もなく、金床もない状況で剣を打てるはずがない。
普通の鍛冶師だったら、な。
「俺は打てるんだよ」
俺はそう言ってニヤリと笑って見せた。
すると、ガィゼンは俺の表情から何を読み取ったのか、レミュに右手を伸ばす。
「レミュちゃん、その剣、ちょいと見せてくれねぇかい?」
「え……」
ガィゼンの申し出に、レミュがチラリとこちらを見る。
俺は無言のまま、コクリとうなずいた。別に、見せて損することなど何もない。
「なぁ、ガィゼンさんよ。俺はあんたが使ってた包丁を見たいんだが、どうかな?」
「それが交換条件ってんなら、是非もねぇ。好きに見てくれや」
やったぜ。
ずっと気になってたガィゼンの包丁、じっくり観察させてもらうぜェ~!
『楽しそうですね、マイスター様』
『ったりめぇよ! この時代の鍛冶師の腕前、拝見させてもらおうじゃねぇの!』
カジーナのつぶやきに、俺は実にハキハキした声で返したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
わぁ、業物~。
ガィゼンの包丁を手に取ってまず思ったことがそれだった。
俺は額のゴーグル『神眼アメノヒトツメ』を目にかけ、包丁を眺める。
すると、包丁のステータス詳細がはっきりと現れる。
―――――――――――――――――――――
ガィゼンのほうちょう
攻撃+80
腕力+25(調理時のみ)
敏捷+25(調理時のみ)
器用+25(調理時のみ)
特性:食材特攻Lv4(調理時のみ)
耐久上昇Lv3(調理時のみ)
疲労耐性Lv3(調理時のみ)
強化値:45/45
―――――――――――――――――――――
ああ、やっぱり業物だ、この包丁。
素材はおそらく魔靭鉄だが、この攻撃力は何事だ。普通の武器より全然高いぞ。
それ以外にも、ステータスの上昇率が非常に大きい。
調理時限定とはいえ、この上がり幅は一級品の魔剣にも匹敵する。
料理人にとっては、まさに夢の包丁なんじゃないかな。
だってこれ使えば料理の腕は上がるし、疲れにくくなるし、いたれりつくせりだ。
ただのメシマズ程度なら、この包丁使えばメシマズ克服できるかも。
そのくらい『ガィゼンの包丁』は料理人にとってありがたい特性を有している。
「ふへぇ……」
ゴーグルを外して、俺は感嘆の息をつく。
直で目にするガィゼンの包丁は、鮮やかで美しい鋼の色を俺に見せてくれている。
全体的に厚めの仕上がりで、無骨な斧のような印象がある。
だが、刃部分は明らかに研ぎ澄まされていて、サーベルのようでもある。
形状こそ、現代日本でもありそうな普通の包丁に見える。
しかし、だからこそ刃の美しさが際立っているようにも思えるのだ。
いいね、実にいい。
この無骨で無愛想ながらも、その奥に見える鋭利な刃の輝きが俺の心を躍らせる。
『マイスター様、子供みたいに笑ってますね?』
『そりゃね。楽しいからね。ウヒヒ』
この包丁からは、ガィゼンが込めた『熱』がしっかり感じ取れる。
俺は、それが嬉しくてならない。
これは、確かな腕を持った鍛冶師が、情熱を注いで打ったモノだ。
やっぱ、腕のいい鍛冶師の作ったブツを眺めるのは、楽しいなぁ。
当然、腕前は俺の方が上だし、俺の方がイイモノ作るが、それはそれってヤツよ!
きっと、俺の打った剣を見ているガィゼンも同じことを思ってるはずだ。
そう確信しながら、俺はガィゼンの様子を確かめてみる。
「…………」
何故か、ガィゼンは俺の剣を握ったまま完全に押し黙っていた。
その顔は蒼白で、頬を幾筋もの汗が伝っている。唇が震えているようにも見える。
いや、唇だけじゃない。
肩も震えてるし、腕も震えてるし、背中も震えてるし、つまり全身震えている。
え、そのリアクション、何?
俺がそう思っていぶかしんでいたら、ガィゼンがつぶやいた。
「何だぁ、こりゃあ……」
「え、え? 何です? わたしの剣がどうかしたんですか?」
ブルってるガィゼンを前に、レミュがのんきに尋ねる。正直、俺も気になる。
「……わからねぇんだよ、レミュちゃん」
「何がわからないんですか、ガィゼンさん」
「この剣を、どう打ったかが」
レミュの剣を、それこそなめ回すように凝視しつつ、ガィゼンが固い声で続ける。
「ミスリル銀を素材にした剣。それはわかる。わかるんだが、こいつは何だ? どうしてここまでムラなく仕上げられるんだ?」
この街の鍛冶師ギルドの副ギルド長が、俺の剣にただただ舌を巻いている。
「普通、刃の厚みってのはどこかに偏りが出る。どれだけ腕がいい鍛冶師でもゼロに近づけることはできても、ゼロにはできねぇ。だが、こいつはそういった厚みの偏りが全く見られねぇ。まるで、ミスリル銀の鉱石をそのまま剣の形に変えちまったような――、だがそれだけに留まらねぇ。この冴え冴えとした刃の有り様はどうだ。形を整えただけじゃこうはならねぇ。こいつは、極上の腕前を持った職人の仕事だ」
けど、この辺りはさすがの名工、って感じだな。
ミスリル銀をそのまま剣の形に変えた。それは俺の工法を的確に言い表している。
金属を鍛えるのではなく、存在自体を鍛えて別の形に変えるのが俺の鍛冶だ。
ガィゼンには理解できないだろう話だろうが、それでも近いところまできている。
「あんたもさすがだよ、ガィゼンさん」
「……クレイド、とか言ったな」
パチパチと軽く拍手を贈る俺を、ガィゼンが青い顔のまま見据えてくる。
「あんた、何者だ?」
「俺は、この街で気楽に鍛冶屋を営みたい、黒髪のクレイドさ」
この異世界で俺だけがゲームシステムで鍛冶をする 楽市 @hanpen_thiyo
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