エピローグ 帰路
第43話
「ここで降ろしてくれて構わない」
助手席に座る犯人にそう言われ、わたしはゆっくりと車のスピードを落とした。
フロントグラスの向こうには、小さな交番が見えている。
一方、城ケ崎は後部座席でだらしなく横になっていた。悪夢に
「…………」
何というか、酷く哀れだった。
これでは当分は再起不能だろう。
「流石は城ケ崎九郎といったところだね」
そんな城ケ崎に対し、犯人は何故か感心したように呟いた。
「何が流石なんです?」
思わずそう問わずにはいられない。
「あの落ち込みようだよ。城ケ崎君がそれだけ自分の推理に信念と誇りを懸けていたということだ。そしてそれが敗れたとき、彼の心は自我を保てなくなる程のダメージを受けた。いやはや、壮絶な覚悟だ」
「……本当にそうでしょうか?」
それは買被りというものではなかろうか?
城ケ崎は死ぬ覚悟よりも生き残る意志を持てと言った。その観点から見れば、今の城ケ崎は犯人の前で無様に力尽きた生きた屍でしかない。
探偵失格と言わざるを得ないだろう。
「それにしても意外でした。まさかあなたが警察に自首したいと言い出すだなんて」
城ケ崎が倒れたとき、もうわたしには犯人をどうすることも出来なかった。
生殺与奪の権は相手にあり、わたしは降伏するしかなかったのにも拘わらず、犯人は最寄りの交番まで連れて行って欲しいと言った。
「そうかな? まァ自分でも上手く説明出来ないけれど、これは僕なりのけじめだと思っている。今まで僕が捕らえた犯罪者たちが法で裁かれたように、僕も裁かれなくてはフェアじゃないだろう? それに城ケ崎九郎を初めとする名探偵たちとの戦いに勝利したのだから、もう僕に思い残すことなんてない」
「そうですか」
どこまでもフェアプレイを重んじる犯人だ。
だが、わたしは知っている。
一つ、犯人が最も重大なルールを破ったことを。
「それなら最後に、わたしの推理を聞いて貰えますか?」
「いいとも」
「あなたは本当は支倉貴人ではなく、綿貫リエなんですよね?」
「あは」
助手席に座る犯人は
おかしいと感じたのは、犯人が城ケ崎の部屋に泊まった夜のことを話したときだ。
犯人は身体を調べられることを覚悟していたと言った。
しかし自分を綿貫だと思わせる為だけに毒薬を飲むような犯人が、こんな致命的なミスを犯す筈がない。命を張ってまで仕掛けた罠を、こんな形でふいにする筈がないではないか。
唐突にアレを見せ付けられ、そのショックから城ケ崎はその先を考えることが出来なくなってしまったようだが、冷静に考えればすぐに気付く矛盾である。
「つまり、綿貫リエは最初から男だった」
これは城ケ崎に仕掛けた不発の罠だったのだ。
綿貫の性別が男だと気が付けば、城ケ崎は綿貫を偽者ではないかと疑い出す。普段テレビで見ている人気女優が男だとは普通考えない。
烏丸が支倉と綿貫の名を呼ばなかったことも含めて、城ケ崎を惑わせるシナリオだったのだ。
「だったらどうするの?」
綿貫はそう言って、ゆっくりとわたしの耳を撫でた。
細く長い指がそのままスルスルと下りて、首筋に触れる。
「…………」
相手が男だと分かっていても、不思議と不快には感じなかった。
「別に。今更どうもしませんよ。先生はあなたが土壇場になって負けを認めないことも考えて行動していました。それなのにまんまと騙されたのですから、笑い話ですね」
「あたしの考えは正しかった。やっぱり一番警戒するべきは助手さん、貴方だったみたいね」
綿貫はそう言って微笑むと、わたしから離れて助手席のドアを開けた。
「あたしが自首したら、じきに貴方たちのところにも警察がやって来る。一日だけ時間をあげるわ。その間によく休んでおくことね。それから喪服探偵さんにもよろしく伝えておいて。それじゃ、さよなら助手さん」
「……さよなら」
綿貫が車を降り、わたしは振り返ることなく車を発進させた。
※
さて、これからどうしようか?
わたしが探偵を志したのは、一人でも多くの犯罪者を捕らえる為だ。わたしは犯罪者を許さない。
しかし今回の事件を通じて、名探偵に事件を解決させることが被害を大きくする危険を孕んでいることを痛感した。
城ケ崎九郎は紛れもなく悪人だろう。
しかし、同時に名探偵であることもまた事実なのだった。
だったら、わたしが城ケ崎を監視しよう。城ケ崎の企みをいち早く見抜き、阻止する。
次からはもう城ケ崎の好きなようにはさせない。
城ケ崎はわたしが正しく運用すればいい。
まず手始めに、誘拐されたわたしの元同級生を見つけ出して貰う。十年以上前の事件だが、城ケ崎の力を借りればきっと可能だ。
彼には今後、わたしの為にたっぷり働いて貰うとしよう。
城ケ崎の弱点なら、既にもう知っている。
【了】
残酷館殺人事件 完全なる推理 暗闇坂九死郎 @kurayamizaka
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