第58話 お参り

 眠い目を擦り、起き上がった。

 時間は午前10時を回っている。

 俺は寝ぼけ眼をこすり、服を着替えて、伸びをする。今日も最高の天気だ。

 部屋を出て、廊下を歩きながらスマホでメッセージを送る。


『透さん、おはよう』

『おはよう』

『今、どこ? 部屋?』

『昨日の神社の鳥居の前に来られる?』


 透さんからはそんな送信があった。

 神社? なんでそんなところに……。


『すぐに!』


 俺はスマホをポケットに入れると全力疾走した。



「透さん……ぜぇぜぇ……」

「隆一君、おはようって……走ってきたの?」

「おはよう。も、もちろん……」


 透さんはキャップ、タンクトップにジーンズ、スニーカー姿の透さんは一足早く、鳥居前にいた。手にはコンビニ袋。


「昨日は、夜遅くまでラインしちゃって……迷惑じゃなかった?」

「そんな。私からメッセージを送ったんだよ。迷惑なんてないよ」


 結局、3時近くまでメッセージのやりとりをしていたのだ。


「それどころか、私のほうが申し訳なくって……」

「え?」

「実はね、最初の“起きてる”ってメッセージだけど、あれ、送るつもりはなかったんだ。それを誤送信しちゃって」

「あれ、誤送信だった!?」

「そう。だから、あのやりとりは偶然が重なり合ったってこと」

「そうだったんだ……。えっと、それで神社になんの用?」

「お参り、行きたいと思って。約束したでしょ。昨日はすごい混雑でそれどころじゃなかったから」

「あ、そっか」


 確かにお参りは後でと言った。

 夏の暑さを含んだ風が境内を吹き抜けるたび木陰が揺れ、石畳みに落ちた光が踊る。

 昨日は見渡す限りの人の波で地面なんて見えなかったのに今は寂しいくらい閑散としている。

 人がいない境内に響きわたるのが、蝉時雨。

 ジーワ、ジーワと繰り返される蝉の声を聞いてるだけで、汗が滲んだ。

 あっつ……。

 俺は透さんをちらりと見る。

 透さんって、肌、綺麗だよな。そんなことをぼんやり思う。

 普段、日焼け止めとか塗らないって言ってたけど。

 透さんのタンクトップ姿を見ていると、期末試験の勉強会の時の肩のざっくり空いた服をどうしても思い出してしまう。

 今もそうだけど、透さん、恥ずかしがり屋なところあるけど、大胆に肌とか出したりするんだよな……。

 思春期にはなかなか辛い光景だ。


「ん? どうかした?」

「いや、暑いなぁって」

「そうね。夏だから当たり前なんだけど、でもこの暑さが私は好きかな。隆一君、ちゃんと帽子はかぶったほうがいいよ。日射病になったら大変だから。帽子、貸そうか?」

「いや、平気だから。それに、俺に貸したら透さんが日射病になるかも」

「あ、そっか」

「透さん、俺は静ちゃんじゃないから、そんなに世話を焼かなくても平気だから」

「くすっ。それもそうね」


 蝉時雨に耳を傾けつつ歩き、お参りの前にまずは手水ちょうずで手と口を清める。


「水、冷たくて気持ちいい」

「本当……生き返る」

「水、飲まないようにね」

「了解」


 それから拝殿に向かい、賽銭箱に向かって小銭を投げ入れる。


「……えーっと、どうするんだっけ?」

「二礼二拍手一礼」


 透さんは定規でも背中に入っているような綺麗な立ち姿で、二例二拍手一礼をこなす。

 見とれていた俺も少し遅れて、それにならう。

 願うことなんて決まっている。

 透さんとずっと一緒にいられますように――。


「ふぅ……」

「お願い、出来た?」

「ばっちり」

「私も。知りたいけど……」

「お願いごとって言うと叶わない的な話ってなかったっけ?」

「そういえばそっか」

「じゃあ、帰る?」

「待って。おみくじ引いていかない?」

「いいね」


 巫女さんのいる売店に足を伸ばす。

 お金を支払い、箱を振る。出て来た番号を巫女さんに告げると、巫女さんがその指定された番号と同じ棚からおみくじを取り出してくれる形式。

 それにしても、やっぱ透さんのイケメンぶりはすごいな。

 巫女さん、おみくじを渡した時に透さんから「ありがとうございます」って微笑まれて、顔を真っ赤にして、魅了されてた……。

 俺たちはそれぞれおみくじを受け取り、早速開封する。


「隆一君はどう?」

「中吉」

「悪くないね」

「良くもないけど……」


 やっぱり気になるのは、『恋愛』の項目。


「う」


『浮気心を出すな』


 これはさっさと木に結ぼう。透さんに見られないうちに折り畳もうとする。


「――浮気心を出すな」

「っ。と、透さん……」


 いつの間にか覗かれていた。


「う、浮気心なんて微塵もないから……っ!」

「本当かな」

「当然だよ……!」


 ぷ、と透さんが吹き出す。


「隆一君、動揺しすぎ。浮気されないように私もしっかりするから、お互い、気をつけよ」


 そう冗談めかして言う。


「と、透さん、勘弁して……」

「ごめん」


 透さんはおどけて、肩をすくめてみせる。

 心臓に悪いおみくじだ。

 一緒にいられますようにと願った直後にこんなおみくじを引くとか。

 ていうか、神様の目も意外に節穴だな。浮気心なんてありえないから。


「透さんは?」

「私は……末吉かぁ。私の恋愛運は……あ」

「どう?」

「これ」

「ためらわず告白せよ……」


 透さんはちらりと俺を見ると、小さく咳払いすると、まっすぐ俺を見つめてくる。透さんの顔が、目元からじんわりと赤らんでいく。


「隆一君」

「ん?」

「好き、だから。誰よりも」

「え……」

「……こ、こんな感じかな」


 やっぱり照れるね、と透さんは恥ずかしそうに空を仰ぐ。


「……今のやばかった」


 透さんに壁ドンされてキュンとする女子の気持ちが痛いほどよく分かってしまった。


「お、俺もっ」

「え?」

「俺も、透さんのこと好きだから。誰より」

「っ。あ……りがとう……」


 透さんは消え入りそうな声をこぼし、後ろを向く。さらさらのショートから覗く耳が真っ赤だった。


「俺、おみくじ結んでくるよ。透さんはどうする?」


 俺は気恥ずかしさもあって、早口になる。


「私は…………そんなに悪いことが書いてあるわけじゃないし、持っておこっかな」

「じゃあ、ちょっと待ってて」


 俺は、おみくじがいくつも結ばれた木に巻こうとして手を止め、もう一度おみくじを眺める。


『浮気心を出すな』。


 このまま結びつけたら、浮気心がまるであるみたいになるような気がした。

 たかがおみくじだし、別に気にするようなことでもない。

 浮気心なんてそもそもありえない。

 告白するまで時間がかかった。その間、何度も心はくじけそうになった。朝沙子さんからも告白もされた、でも断った。一度も透さんへの想いは揺らいでない。

 それなら、わざわざ結びつける必要はない。

 俺はたたんだおみくじを財布にしまい、こちらに今も背を向けている透さんと並んだ。


「お待たせ」

「……じゃ、行こう」


 来た時と同じように、肩を並べて歩く。

 神社からまっすぐのびる坂道。その先に、海原が広がっていた。

 今日も透き通った海の青さが、濃紺の夏空の下、綺麗に映えている。

 入道雲は天高くそびえ、今日も暑くなることを予告している。

 まだまだ続く夏休みを、全力で透さんと楽しむ――そう、心に刻み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋人のフリをしてナンパから助けたら、クラスメートのイケメン女子から色々とお世話されることになった 魚谷 @URYO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ