第57話 深夜のメッセージ

 開けたままの窓から聞こえてくる潮騒が、今は最高のBGMだ。

 透さんと付き合うことになったんだ――。

 和馬の寝息をかすかに聞きながら、俺は布団の中でまんじりともせず、何度目かの寝返りを打つ。

 自分の中で高揚感が際限がないのを強く意識してしまう。

 透さんと一緒にいた時は有頂天で舞い上がっていて、頭がうまく回っていなかったんだ。

 でもこうして一人になった途端、透さんの照れ笑いの表情、花火に彩られた透さんの横顔、透さんの浴衣姿、二人で海岸線をぶらぶらしていた時の透さんの何気ない表情が頭をよぎっていく。

 何もかもが大切――そんな想いが胸の中を通り抜けていく。

 また明日顔も合わせるし、話だってできる。地元に戻ってからだって、明後日も明明後日も、一週間後だって。

 なのに、今すぐ話したい衝動に駆られる。

 なんでもいい。いや、話さなくたって構わない。すぐ隣に透さんがいてくれるだけで。

 俺は和馬に光が当たらないようスマホをタップすると、ついさっき撮影した写真を呼び出す。

 海岸を背にした浴衣姿の透さん。こんなにイケメンで、可愛い人がカノジョなんだ。

 でも今は眠ろう。

 いい夢を見て、明日朝一で――そう、ジョギングをしているんだから、その時にでも一緒に――。

 そう思った矢先、スマホがメッセージの着信を知らせる。

 こんなド深夜に誰だ……?


「っ!?」


 メッセージの送り主の名前に、俺は目を見開く。

 透さん!?


『起きてる?』



 静たちには混雑の中でスマホを落として、隆一君のスマホは電池切れで連絡が出来なかったと謝った。

 静たちはそれで納得してくれたと思う。

 嘘をつきたくはないけど、でも、やっぱりまだ二人だけの、隆一君と私だけの関係でいたかった。まだ誰にも教えたくない。


「……私って、独占欲が強いのかな」


 そう自問する。けど、はじめてのことで分からなかった。

 時刻は午前2時。

 静も朝沙子も眠っている。でも私は全然寝付けない。

 興奮して眠れないなんて、遠足を控えた子どもじゃないのに。

 まだ隆一君に告白された時の嬉しさと高揚感が心にあるとはっきりと感じた。

 スマホを出す。送ってもらった浴衣姿の自分。

 小さくため息を漏らす。

 1枚くらい、隆一君の写真を撮らしてもらえば良かったと今さら後悔。

 たくさん話したはずなのに、話したりない。

 もっとどうでもいい話を、もっともっとしたい。

 ……そんな風に考えてしまう私は、だいぶ重いかな。

 そうして私はスマホのライトで静と朝沙子を起こさないよう布団を頭までかぶったまま、もう何度目かも知れない、LINEを立ち上げた。

 気持ちを沈めようと、『起きてる?』とそれだけのメッセージを入力する。

 でも今はそこまで。

 さすがにこんな夜中にメッセージを送って、隆一君を起こすわけにはいかない。

 入力するだけでも少しは、身体の熱を逃がすのに役立つような気がした。

 あとこれを何回か繰り返せば、眠れるかもしれないから。


『起きてる?』


 私は五度目の入力を終え、再び消そうとした。でもこんな時に限って、親指は送信ボタンをかすめてしまう。

 効果音と共に、メッセージがアップされた。


「あっ」


 だめだめだめだめだめ……!

 今なら隆一君も眠っている。その間にメッセージを消せれば――。

 そう思った矢先、


『透さん、起きてる?』


 そんなメッセージがすぐに返ってきた。


「っ……」


 隆一君も起きてるってこと?


『ごめんなさい! 起こしちゃった?』


 返信すると、すぐにレスポンスが返ってきた。


『実は眠れなくって困ってたんだ。もしかして透さんも?』

『私も』

『実は透さんのことを考えてたんだ。もう少し話せば良かったって』


 そのメッセージに鼓動が跳ね、切なげに疼く。

 この感覚をどう表現したらいいのか、私には分からなかった。

 苦しいのに、どうしようもないくらいドキドキしてしまう。


『私も隆一君のことを考えてた。隆一君の写真、撮っておけば良かったって』

『俺の? 俺なんてフツーの普段着だったけど』

『それでも』

『じゃ、じゃあ、後日……』


 隆一君が困っている顔をしてるんだろうな。そう考えると、くすっと笑みが漏れた。


『約束よ。撤回はなし』

『りょ、りょうかい……』

『ぜんぜん“了解”って感じじゃないけど?』

『分かった。でもできれば透さんと一緒にうつりたい。そうしたら俺も嬉しいし』

『私で良ければ』

『透さんじゃなきゃダメだから』

「……隆一君」


 思わず声がこぼれた。

 ようやく、彼氏ができたばかりのクラスメートの気落ちが分かった気がした。

 彼女たちは深夜何時までずっとメッセージのやりとりをしていたのに全然足りないとか、昨日一日中デートしたのに家に帰った途端、また会いたくなったとか教室で言っていて、すごく盛り上がっていた。

 そんなやりとりを聞いていた私はそこまでのことなのかな、そんなに毎日会って飽きないのかなと思っていた。

 恋愛は人を変えるものだとはぼんやりイメージできてはいたけど、あの時の私は分かっていたつもりになっていただけだと今なら分かる。

 クラスメートたちの言葉は正しい。

 もっともっとと自分がすごく我がままな存在になっている自覚はあったから。


『私も、隆一君じゃなきゃダメ』

『う。そのセリフ、やばい』

『だよね。私も送ってから気付いた。私、きっとあなたに告白してもらえて、今もまだ興奮して舞い上がってるんだと思う』

『俺もそうだよ。透さんと付き合えて、すごく幸せだから』


 私は思わず胸に手を添えた。痛いくらい心臓が脈打っていた。

 言われて嬉しいというより、隆一君にそう思えてもらったことが嬉しい。

 それにしても、と隆一君とのメッセージの履歴を眺めながら、これは誰にも見せられないなと確信する。

 やっぱり私たちが付き合いはじめたことを秘密にしてもらうと決めたのは間違ってなかった。

 こんなやりとり、誰にも見せられない。……話したくないから。

 本当は隆一君と今すぐ顔を見て、目を合わせて、話したいけど、今話したらきっと日が昇ってしまう。

 地元に戻るまでの我慢。

 家なら、誰かに気遣う必要もない。

 私はメッセージのやりとりを続けながら、どのタイミングでメッセージを終わらせればいいんだろうと考える。

 そろそろ本当に寝ないと明日が辛い。

 隆一君に迷惑をかけてしまう。

 でも自分からは終わらせられない。そんなこと出来ない。

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