第56話、王様が来る。

「どうしますか」

 シン・タリが言った。

「なにをだ」

 ハス・レシ・トレスは、銃を片手に不快そうな顔をしている。

「カカ・ミの事です。カカ・ミの兄にカカ・ミが、我々の仲間だったと、その所為で死んでしまったと伝えますか」

「鶏肉が原因ではなく、王に気づかれ殺されたということか」

「録音装置を、設置しようとしたのかも知れません。鶏肉をわざと落として、机の脚に設置しようとしたのでしょう。それがばれて、捕まった。いくら王でも、何の罪もないメイドの肉を切らないでしょう。私の所為です。王と例の男との会話を聞きたいと、そう指示を出したのです」

「それで殺されたか」

「いえ、その前に自ら命を絶ったのでしょう。死因は毒物による中毒死でしたから、城の連中に、尋問される前にカカ・ミは自ら命を絶った。我々のことは知られなかった。だから、王はメッセージを出した。カカ・ミの死体をカカ・カに届けることによって、我々の反応を見たかったのでしょう。我々はおまえ達のことを知っている、こうなりたいかと」

「そうか、王は彼女の遺体を二重三重に利用したのか、カカ・ミのもも肉を切って出したのは、尋問前に自殺した彼女の遺体があったからか、ついでということか」

「おそらく」

「シン・タリ、このことは誰にも言うな」

「しかし」

「あの男、カカ・カに知られたら、我々も突き崩されかねない。彼は英雄だ。この国を正しい方向に導いた英雄だ」

「はい」

「カカ・ミの事は残念だった。城に潜入させたのは私だ。私の責任だ。すまん」

 頭を下げた。

「必要なことです。貴重な情報を得られた。カカ・ミは、同士でした」

「ああ、同士だった」

 ハス・レシ・トレスはうなずいた。

 シン・タリは、唇をかみしめた。いつか一緒に、この国を出て旅をしよう。カカ・ミとシン・タリはそう約束していた。

 

 城、洗濯室


「これどっちが上なんでしょうね」

「細い方が上なんじゃないか。ひょうたんとかそうだろ」

「そもそも、ひょうたんは底に穴が開いていない」

 胃袋の話である。

 プフ・ケケンとフン・ペグルは胃袋の入ったクーラーボックスを手に医者を捜した。だが、すでに逃げたのか医者の姿は城にはなかった。その途中たまたま見つけた洗濯室があったので、ここなら、縫い物もやっているだろうと、そこにいた男に内臓を繕ってくれと無茶なお願いをした。幸いクーラーボックスの中には、麻酔薬と手術用の針と糸があった。

「早くしてくれないか。体が寒くなってきた」

 裁判官のフン・ペグルはアイロン台の上で仰向けに寝ころんでいる。

「そりゃ、あんた上半身裸だからだろう。腹も出てるし」

 プフ・ケケンは胃袋をあごで指した。

「あの、ほんとに私でいいんですか。ボタンとかならよくやりますけど、こんなのやったことないですよ。何縫いがいいんですかね」

 洗濯室の男は顔を引きつらせた。  

「裁縫なんて二人ともできないし、医者もいない。あんたしかいないんだ」

「でも、これどっちが上なんでしょうね」

 洗濯室の男は胃袋を何度もひっくり返した。

「どっちでもいいんじゃないか」

「いいかげんなことを言わないでくれ。間違えてつけたら胃液が逆流するだろ」

「聞いたことがある。逆流性食道炎だろ」

 プフ・ケケンが言った。

「本当に私でいいんですか」

 小一時間ほど、そんなことを言いながら胃袋を縫いつけ、腹の傷も閉めた。大丈夫だろうか。


 城、外


 城門から外を見ると、丘の麓はぐるりと陸軍に囲まれていた。外側の輪は銃を持った陸軍の兵士が囲み、内側の輪は突撃棒を持った特殊武装隊が囲む。二重締め、といわれる対暴徒用の陣形である。

「逃げようがないな」

 ハス・レシ・トレスはつぶやいた。

「当たり前だ。これが徐々に狭まっていく」

 ハス・レシ・トレスの横には退役軍人のウヌ・ヘ・プ・グがいた。ウヌ・ヘ・プ・グは少しきつくなった陸軍の軍服を着ていた。城門の前、丘を見下ろしながら二人は立っていた。

「なぜ攻めてこないんだ」

 攻めてきてもらっては困るのだが、ハス・レシ・トレスは付け加えた。

「ここは城だ。いつものようにはいかんよ。王様や王族、高級官僚、重要人物が勢揃いしているからな、対応に迷っているんだろう」

「迷っているなら、つけ込む隙があるということだな。ああ、王様のことだが、亡くなられたぞ」

「亡くなられたか、ずいぶん軽い言い方だな、人質にとっておいた方が助かる見込みがあったんだがね」

「そういうわけにはいかないね。民衆の意志だからな」

「民衆の意思か。やっかいなことに巻き込みやがって」

 ウヌ・ヘ・プ・グは歩き出した。

「もう行くのか」

「ああ、軍というものは一度動くと止められないものだからな、その前に止めんとな」

「止められるのか」

「わからんよ。だが、この勲章が少しは役に立つかも知れん」

 ウヌ・ヘ・プ・グは軍服の左胸にある無数の勲章を指さした。

「頼んだぞ」

「ああ」

 夕日にさらされながら、一人の退役軍人が丘を降りていく。立ち並ぶ若い兵達は、その様子をじっと見つめる。この中に俺の息子がいるのだろうか、退役軍人は、ふとそう思った。


 城、カカ・カ


「民衆万歳! 自由万歳!」

 城内のあちこちで、そんな掛け声が上がっていた。

 城の見張り台を一人の男がのぼっている。カカ・カだ。のぼるごとに、城内の喧噪が消えていく。屋上に出ると、辺りは暗くなっていた。首を伸ばし、夜を見渡した。点滅するような町の明かりの中から、ぽつぽつと火の手が上がり始めた。それは徐々に広がっていった。



 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王様が来る。 畑山 @hatake78

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ