第55話、メイドと鶏肉
「おい、どういうことだ。メイドが殺された事件と工場の誘致、なんの関係があるんだ!」
シン・タリが身を乗り出した。
「その工場誘致の海外の企業の担当者がこの国に来ていたんです。国賓扱いで、あの男、嫌な奴だったなあ。他国から来た王様気分になったのかもしれませんね。それで調子に乗っちゃったんですね。私もこの国に来た初期の頃は、ちやほやしてくれましたよ。ほんとうに。それで、その男、いろいろわがまま言って、ずいぶん嫌がられていました。そのくせ、なかなか工場誘致の契約にはサインしないんです。当然ですよね。契約なんかしちゃったら、もう王様気分味わえないですから。何度目かの晩餐会の時です。あのときは私も出席していました。メイドの一人が皿に盛った鶏肉を落としたんです。あの男が食べるはずだったものを、男は激怒しました。地面に落ちた鶏肉をくえというのか! 私を犬と思っているのか! 不愉快だ! 席を立ちました。私はその間、あの男を観察していましたが、あれは女性を要求する目でしたね。後で自室に謝らせに来させて、手込めにする気だったんじゃあないですかね。それで、後で王様が私に相談しに来たんです。いいかげんあの男にうんざりしていたんでしょうね。どうすればいいのかと。私は別に、心理学者でもビジネスマンでもないので、正直見当も付かなかったんですけど。王様に雇われている身です。何か答えなければいけないと思い。無難に答えました」
「女を差し出せと?」
「いや、それではきりがない。私はこういいました。古今東西、人に言うことを聞かせるには、飴とムチが一番です。王は、あの男に対して、国賓級の扱いをし、優遇してきました。飴は十分すぎるほど与えました。そろそろムチを与える番です。と、無難でしょ。王様は私の答えに満足そうな笑みを浮かべていました。その結果、メイドは殺されたんです」
「意味がわからない。なぜ、カカ・ミは殺されなければいけなかったんだ」
シン・タリが言った。
「そうそうカカ・ミさんと言う名前でしたね。ここから先は人づてに聞いた話だから不確かですが、しばらくしてから、王はあの男の部屋に謝りに行ったんです」
「王が謝りに!」
驚いた。この国に住む人間にとって、王が謝るなどと言うことは想像できなかった。
「そうです。謝った上で、お詫びの品を持っていったんです。それが、あの鶏肉を落としたメイドだったんです」
「そいつが、外国から来た、その男が、カカ・ミを殺したのか」
「いえ、ちがいます。お詫びの品として持って行ったんです。鶏肉を落としたお詫びに、王は男に料理を持っていったんです。新しく作り直した鶏料理だと言って、それが、あのメイド、鶏肉を落としたメイドの足の肉だったんです」
「かっ! 何だと」
社会学者をのぞいて、その場にいる人間が、絶句した。
「さすがに王が謝りに来ては、まずいと思ったんでしょう。男は素直に謝罪を受け入れ、たぶんおべっかでも使いながら、メイドのもも肉を食べたんだと思いますよ。鶏肉だと思って、王は男が食べ終わってから、おかわりをいかがですかと、シーツが掛けられたカートを持ってきました。そしてシーツを取り外すと、バラバラにされたメイドが乗っていた、なんてことがあったのかもしれません。これはなかなか効果的な脅迫です。工場誘致の契約をしなければ、こうなるぞ。と言うメッセージになるし、お前は人肉を食べたという脅迫にもなります。人肉を食べる風習を持っている国は現在ほとんどありませんから、常識的に見てタブーです。貧しい国に行って、人肉を食べたなどという事が知られれば、男は社会的制裁を受けるでしょう。男は契約書にサインして帰って行きました」
「狂っている。やはり王を殺して正解だった」
シン・タリが低い声で言った。
「私も王様が、こんなことをするとは思いませんでしたよ。ちょっぴり脅すだけかと思っていたんですが」
私、アドバイス下手なんですかねー。社会学者は苦笑いした。
「馬鹿げてる。そんなことのために人の命を奪うとは」
ハス・レシ・トレスは顔をしかめた。
「でも、あの工場が誘致されれば、相当数の外貨と雇用を獲得できたはずですよ。そうなれば、この国の国民生活も少しは楽になったかもしれません。しかし、やり過ぎはやり過ぎですよね。なんでこうなるのか、この国の人って、なんかやり過ぎの人多いですよね」
社会学者は首をかしげた。
「その話を聞いて、導き出される答えは一つ。やはり我々は正しかった。王政だからそんなことが起こったのだ。絶対権力者がいるからそんな、むちゃくちゃなことが通じる。この国に必要なのは、王ではない。国民が選挙により、政治家を選び、大勢の人間の意見を取り入れた開かれた政治、それこそがこの国にもっとも必要なことだ」
後半部分はマスメディアに流し、国民に伝えようとハス・レシ・トレスがずっと温めてきた言葉だ。
「民主主義はすばらしい制度です。王政よりも優れている、私はそう信じています。ですが、この国が抱える問題は制度を変えたところで解決できる問題ではないのでは、ないでしょうか。なんの資源も技術もないこの国では、自由な経済と民主主義により富の偏りを招く可能性があります。その結果おこるのは貧富の差です。今よりずっと貧困問題が大きくなります。制度にこだわるのではなく、もっと、この国の問題点を解決をするべく努力すべきなのではないでしょうか。もちろん制度は大事ですよ。でも制度だけで解決するとは限りません。みんなで話し合って、みんなで決める。それで、問題はすべて解決するんですか? 民主主義はみんなで決めるからいい、王政は王様が決めるからだめ。この国の人たちの一番の問題は、問題の原因をすべて王様の責任にしてしまっているところなんです。もちろん、国のトップですし、大きな権力を持っています。様々な責任が王様にあります。しかし、すべての問題が王様の所為とは限らないのではないですか。国民全員の問題であるにもかかわらず、それを王様にだけ押しつけ、何もせず、文句ばっかり言っているだけなのではないでしょうか。自分達で問題の解決を行おうとしないから、ますます、悪くなって、さらに王様の所為にする。そういう国民性なんですよ。民主主義なんかになったら大変ですよ。人の所為にばっかりして自分の努力を怠っている人達が、自分の権利ばかり主張し始めたら、とんでもないことになりまよ。金を求め国民が自由に国を切り売りする。私には、そんな光景が見えてきます」
「失礼な、我が国の国民がそのような身勝手な人間ばかりではない。あなたはどうすればいいというのだ。王政の方がいいと、この国の問題を解決できるのは王政だというのか」
「いえ、違いますよ。そういうことではないんです。制度の問題ではなく、制度を変えても解決しないのではないのかということを私は言いたいのであって、別に王政なら解決できるとは言ってません。でも、今の、亡くなられた王様の治世では、経済的にちょっとずつよくなっていましたし、教育にも力を入れていましたから、それはちょっと惜しいなと思いますね。それでも、なかなかね。貧困問題など解決は難しかったんじゃないでしょうか。資源に対して人口が多すぎることが問題ですから、制度を変えたぐらいでは難しいんじゃないですか」
「残念ですよ。あなたには、王政という遅れた政治制度を行っているこの国の国民に、新しい民主主義という政治制度のすばらしさを我が国の国民に説明して欲しかったのだが、どうやら当てがはずれたようだ」
「すいません。私は元々、血筋とか、忠誠とかそういう話が好きなんですよ。ロマンがあると思いません。そういう濃密な人間関係、血縁社会と非血縁社会の上下関係、そういうのが好きでこの国に来たんです。近代王政の研究が私のライフワークなんです。もちろん、民主主義はすばらしい制度ですよ。がんばってください」
ハス・レシ・トレスは銃を取り出し、引き金を引いた。弾は学者の腹に当たった。
「痛い、何で、撃つんです」
学者は腹を押さえ、うずくまった。
「困るんだよ。民主主義では解決しないなんて言われたらさ、我々が困るだろ」
「そんな、私関係ないでしょ。国に帰るし、ただの学者、撃つことないでしょ」
ハス・レシ・トレスは、しばし考えた。
「国民性かな」
撃った。
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