エピローグ 幸せな夢を見る
いつかの記憶。
夜に見る夢の様に、もう思い出せなくなる、
——深夜
都会では、こんな時間でも人は起きている。
だから、彼女が誰かの目に付くリスクを考えれば外に出すのはやっちゃいけないけど、偶然なのか、深夜、ケインと並んで歩く時、必ずと言って良いほど家々の明かりが全て消されて、人気の無い静かな時間が続く。
彼女が望んだからそうなったんじゃないかってぐらいに都合良く。
——そうだ、時折彼女にはそんな力があるんじゃないかと思う
彼女が望んだ様に世界が推移する、と言えば良いのだろうか。
彼女を中心に世界が回っている様な。
「どうしたの?」
街灯の照らすその道を共に歩いて、私がそんな事を深く考えたから
ケインが足早に、私の前へ先回りして顔を覗き込んでくる。
全てを見透かされる様な目。
だから、これは誤魔化す事ができないなと思い白状した。
「いや、変な話なんだけどケインと散歩してる時、いつも妙に人通りが少なくなるなと思ってさ」
「うん?」
「何か、そういう力がケインにはあるんじゃないかって、そう思ったんだよ。変な話だけどね」
ちなみに
「んー……ん、なるほど。私もよく知らないけど、意外とそうかもしれないよ?」
「あ、認めるんだ」
「うんうん。だって、どっちにしろ証明できないからね、そんな力を持ってるのか、持っていないのか」
スキップしてほんの少し先を行く。
「悪魔の証明ってやつ?」
「そうそう……」
それからは住んでいる団地近くの公園で、しばらく時間を潰した。
流石に人気の多い方都心部へ足を進めることはできない。
だから、散歩コースも既にマンネリ気味で、その日、深夜、歩いたコースに限っては、この公園でしばらく過ごした後、それより行かずに引き返すのがお決まり。
そして、時間を潰す際、ケインは決まってブランコに座り鼻歌を歌う。
知らぬ旋律の調べ。
どこか、遠い昔の望郷の詩なのか。
古く、異国風でありながら、しかしよく耳に馴染む優しい歌。
彼女はその歌をなぜ覚えているのか。
長い長い生の長さで、なぜ、それだけが薄れなかったのか。
その理由は終ぞ教えてくれなかった。
そんな彼女を、ブランコと向かいのベンチに座り、眺める。
一応、後藤さんが身バレを避ける様、手を回してくれてるそうなので襲撃を受ける可能性は低いが、0では無い。
だから、いざという時彼女を抱え逃げやすい位置取りをキープ。
だが、この日はいつもの時間より少し早く
「帰ろっか」
時刻は深夜1時半。
彼女が小走りで寄って来て一言述べた。
だから、立ちあがろうとしたその時、なぜか肩に手を置かれ、止められる。
「なに?どうしたの?」
彼女の顔を覗き込む。
「いや……さっきの話ね」
「さっきっていうのは……ああ」
思い出す。
「ケインと夜、散歩してる時だけ妙に人通りが無いっていう……」
「そうそう。そんな力を私が、私の思うまま世界を誘導する力を本当に持っていたとしたら、沙耶香ちゃんの今の状況がその力によるものだとしたら、どうする?」
「え、どういう……」
真剣な眼差し。
滅多に見せることのない、よく考えて欲しい旨を訴える、ケインの黒い瞳。
「それは、
黙って頷くケイン。
その質問がどういう意図のもと発せられたか問いただそうか少し考え、やめた。
仮にどんな意図だったとしても答えの内容はそう変わらないからだ。
「それは、多分、怒る、怒ると思うし、ケインのこと……その時は嫌いになると思うけど、でも、結局許しちゃうかも」
「……なんで?」
精一杯笑いかけて、少しでも安心させようとする。
「何でって……それは、その、なんていうか……」
ただ、自分はそういう素直な感情表現が苦手らしい。
ゴニョゴニョと、数秒言い淀む。
言葉を選ぼうとして、自分の語彙の少なさに悩んだ挙句。
「惚れてるから。好きだから」
頭の奥が熱くなる。
「だから、本当はケインがどれだけ酷い人間でも、誰もが嫌っちゃうぐらい腹黒い人間でも、それでも、私のこの気持ちは変わらないと思う。だから、これは私の心というか、魂がそう言ってるんだと思う」
そう言って直後、恥ずかしさに顔を背けて、しかしいつまでもそうしているわけにはいかなくて、再び、ケインの顔を見た時、彼女は一体どんな顔をしていただろうか。
それだけが思い出せずにいる。
◆◆◆◆
爽やかな風が吹いた。
日は高く、もうお昼過ぎか。
一階建ての木造家屋。
草原にポツンと建ち、古いながら丈夫で、暖炉と煙突があるとんがり屋根の洋風の洋風建築。
御伽話の森の中に建っていそうな佇まい。
近くの村で畑を営む親切なお爺さんから「もう使わないから」ということで譲られたその家。
入り口の前で、足にカーブのついたロッキングチェアに座って日がなゆらゆら揺れている。
そして漠然とした思考の中、眺めた向こうで、愛しい女の子と、この家を貸してくれたお爺さんが何か話をしていた。
お爺さんはこの辺りに昔から住んでいる人で、金髪にやや白いものが混ざりつつも壮年ながら若々しくがっしりした体。
「あの子は、あれから何か話したのか?」
心配する様な声。
「あの子」とは、多分私のことだ。
私。
私は誰だ?
何も覚えていない。
最初は言葉も分からなくて、でも妙に思考ははっきりしていて、その落差に困惑した。
「いや、それが何も」
「そうかい。ま、事情は知らねえけど、あの家は自由に使っていいからな」
そう言って親切なお爺さんは去っていく。
そうして、彼と話していた愛しい女の子はこちらへ歩いて来た。
彼女は「何も思い出さなくていいよ」と言ってくれるけれど、本当にそれでいいのだろうか。
でも、疼くのだ。
何が?と聞かれても、何が疼くのかはわからない。
その疼きは何も思い出すな、という過去の想起への警告なのだろうか。
それでも、私は……
——目の前に来た彼女が
「お昼ご飯にしよっか」
思い出せないいつかにも、こんな風に言われて、こんな風に過ごした気がする。
まるで、母親の慈愛に包まれている様な心地良さ。
なら、いいじゃないか。
その生活を死ぬまで続けても。
そうだ、死ぬまで。
——その思いが
ただ、今は彼女の慈愛の中で……
<終>
ゴシック・パンク 空き巣薔薇 亮司(あきすばら りょうじ) @akisubara_ryoji
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