第2話 結婚詐欺

 品川宿の飯盛女、お滝は仔細を話す前に、またしても泣いた。

 泣きながら、切れぎれの声で語る。


「こちらのお屋敷に、中村半之助という方がおられましょう」

「うむ。確かにおる」

「あたしとその半之助さまとは深く馴染み、今年の秋に女郎奉公の年季が明けたあと、夫婦になる約束をしておりました」

「なにっ、それはまことか」

「はい。で、半之助さまが金に困っているというので、いずれ夫婦になることでもあり、あたしは着物や髪飾りなどを半之助さまに渡し、質入れの上、金を工面させました。ところが、その後、半之助さまは来なくなり、幾度手紙を出してもナシのつぶて。商売道具の着物や髪飾りはなくては、客の前に出ることもできず、いっそ死のうと、品川の海に身を投げようとしましたが、その前に、せめて鬱憤うっぷんを晴らしたい。恨みを晴らしたい。そう思って駆け込んだ次第です。どうぞ、手討ちになさってください。すでに命は捨てております」

 そう言うや、お滝は再び泣き叫んだ。

 どうにも始末に困る。藩士たちはお滝を持て余した。


 一方、中村半之助を呼び出して尋問すると、もはや言い逃れはできぬと観念したのか、お滝との夫婦約束や、着物や髪飾りを質入れしたこともあっさりと認めた。

 となると、問題は世間体である。

 お滝がわざわざ真っ裸で藩邸に駆け込んだのは、人目を引き、噂になるよう計算してのことであろう。ここはなんとしても、武家としての威厳や体面を保つために穏便に収めなければならない。


「不届き者の中村半之助を切腹させよ」

 という強硬論も出るには出たが、それでは半之助の上司らも監督不行き届きとなり、俸禄半減などの処罰を受けよう。

 結局、仙台藩はお滝に詫び金十両を与えて納得させ、半之助はすぐに国許に帰るよう命じられた。すべてを無かったことにしたのだ。

 品川宿の飯盛女、お滝の捨て身の駆け込み訴えは、見事成功したのである。

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飯盛女、結婚詐欺にあう 海石榴 @umi-zakuro7132

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