飯盛女、結婚詐欺にあう

海石榴

第1話 乱心者

 文化六年八月下旬のこと。

 早朝、仙台藩の江戸下屋敷の表門が、「ギギッ」と音を立てて開かれた。

 すると、一人の若い女が髪を振り乱し、門番の脇をすり抜けて駆け込んできたではないか。

 見れば、緋縮緬ひちりめんの腰巻をしただけの真っ裸である。


 門番があわてふためいて叫ぶ。

「たっ、大変にございます。お出合いめされ。乱心者にございます」

 その叫び声を裸の白い背に受けて、女は乳房を揺らして駆けた。


 仙台藩士たちの狼狽した声が屋敷内に響く。

「乱心者じゃ。出合え、出会え」

 しかしながら、裸の女ほど始末に困るものはない。刀を振りかざすわけにもいかず、武士たちはあまりのことに一瞬、茫然とした。

 その隙に、女は玄関にまで走り込み、広い板間の上にあお向けに横たわってしまった。無論、乳房も太腿ふとももも丸見えである。


 若い藩士たちはフリーズした。

 そのとき一人の上士らしい恰幅かっぷくのいい男が現れ、女の上体を抱きかかえるようにして起こし、自分の羽織でその白い裸身を包んだ。

 男が若い藩士に訊く。

「藩邸の下士長屋に空き部屋はあるか」

「はい、ございます」

「そこに、この女を連れ込んで、事情をただすのじゃ」


 女は、下屋敷の敷地内にある下士屋女で尋問を受けた。すでに、男物ではあるが、浴衣ゆかたが着せられている。

「どこに住まい、名はなんと申すか」

「品川宿の飯盛女でございます。名はお滝と申します」

「ふむ、宿場女郎であるか。では、お滝とやら、何故にこのような振る舞いに及んだのか」


 わけを聞かせよと言われて、お滝はさめざめと泣きはじめた。

「女、泣いていてはラチが明かぬ。詳しく申せ」

 その声に促されて、お滝が話しはじめた内容は、仙台藩の面目と武士の沽券こけんにかかわることであった。

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