トレジャーボックスハンターズ

根ヶ地部 皆人

トレジャーボックスハンターズ

 寒風が吹き抜ける夜の広場で一山いくらの冒険者の列にならび、不愛想な中年女から小銭と引き換えに野菜屑と魚のスープ、古く固いパン一切れをもらう。

 今はただ大きな木の板としか見えない掲示板を横目に、広場を横切る。半日後、日が昇る頃には、あの掲示板に無数の依頼書が貼りだされるだろう。

 無造作に置かれた幾つもの長机の空いた席に滑りこんで、パンをスープの椀へひたす。

 広場全体に漂う生臭さは机の上の角灯ランタンから漂う魚油ものか、安物スープの香りだろか。おかげで食欲は湧かないが、腹には何か入れねばならない。

 これが俺の今夜の食卓だ。

 他の土地ではどうか知らないが、この街の『冒険者の店』ってのはこういうものだ。メニューは一品のみ、酒は置いてない。誰が冒険者あらくれものに酒なぞ飲ませたがる。そんな気の利いたものが欲しければ、稼いだ金で酒場に行けばいいのだ。

 いや、勘違いはしないでいただきたい。

 俺だって確かに冒険者だ。しかし周囲の食い詰めた駆け出しどもと違って、少しは経験を積んでいるし品位ってものの欠片くらいは持っている。ただちょっと、そう、次回の冒険の準備に金を使ったばかりで、その前に手持ちの大半を酒場と娼館に寄付しすぎて予算を使いこんでしまったせいもあり、飯代をケチる羽目になっただけ。普段はもう少しましなモノを食っている。

 今夜は野宿だ。さっさと飯をかきこんで、街の衛士なんぞに見とがめられない軒下を探さねばならない。

 ……何度も言わせてもらうが、次の冒険の準備に使ったせいで(準備にも使った。嘘じゃあない)今は珍しく手持ちの金がないだけだ。馴染みのはずの宿の主人が冒険者いのちしらず前借ツケで泊めてくれなかったのが悪い。

 誰とも知らぬ者に言い訳しているうちに、固かったパンもふやけてきた。

 しかし待望の朝飯兼晩飯に手を伸ばす前に、よく知った声がかけられた。

「また貧相なもの食べてるわね」

 顔を上げると気の強そうな、もとい、我の強そうな女が、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。見知った顔だ。

 飛竜の皮をなめしたマントは炎熱も氷雪も防ぎ、真銀ミスリルの糸を編み込んだ服は軽いが丈夫。腰に下げた細剣レイピアも真銀製で杖代わりに呪文の詠唱を補助する魔道具。見るからに一流の魔法剣士という出で立ちだ。しかし頭にかぶっているのはが広く先のとがった、ただ「魔女それらしく見える」くらいしか取り柄のない安物の帽子。恥ずかしい奴だ。

 俺は魔法剣士の手に目をやって、感心して声をあげた。

「自分も同じもの持ってるくせに、よくそんなことが言えるなあ」

「そっちじゃなくてこっち見なさいよ!」

 右手のスープの椀をマントの陰に隠し、左手をつきつけてくる。

 肘から手首くらいの長さの小ぶりの笏杖ワンドだ。なにかの骨でできているのか、全体は象牙色。俺の鼻先につきつけられた先端には透き通った宝石がはまっており、その中では時折緑色の稲妻が閃いている。

「まぁた装備に使いこみすぎて金欠か」

「冒険に必要なのよ!」

 馬鹿馬鹿しい。

 俺は鼻で笑って、椀から引き上げたパンを口に運ぶ。うむ、不味い。

 顔をしかめる俺の隣に無断で腰かけて、女が言う。

「あんたは懲りずに消耗品買いこみすぎて金欠?」

「冒険に必要なんだよ」

 ばぁか、と笑った女も自分の椀からパンを取って口に運ぶが、そのまま石にでもなったように動きを止めて目を白黒させた。パンが十分にふやけていなかったらしい。がんばって噛み切れ。俺に手伝えることはなにもない。

 悪戦苦闘のすえパンに打ち勝った魔法剣士は、始めからありもしない威厳を咳払いで取り繕い、あらためて声をかけてきた。

「それでね」

「口の周り、汚れてんぞ」

「黙って聞けよ、もう!」

 真銀を縫いこんだ服の袖をナプキン代わりに使いやがる。

「で、ね! 遺跡ダンジョンの地図を手に入れたんだけど」

「ほうほう、金欠には羨ましいお話だ」

 普通ならここは共闘の提案だろうが、俺とこいつじゃあ話が違う。

 あちらが魔法と剣術にけた万能職で、こちらは道具の扱いと手段を択ばぬ乱闘が得意な万能職だ。そしてそろって単独行ソロ専門。

「勝負よ」

「ほーう」

 この女、まだ懲りないのか。少し痛い目を見せる必要があるな。

「勝ったほうが……」

「なんでも言うことを聞く、でどうだ」

「勝ったほうが?」

 しまった。やめろ、馬鹿にしたように笑うな。文脈でわかるだろう。

 咳払いして威厳を取り戻し、あらためて言う。

「遺跡で手に入れた物を換金して、稼いだ額を競う。負けた方は勝った方の言うことをなんでも聞く」

「強気に出たわねえ」

「そろそろ上下関係を教えてやろうと思ってな」

「わたしのほうがたくさん勝ってると思うけど?」

「通算で稼いだ金なら、俺のほうが上だ」

 こいつやっぱり分かってねえな、と目を向けるとまったく同じ視線が返って来る。ほんと分かってねえな!

 いい加減にスープに溶けてしまいそうなパンを口に押し込み、話を聞く。

「で、どこのどんな遺跡よ」

「あんたも知ってるやつかもね。一部では有名だったやつだから」

 などと口で言いつつ、聞いたこともないだろうから教えてやる、という顔だ。

「通称『尽きぬ宝物庫』って言われてて……」

「うっさんくせえ」

「黙って聞けよぅ」

 女は頬を膨らませ、俺の椀に自分のスープを流し込んできた。小食の彼女には多すぎたのか、それとも味に辟易したのか。まあ、ありがたく静かに食わせてもらう。

「まだ完全に踏破はされてないんだけど、何度入りなおしてもそのたびに手つかずの宝箱が出てくるんだって。古代の有名な付与魔術師エンチャンターの研究所だか工房だかだったらしいよ」

「よくそんな情報手に入れたな」

「相棒が死んだって冒険者が、引退間際に安く譲ってくれてさー」

 ああ。仲間が死ぬところを見て気力が尽きたか、それとも十分に稼いで冒険に行く目的をなくしてしまったか。

 どちらにも違いはない。要は冒険心が折れたってことだ。

「そんな楽に稼げるなんぞ与太話だと思うが、まあいいか」

「ハズレでも勝負にはなるでしょ」

 こいつも疑ってかかってる、ということか。そりゃ無限に宝箱が湧いてくる迷宮ダンジョンなんぞ、あるはずがない。

 まあよかろう。実入りが少なくとも、確かに勝負にはなる。勝ちさすれば、この生意気な女になんでも言うことを……。と実に健全な妄想を働かせようとした瞬間、待ったがかかった。

「あ、負けたほうにも拒否権ありね」

「勝負の意味あるのか、それ」


 床に放り投げた松明の炎が揺れると、石造りの遺跡の壁を這うように黒い影が踊る。

 俺は右手に握った戦棍メイスを、目鼻どころか手首から先すらない魔導人形パペットへと叩きつける。のっぺらぼうの頭部を狙ったのだが、左腕で受け止められた。小さな火花と人形の石片が飛び散る。

 飛びすさって間合いを離したが、人形のほうは一息つく気はないらしい。おそろしく直線的な動きで俺に向かって歩いてくる。

 遺跡に入って3度目の敵、そして同じく3度目の魔導人形だ。どいつもこいつも同じように石でできた棒を無造作につなげた雑な造りで、違いと言えば大きさだけ。最初の奴の頭は俺の腰くらいの高さだったが、今のこいつは俺と同じくらいの身長だ。

 石材そのままの右腕を叩きつけてきたので、その腕の陰になるよう身をひねって奴の後方に回り込む。無論、そんなことで獲物しんにゅうしゃを見失うとは思えない。案の定、耳も目もないのにどうやって周囲を認識しているのかは分からないが、ためらいなく俺の方へ向きを変える。

 が、これには気付かなかったな?

 左手で腰の後ろから手繰り出していた細紐を引っ張る。

 床の上で幾重にも輪を描いていた紐に脚を取られ、人形がわずかにバランスを崩す。しかし、石でできた体は俺の腕一本で転ばせるには重すぎる。すぐに姿勢を正して向き直った。

 いいや、遅い遅い。

 俺は紐を投げ出すとその左手で腰の小鞄ポーチのポケットから紙切れ1枚抜き出し、床に落ちた紐の先端に触れて叫ぶ。

発火イグナイト!」

 発火の符が燃え上がる。

 油を浸みこませた細紐を、瞬時にして炎が舐めてゆく。

 そして炎は紐に編み込んだ何枚もの爆破の符を一斉に起動する!

 多重爆破に耐え切れず、人形の両脚にひびがはいった。

 頑丈な石像も、さすがに足が破壊されては立ってはいられない。騒々しく倒れ伏してなお両腕で這ってこようとするのは立派だが、それじゃあ頭部ががら空きだ。

 力いっぱい戦棍を叩きつける。

 なんの魔力も持ってない武骨な武器だが、片手で振れる軽さ、乱暴に使っても壊れない頑丈さがあればいい。固い石だろうが魔法の遺物だろうが、ただ壊れるまで殴り続けるだけだ。

 頭を粉砕された人形が動きを止めたのを確認し、まずは火のついた松明を拾う。煙と熱を嫌がって角灯ランタンをつかう冒険者やつもいるが、所詮は暴力仕事、雑に扱っても火が消えないというのが俺の好みだ。

 それから探すのは背負い袋ナップサックだ。これも戦闘開始とともに放り出していたが、火が燃え移らないよう松明からは離れたところに投げてある。

 背負い袋の中身を覗き込み、中の小瓶や壺の状態を確認する。紐だの毛布だのを緩衝材に使っているが、万が一ってこともある。回復薬、毒消しの瓶が割れるだけならまだしも、油が爆破の符を濡らしたりしたらおおごとだ。

 続いて周囲の警戒を怠らぬまま、背負い袋から腰の小鞄ポーチへ消耗品を補充する。発火の符が1枚に、特性の細紐が一巻き。魔法剣士あいつはこういう作業を嫌って消耗品をあまり買わないそうだが、その手間を怠るからいつまでたってもうだつが上がらないのだ。

 さて、準備ができれば、やっと一息。それから周囲を探索する。

 やはり近くに宝箱があった。

 先の2戦もそうだった。魔導人形の近くには、先客ぼうけんしゃがさわった形跡のない宝箱が転がっているルールのようだ。

 これが『尽きぬ宝物庫』の名前の由来か。

 いや、納得がいかない。本当に宝物庫であるならば、大きな部屋に宝を集め、その入り口を守らせるべきではないのか。これはむしろ障害を撃ち倒した冒険者への御褒美であるかのような、そんな印象を受ける。

 誰かの掌の上で踊らされているような不快感を飲み込み、宝箱へとしゃがみ込む。

 先の2個の宝箱については、正直失望していた。鉄の脚甲グリーブが1つ、そして短剣が1振り入っていただけなのだ。

 脚甲は持ち歩くには少し重かったので、その場に置いてきた。戻る時に回収すればいい。

 短剣は刃こぼれがないのを確認したが、どうにも手になじまない。新品同然だが誰かの手に馴染んだあとのような、そんな気味の悪さだ。それでもベルトに隙間を作ってねじ込んで来ている。

 これまでの様子じゃ、この宝箱にも期待できんな。

 腰の小鞄から鍵開けピッキング道具ツールを取り出す。ポケットや仕切りがやたらと多いこの小鞄は、俺の愛用の品だ。たとえ暗闇の中でも、どこに何をしまってあるか、手が覚えている。

 高い買い物だったからな、とニヤリと笑う。

 俺があいつに初めて勝った時に買わせた奴だ。趣味が悪いだの使いこなせるのかだのとブツブツ言うのをはっはっは負け犬が吠えよるわと笑い飛ばして金を払わせたのは、本当に気持ちがよかった。

 鍵穴には罠がないことを確認してこじ開ける。蓋を開けると連動して毒ガスでも詰まっているのであろう袋が破れるという小細工を、隙間から差し込んだ細い刃物で紐を切って無効化する。

 よし、とほくそ笑むと同時、腰でぶつりと嫌な音がして小鞄がすべり落ちた。

 この中には薬品の小瓶も入っているのだ。慌てて拾い上げて中身の無事を確認し、つづいて何が起こったのかあらためた。

 小鞄をベルトに繋ぎとめていた紐が、擦り切れている。

 長く使いこんだからな。あいつとの2度目の勝負の後から、酷使してきたのだ。替え時かもしれん。この勝負に勝ったら新しい物を買わせるか。

 ……いや、もったいないな、と俺は首を振った。

 紐を修善すれば、まだ使える。使い慣れた道具を捨てることもなかろう。

 それに、せっかく「なんでも言うことを聞く」なんて勝負にしたのだ。いつも通りの買い物ですませるという手はない。

 ふと、つまらぬ考えがよぎる。

 次の冒険に付き合えと要求したら、あいつは何とこたえるだろうか。拒否権とやらを使うか、大笑いするか、それとももしかすると……。

 頭を振って妄想を追いやる。今考えることではない。

 もはや腰には下げられぬ小鞄から幾枚かの符を取り出し、ズボンのポケットにねじこむ。残りのかさばる道具類は、小鞄ごと背負い袋に放りこんだ。

 さてあらためてお宝と御対面、どんな逸品が、それともゴミ屑が出てくるか。

 大きく宝箱の蓋を開けると、一瞬だけ魔法による光が目を刺した。

 罠か!と思ったが、違う。中のお宝が放った光だった。

 肘から手首くらいの長さの小ぶりの笏杖ワンドだ。なにかの骨でできているのか、全体は象牙色。先端には透き通った宝石がはまっており、その中では時折緑色の稲妻が閃いている。

 見覚えがあった。

 つい最近、あいつが買ったばかりの装備と同じものだ。

 そんなこともあるだろう、と頭の中の俺が言った。

 なにかがおかしい、と心の中の俺が叫んだ。

 魔法の笏杖を背負い袋へ放りこみ、立ち上がる。

 あいつはどこへ行った?

 遺跡に入って最初の分かれ道で、コイントスで行く先を決めて別れたあいつ。

 あいつは今どうしている?

 空になった宝箱に背を向けて、俺は入り口へと駆けだした。


 先に俺が倒した魔導人形と、短剣が入っていた宝箱の横を駆け抜ける。

 さらに走ると、最初に倒した魔導人形の残骸、それから脚甲が入っていた宝箱が見えてくる。しかし、放り出していたはずの脚甲が見当たらない。

 やはり嫌な気分だ。走っていて見落としたか、揺れる松明では十分に照らし出されなかっただけかもしれないが。

 脚を止めずにさらに進めば、遺跡の入り口へ戻る道とあいつが進んでいった道への三叉路に出る。

 遺跡から出るのが正しい、とは考えた。

 それでもそんな選択肢はなかった。

 駆ける。

 しばらく進むと、魔法で爆砕されたのであろう魔導人形の残骸と、空っぽの宝箱が転がっている。あいつの細剣レイピアでは、動く石像を貫くのは難しかろう。確かに魔法で対応するのが正しいだろうが、魔力だって無限ではない。

 どうもこの遺跡の警護ガーディアンは、人形しかいないようだ。何度も大きな魔法を使えば、あいつはすぐに息切れする。魔力回復の薬剤ポーションくらい常備しておけと普段から言っているのに、あいつは消耗品をそろえるのを嫌い、その金で装備を新調したがるのだ。……帽子だけはずっと同じものをかぶっているが。

 毒づきながら走ると、分かれ道にぶつかる。ざっと見回しても、どこに進んだか目印になるようなものはなさそうだ。いくら消耗品嫌いとは言え、白墨チョークくらいは持ってほしかった。

 あいつの性格から考えて遺跡の中央寄り、入り口から直進しない方に進むだろうと見当をつけて、また走りだす。

 正解だ。また破砕された人形の欠片と空っぽの宝箱が転がって……。

 違和感に立ち止まり、周囲の石壁を確認する。

 きれいなもんだ。戦闘の後は魔導人形の残骸くらいしか見当たらない。遺跡の壁には魔法の火球が爆発したような破損も汚れも、一切見られない。

 そう言えば、何人もの冒険者が入って来たはずのこの遺跡で、それを感じさせる形跡を見なかった。曲がり角につける目印の白墨や傷跡、戦闘の名残、そういうものが無い。

 遺跡が自動で清掃、修復されているとでも言うのか。警護の魔導人形が何百年も前の命令でうろついているだけではなく、迷宮を守る古代の魔術がまだ十全に生きていると?

 そりゃそうか。『尽きぬ宝物庫』だものな。魔法の力でもないと、説明がつかない。

 考えるのをやめて、また走りだす。あいつが心配だった。いや、深く考えるのが怖くなったのだ。別に遺跡が怖くなったとかそういう意味ではなく、その、まあつまり……そうだ、あいつが心配だったのだ。

「えい、くそ!」

 足音を殺す余裕もなくし、全力で走る。

 広めの空間に出た瞬間、そこにたたずむ魔導人形に気付いて背負い袋と松明を投げ捨て、右腰に下げていた戦棍を握る。

 大きな石像だ。身長なら俺の2倍、肩幅は3倍くらいある。それが目鼻のない頭を俺のほうへ巡らせ、手首のない両手を大きく上にかかげながら近寄ってきた。

 まだこの人形は健在だ。魔法剣士あいつに破壊されてはいない。

 では、あいつはどこに行ったのか?

 疑問を解消する前に、襲い掛かって来る敵を排除せにゃなるまい。

 振り下ろされる両腕をかいくぐり、その横を駆け抜けながら太腿に戦棍の一撃を叩き込む。痺れるような手ごたえ。みっちり中がつまった石塊には、さしたる衝撃は与えられなかったようだ。

 分かっちゃいたが、俺の腕力でこいつを破壊するのは無理だ。いつものように道具に頼ろうと腰に伸ばした左手が、空を切る。

 しまった、消耗品を入れた小鞄は背負い袋の中だ。いつもの癖でさっき投げ捨てちまった!

 巨大な魔導人形がこちらへ向き直る。大きなだけに動きは遅いが、嫌になるほど精緻な動きは小型のものにそっくりだ。下手を打つ前にさっさと壊してしまうに限る。

 また振り下ろされた腕をかわして、人形の後ろへと回り込む。

 が、すれ違いざまに背中を強打された。同じ動きは通じないということか。くらった衝撃半分、自分から飛んだのが半分で床の上を数回転。手放した戦棍が宙を飛び、人形の足元に落下する。

 痛みをこらえて立ち上がると、すでに人形の体はこちらへ向いていた。巨体が足を進め、頑丈さだけが取り柄の戦棍が踏みつけられてひしゃげる。

 大赤字だ。

 が、知ったことか。

「くらえ!」

 床を転がった際に拾い上げていた背負い袋を人形の頭めがけて放り投げ、左手でポケットから魔法の符を掴み出す。

 放物線を描く背負い袋を人形が緩慢な動きで避けようとするが、直撃なんぞ期待してはいない。落下し始めた背負い袋へ駆け寄って跳び上がり、左拳で殴りつけるようにタッチ。

発火イグナイト!」

 握りこんでいた符がまとめて燃え上がり、俺の左手と背負い袋を包む。

 左腕一本は捨てる覚悟だった。背負い袋から顔を背け、強く目を閉じる。

 轟音。

 期待通り、背負い袋の中の爆裂の符やなんやに炎が通ったらしい。

 人形の一撃とはくらべものにならない衝撃に、壁に叩きつけられる。

 痛みをこらえ、壁に肩を預けて立ち上がる。視力、無事だ。聴力、はちょっと馬鹿になっているようだが一時的なもんだと信じる。頭痛はするが、吐き気はない。左腕、くっそ痛いが指は全部そろっているし、何とか動く。

 戦闘続行可能、と自己診断して人形のほうへと目をやる。

 駄目だ。真っ黒に煤けてはいるが、五体満足。あちらも戦闘続行可能らしい。

 さあもう武器はない。どうしたもんかと壁を背に思案する俺へ、石像が一歩踏み出す。

 石柱のような両腕を振り上げ、一歩。

 背負い袋の残骸を踏みにじり、一歩。

 まさか、それが決め手になるとは。

 石像の足の下で、背負い袋の残骸が緑色の閃光を放つ。

 直後、そこから垂直にほとばしった稲妻は、古代の魔導人形を跡形もなく粉砕した。

 呆然とする俺に、ついさっきまで人形だった大小の石片が降りかかる。

 おそらく、もう確認しようもないことだが、背負い袋に入れていた魔法の笏杖ワンドだろう。薬品や符の爆発にはかろうじて耐えていたそれが、石像の重みで完全に破壊され、内包されていた魔力を一気に放出したのだ。

 警戒して、というよりも驚きでしばらく動けなかったが、気を取り直す。

 魔導人形が復活する様子も援軍がくる気配もないことを確認し、痛む左半身を引きずって、転がっている松明を拾い上げる。

 周囲を見渡すと、人形の残骸に混じって一つの宝箱。ルール通りだ。

 近寄って鍵を確認しようとしたが、道具を入れた小鞄が背負い袋もろとも爆発したのを思い出して舌打ちする。もっとも、道具が無事でも左腕が万全でないのこの状態では、まともに鍵開けはできなかっただろう。

 腰のベルトにはさんでいた短剣を抜き、宝箱の鍵穴へ切っ先を突っ込む。えぐるようにねじ込むと、欠けた短剣の切っ先だか宝箱の破片だかが頬をかすめたが、確かな手応え。右手だけで宝箱の蓋を開けようとしたが、うまく壊しきれなかったか掌ひとつ分の厚みしか持ち上がらない。

 隙間に右足の爪先をねじ込み、右腕の力ではなく背筋を使い、引きちぎるように蓋を開けた。

 中に入っている物を見て、へたり込む。

 が広く先のとがった、ただ「魔女それらしく見える」くらいしか取り柄のない安物の帽子。

 遺跡の魔力で修復されているのか新品同様に見えるが、俺が間違えるはずがない。

 過酷な冒険で破れたりほつれたりした箇所を、不器用ながら必死に繕った跡が見える。

 あいつとの最初の勝負、初めて俺が負けた時に買わされた、ただ見てくれだけでなんの効果もない飾り物。いつまで経ってもこれだけは新調せずに、ずっと被り続けていたお気に入り。……恥ずかしい奴だった。

 腹の底から熱い物がこみあげてきた。

 それは、赤黒い血塊の形で口からあふれだし、宝箱の中の帽子を汚す。

 手足から力が抜けて、宝箱を抱きかかえるように倒れこむ。

 そう言えば、罠の確認を忘れていたな。

 左腕の痛みは感じなくなっていたが、かわりにぞっとする寒気が襲ってきた。

 宝箱の内張りに気が付く。炎熱も氷雪も防ぐと自慢していた、飛竜の皮。あいつのマントだ。

 なにが『尽きぬ宝物庫』だ。全部冒険者の遺品じゃあないか。

 この遺跡自体が罠なのだ。先に力尽きた冒険者の遺品をぶら下げて、愚かな冒険者どもが新たにやって来るのを待っているのだ。

 腹が立った。

 こんな趣味の悪い迷宮を作った、古代の付与魔術師とやらに腹が立った。

 くだらない欲のために死んでいく、一山いくらの冒険者たちに腹が立った。

 ちょっかいばっかりかけてきて、最後まで素直にならなかったあいつに腹が立った。

 そんなあいつの気持ちに気づいていたのに、応えようとしなかった自分に腹が立った。

 なにもかもが腹立たしくて、あいつのマントに顔をうずめて泣きだしたかった。

 だが、ここまでだ。

 俺の冒険はここで終わり、次の冒険者への餌になってしまうのだ。

 遺跡の魔力が命を失い始めた俺の手足を分解し、幾つもの宝箱へと組みかえてゆく。

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トレジャーボックスハンターズ 根ヶ地部 皆人 @Kikyo_Futaba

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