第2話 異世界転移

 視界が戻ってきた。だけど周りは暗く静かだ。

 暗闇に目が慣れてくると、ここは小さな部屋だということがわかった。

 机に椅子、ベッド、クローゼット。電気類は何もなければ窓もない。他に目につくものと言えば机の上に置かれたあれくらいだ。


「巻物?」


 その前に、一旦机の引き出しやクローゼットの中を確認した後、見つけたものを一通り並べてみる。

 と言っても、数着の薄い布の服とさっきの巻物くらいしか見つからなかった。

 自分が裸なことには服を見つけてから気がついた。寒さを感じるわけではないけど、このままだと落ち着かないし、とりあえず適当に掴んだ服を身に着けた。

 そして次に巻物だ。これみよがしに置かれていただけにかなり怪しいけれど、他に気になるものは何もないし、部屋を出る前に中の確認だけしてみることにした。


「うわ、なんだ!」


 巻物を開くと、それはふわりと浮遊し光を放ち始めた。そしてそのまま、僕の体の中に吸い込まれていった。


「ってちょっと待って! 僕の体が! なんだこれ、どうやって取り出せばいいんだよ!」


 なんて一瞬焦ったけど、案外簡単に取り出せた。


「出てこい!」


 そう強く念じると、僕の右手の中にさっきの巻物が現れた。

 なんかさっきより大きくない?


「開いて大丈夫なんだろうか……」


 恐る恐る開いて見るけど、さっきみたいなことは起こらなかった。


 【ステータススクロール】と見たことのない文字で書かれている。

 というよりも不思議なことに、今までずっと見てきた文字のように感じる。その代わりか、今まで使ってきたはずの文字が思い出せない。今思えば、言語も全く違う言語になっていた。

 このままだと、日常生活に支障が出るんじゃないか。それよりまずは日常に戻れるかのほうが先か。

 なんて思いつつ、そのスクロールの下を見ていく。レベル、魔法、剣技、スキル、アビリティ、etc.という感じだった。

 これはもう間違いない。


「異世界転移…………」


 こんなアニメやラノベでしか見たことないことが現実に起こるなんて。

 ステータススクロールには、名前までちゃんと記してある。

 レベルは1。魔法は火、水、風、土、それぞれ初級。剣技、スキル、アビリティはなし。ステータスは基準がわからないからなんともいないな。


 ざっくりと自分のステータスに見を通したところで、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「誰かいるか」


 聞き覚えのある声が、扉の向こうから聞こえた。

 扉を引くとギシリと音を立てて開いた。


「燈禾(とうか)か。無事でよかった」


「明那くん」


 部屋を訪れたのは『千歳 明那(ちとせ あきな)』。クラスの中心人物の一人で情に厚い男子だ。手には火のついたランプを持っていて、僕と同じ簡素な服を着ている。


「その火、どうしたの?」


「ああ、なんか今の俺ら魔法が使えるらしくてさ。灰田たちが使い方を教えてくれたんだよ」


 『灰田 玲司(はいだ れいじ)』。クラス内でアニメ好きで有名な男子だ。

 灰田くんなら、異世界に来たときの予備知識は完璧だろうし、魔法の使い方まで理解が及んでいても不思議じゃない気がしてきた。


「つか、最初に聞いてくんのがそれかよ」


「いや、なんかまだこれが現実っていう実感がわかなくて」


「まあ確かにな。でもまあとりあえず、お前は大丈夫そうだから安心したよ」


 言われてみれば普通はここはどこなのかとか、何が起きたのかとか、無事に帰れるのかとかそういうことを聞きそうなものだ。

 実際、明那くんはみんなからそういうことを聞かれたのかもしれない。


「なあ明那、早く行こうぜ。彩斗たちが待ってんだろ」


 明那くんの後ろにもう一人、彼は『八木 徹(やぎ とおる)』。あんまり話す機会はないけど、僕の中では八木くんは女の子が大好きなお調子者のイメージが強い。


「それで、これからどうするつもり?」


「二人にはこの先にある大広間に行ってほしい。途中で他の連中もそこに向かってるはずだから、それについていけばいい。広間についたら彩斗がA組男子の無事を確認してるから合流してくれ」


「明那くんは?」


「俺は他の部屋も見て回る。他のクラスの男子もこっちに来てるみたいだからな。全部見て回ったら俺もそっちに戻る」


 男子はってことは女子はまだ見向かってないってことなのか。

 まあとりあえず今はそのへんも明那くんたちに任せておくことにしよう。


「わかった。じゃあ先に行ってる」


 それだけ言って僕と八木くんは明那くんに言われたとおり大広間を目指した。

 かなり距離はあったけど、途中には他のクラスの男子たちが大広間に向かって歩いていたから迷うことはなかった。

 大広間には男子が集まっていた。

 違和感があったのは先生らしき姿が見当たらないことと、不良生徒の髪の色が黒に戻っていたことだ。


「日乃と徹か。無事でよかった」


 そういったのはクラスのリーダー的存在、『凪 彩斗(なぎ さいと)』だ。

 凪くんは学内では有名なサッカー部所属のイケメン男子だ。

 さらに生徒会にも所属していて、次期生徒会長最有力候補の優等生でもある。


「これで二年A組の男子は全員揃ったな。先生に報告してくるから、みんなはここで待っててくれ」


 そう言って凪くんは、クラスの男子の無事を知らせるためにその場を離れた。


「日乃くん日乃くん、日乃くんはこれから僕たちどうなると思う?」


 そう言ってきたのはアニメ大好き灰田くんだった。立体感のあるお腹が特徴だ。


「わからないけど。灰田くんは何か起こると思うの?」


 すると灰田くんは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張った。

 

「もちろん! 僕たちは王国のすごい召喚士によってここに招かれたんだ。僕たちにはすごい力があって、その力で僕たちは魔王を倒す勇者として、これから冒険をすることになるんだ!」


 なんていうか、彼らしい答えだ。でもさすがに、実際に経験してみると、ほんとうにそう都合よくいくだろうかと楽観的には考えられなかった。

 僕もそういうのには興味があるけど、今はまだ期待より不安のほうが大きい。

 逆に魔王軍に召喚されて、巨大な魔物を召喚するための生贄にするつもりかもしれないし。


「甘いですよ玲司くん!」


 すると今度は後ろから、灰田くんとは対象的に身体の細い久野くん、『久野 和葉(ひさの かずは)』が眼鏡がないのを忘れて、眼鏡を上げる動作をしていた。


「きっと僕たちを呼んだのはこの世界の神様です! そしてこれから現れるのはその神様で、我々にチート能力を授けてくださるのですよ!」


 こっちもこっちで彼らしい答えを口にした。久野くんも灰田くんに負けず劣らずのヲタクだ。

 この二人とは中がいいわけではないけど、出席番号が近いのもあってたまにこういう会話に混ざることがある。


「いいや、王国の召喚師だ! 国王が僕の力を見て、すごくきれいなお姫様と結婚してくれって頼んでくるんだ!」


「いいや、神様です! チート能力で世界中を旅して、そこで困っている人たちを助け、助けた美女たちが次々に仲間になっていくんです!」


 多分この二人が今ここにいる中で、一番この状況を楽しんでいるんだろうな。

 こんな状況でも相変わらずの二人だけど、おかげで少し不安が和らいだ気がした。


 そうこうしているうちに全校男子生徒の安否が確認された。

 結論としては当日学校に出席していた男子生徒の中で、今この場にいない生徒はいなかった。そしてその日、全校で男子生徒に欠席者はいなかったらしい。

 つまり、学内の男子全員がこの場にいることになる。


 よりによって全員が出席している日に限って、あんな事件が起きたのか。

 もしかすると僕たちをここに呼んだ召喚師だか神様だかは、その時を狙っていたのかもしれない。


「東堂先生、これからどうします」


 ふと凪くんがそう話しかけた相手を見た。そして僕はそれに違和感を感じた。

 ん? 東堂先生?

 東堂先生は生徒指導の先生だ。『東堂 天慈(とうどう てんじ)』。事件のとき、ただ一人あの謎の力に抗っていた体育教師。

 だけど不思議なことに、凪くんが東堂先生と呼んだ男は、明らかに僕らと変わらない年齢に見えた。


「えぇ! 藤堂先生!?」


 先に声を上げたのは八木くんだった。


「東堂先生どうしたんすか! その見た目!」


「八木か。どうだ、お前らと同じピチピチの肌だろう」


 嬉しそうに肌を自慢する東堂先生。

 東堂先生は三十代くらいだと思うけど、見た目は完全に男子高校生だ。

 でも先生の面影は確かにある。信じがたいけど、こっちにきて若返ったのだろう。

 もしかすると他の先生たちも同じように若返っているのかもしれない。通りで先生の姿が見えなかったわけだ。

 それにしてもあの歳で体格はさすが東堂先生だ。

 

「東堂先生」


 すると、広間後方の入り口から東堂先生を呼ぶ声が聞こえた。

 見覚えはある気がするけど、先生なのか生徒なのかもはやわからない。

 

「女子生徒と先生たちが見つかりました」


「本当ですか!」


 その報告に東堂先生が安心した表情を見せた。


「それで、数名の生徒と夕陽先生がいらしてるのですが」


 そう言っておそらく先生であろう男性が、広間後方入り口の方に目をやった。

 見ると茶髪の、見たことあるような顔の女性が顔を覗かせていた。

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全校まとめて異世界転移―貴方たちが神様です― シスイ @sisisis824

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