全校まとめて異世界転移―貴方たちが神様です―

シスイ

第1話 消えた全校生徒

 数日続いた雨は止んでいた。今朝の天気は曇り。こういう日の外は彩度も落ちて見える。

 調子もいつもより落ち込み気味だ。朝の天気予報では昼前にはまた雨が降り出すらしい。気温も高くなってきたけれど、湿気の多い日はもうしばらく続きそうだった。


 僕のクラス、二年A組の教室ではクラスメイトたちが各々でホームルームまでの時間を自由に過ごしていた。


「なあ、夏休みみんなで海行かね?」


「いいね! 絶対楽しいじゃん!」


「バーベキューとかどうよ、隣のクラスのやつも誘ってさ!」


 美男美女たちが一つの机を囲んで談笑している。

 存分に青春を謳歌するこの人種は、僕には輝いて見える。

 他クラスの人が言うには、A組は美男美女揃いらしい。

 けれど、それはあくまで上位層の話。中層ならともかく、下層の人間となると、存在すら認識されないただのモブに成り下がる。

 僕は自分ではそこまで容姿が悪いわけではないと思っているけれど、このクラスにおいては僕も下層の人間かもしれないな。


 青春を絶賛満喫中のクラスメイトを見てそんなことを思う。

 僕も昔はああいう学生生活を想像していたんだけどな。

 どうやら僕には青春との縁がなかったらしい。


「ぎゃっはっは!! お前それはエグいって! 女もだけど男の方もかわいそうじゃん!」


「別によくね? だいたい俺に喧嘩ふっかけてくんのが悪いんだよ」


「マジそれ、違えねぇな!」


 離れたところでは別のグループができている。こっちもさっきのグループと並ぶトップカーストの集まり。だけど、正直こっちの人種とは関わりたくない。

 制服を着崩し、髪を派手に染めピアスを開けた男子たちが馬鹿騒ぎをしている。不良というやつだ。

 弱いものをいじめ、気に入らないことがあればすぐに暴力。校内外問わず、何かと問題を起こす。相談やクレームも多く、先生たちも頭を悩ませているらしい。

 今日は珍しくホームルーム前に全員出席しているみたいだけど、いつもなら昼頃まで姿を見せないことが多い。


 他にも静かに本を読んだり、宿題に追われたり、机に突っ伏していびきをかいたりと、クラスメイトたちはそれぞれで時間を潰していた。


 僕もいつものように授業の準備をし終え、本を読んでいた。

 すると、教室の前の扉が開き、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「みんなおはよう」


 このクラスの担任、『夕陽 朝咲(ゆうひ あさき)』先生だ。

 二十代前半で、ポニーテールを揺らす可愛らしい新任の先生。真面目で努力家、生徒のことをよく考え、仕事もきちんとこなす。たまに抜けているところもあるけれど、そういうところも評判がいい。

 歳の近い生徒たちだけでなく、他の先生たちからも信頼されているみたいで、生徒だけでなく先生たちの中でもアイドル的存在だ。

 噂では一学年上の担任を受け持っているイケメン教師、『天野 勝哉(あまの かつや)』先生とできてるっていう噂もある。


「みんな、朝は集会になったから体育館に集合ね」


 それだけ言うと、先生はせわしなく教室をあとにした。

 来るのがいつもより早いと思ったら、そういうことか。今日は集会の予定はなかったはずだけど、今朝の職員会議で決まったんだろう。

 クラスのみんなもだらだらとめんどくさそうに移動を始めた。


 体育館にはすでに全校生徒が集められていた。

 突然の全校集会。こういうときは大抵良くないことがあったときだ。

 うちの学校の誰か、主に不良たちが近所でなにかやらかしたとかそんな感じだろう。それで苦情の電話をもらったとかで説教か。

 関係のないことで説教なんて、時間の無駄だ。


 なんて思っていると生徒指導の教師が、マイクを手に生徒たちの前に立った。

 生徒指導の先生なんてのはだいたい体格がいい体育教師なイメージがある。うちの学校もそう。そしてこういうとき説教するのは生徒指導の教師。体育の先生は立ってるだけで威圧感があるからな。

 先生が前に立つと決まって体育館は静かになった。ただ今回いつもと違ったのは、先生の怒声が聞こえてこなかったことだ。


「あー…………、もしかしたらすでに知ってる者もいるかもしれんが、昨日うちの生徒が一人行方不明になった」


 体育館内が少しざわついた。

 行方不明なんてまた物騒な。誘拐事件とかに巻き込まれていなければいいけど。

 まあこのあたりで不審者が出たなんて聞いてないし、誘拐とは限らないか。

 それにしても、うちの学校の生徒が行方不明か。この感じだとその人はまだ見つかっていないんだろうな。


「行方不明になった生徒については集会後、紙面と各々のクラスのホームルームで話されると思う。もし何か心当たりがある生徒がいれば、その後に俺のところまで来てほしい。以上だ」


 今日のメインはこれか。

 無駄な説教じゃなくてよかったと思う反面、行方不明の人には早く見つかってほしいと思った。それが仲のいい友達じゃなくても、他の誰かにとってそうだったらその人はきっと悲しむだろうから。

 その後の集会は、しばらくの間登下校は複数人ですること、その際は十分に気をつけるようにとの注意を受け、話は終わった。


「な、なんだ!?」


「おい、どうなってんだ!」


 集会も終わり、体育館を退出しようとしたときだった。あちこちで他のクラスの人たちが悲鳴を上げ始めた。

 ってなんだこれ…………。床が光ってる?


「うそ! なに? 助けて!」


「やだ! 死にたくない!」


 恐怖で足が動かずへたり込む生徒、パニックになって我先にと逃げ出す生徒、冷静に何が起きているのか考えようとする人もいるけど、そんなのわかるはずもなかった。

 僕も状況が理解できずに立ち尽くすしかなかった。


「みんな落ち着いて! とにかく急いで体育館から出て!」


 朝咲先生の声が後方の出口から聞こえてきた。見ると後方と側方の扉が先生たちによって開かれていた。

 みんな一斉に先生の指示に従って、急いで出口に向かった。


 意外にも僕は他の生徒たちほどパニックになってない。周りがパニックに陥っているのを見たおかげで、逆に落ち着けたのかもしれない。

 できるだけ人の少ない出口から逃げようと見回していると、一人の倒れている女子と目が合ってしまった。

 足を踏まれてしまったのか、右足を抑えて顔を歪ませている。

 助けないわけにはいかない、か。

 目があってしまった手前というのもあるけど、この状況の中なまじ落ち着いているせいで、助けられる人を見捨てることはできなかった。

 女子と話すのは苦手だけど、そんなことも言ってられないか。


「えっと、立てる?」


「は、はい、ありがとうございます…………」


「どういたしまして」


 その女の子は声をかけられて安心したのか、少しだけ表情が柔らかくなったように見えた。


「どうなってんだ! 出れねえぞ!」


「ちょっと! 押さないで! 苦しい!」


 僕が倒れた女子に手を貸していると、そんな声が出口の方から聞こえてきた。

 見ると扉は空いてるように見えるけど、誰もそこから先に進めないでいるみたいだった。人が密集していて先頭付近の人間は圧迫されている。下手をすれば怪我では済まないかもしれない。


「み、みんな! 落ち着いて!」


 朝咲先生の声も届いていない。先生も押し寄せる人の波に潰されそうになっている。

 このままでは死人が出るかもしれない。けどどうすれば…………。


 始めは青かった光が徐々に黄色に変化している。それと同時に少しずつ身体が重くなっている。


「身体が…………」


 僕が支えてやっと立ち上がったばかりの女の子も、またすぐに地面に倒れ込んだ。

 つられて僕も、重くなる身体を支えきれずに地面に倒れてしまった。


「うっ、動けな…………」


 出口の方を見ると次々に人が倒れていくのが見える。おかげで朝咲先生たちが押しつぶされる心配はなくなった。

 けどまだ誰も、この体育館から抜け出せた人はいないみたいだ。

 生徒も教師も、全員が立ち上がることすらできないでいる。

 一体何が起きているんだ…………。

 そんな状況で光はさらに色を変えた。赤色だ。


 その瞬間、遠くで人が消えるのが見えた。それも数十人が一気に、次々と消えていく。


「いやああ!」


「待ってくれ! 頼むか————」


「ふざけんな! この! 俺を助けろ!」


「死にたくない!! 死にたく————」


 叫んだ生徒たちが消えていく。

 これが、現実…………? 夢じゃないのか…………。

 目の前の出来事が理解できずに頭が現実逃避を始めていた。


「誰か、早く助けてよ!」


「こんのやろぉぉ!!」


 前方で誰かが立ち上がろうとしていた。生徒指導の先生だ。

 誰一人として立つことのできないこの重さに、立った一人だけ抗っていた。


「誰だ! こんなふざけた真似をしやがるやつはぁ!!」


 その声が怒りで溢れているのが伝わってくる。大切な生徒たちを危険に晒したことを怒っているのだ。

 パニックになって我先にと逃げ出す先生もいる中、あの先生は自分のことよりも生徒のことを思ってくれている。

 けどその先生も、その叫びを最後に消えてしまった。

 この場の誰も、この状況を変える方法を知らない。この状況を打破する方法が見つからない。


「た、すけて………」


 そばでさっきの女の子が手を伸ばしていた。彼女は涙でぐちゃぐちゃになりながら、手を震わせて僕に助けを求めていた。

 僕にどうしろって言うんだよ…………。

 そんなことを考えながら、せめてその子を不安にさせまいとその手を掴もうとした。

 けど僕の手は空を掴み、僕がつかもうとした手はそこにはなかった。


 パニックの中、教室後方で倒れる朝咲先生と目があった。


「日乃くん…………」


 最後に僕を呼んで先生が消えるのを確認した瞬間、僕の視界が消失した。


 この日、僕の通う『市立八重色高校(しりつやえいろこうこう)』の全校生徒と教師が姿を消した。

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