間章
神話
はじめに混沌と虚無があった。
混沌は「何か」を生み出し続け、虚無は「何か」を喰らいつづけることで、両者はバランスを保っていた。「何か」は何でもなかった。薬缶でも文鳥でも石でもラジオでもない、ただ「何か」としか言いようのないものだった。そこに意思はないまま、混沌は生み続け、虚無は喰らい続けた。それによって混沌と虚無は均衡を保っていた。
長い長い時間が経った。無限に生み出され続ける「何か」の中で、那由他の試行の果て、猿がキーボードを叩いてシェイクスピアを書き上げるような確率で、ひとつの「世界」が作られた。混沌は「世界」に興味を持った。はじめて意思を持った混沌は様々な「世界」を作り始めたが、虚無は相変わらずなにも思考することなく、生み出される「世界」を喰らい続けた。
さらに長い時間が経った。生み出された「世界」には、生物が存在するものもしないものもあった。が、とある「世界」に初めて「人」と呼べる生命が誕生した。
「人」のそれまでの生物と違うところは、『自分は何者なのであろうか』という疑問を持つことができた点であった。混沌は「人」に興味を持った。そして混沌自身も『自分は何者なのであろうか』という疑問を持つようになった。
やがて「人」は答えを発明した。『我々は神の被造物である』。
そうだったのか、と混沌は思った。こうして混沌は神になった。
原初の神は「人」が出現しやすいように「世界」を生み出し続けた。虚無はそれらを喰い続けていたが、神は途中から、「世界」を虚無に喰わせるのが惜しくなった。そこで自分の分身たる女神を作り、「世界」を守護させることにした。
また神は「人」の一生のはかなさをも惜しみ、自分の一部を「魂」として「人」に分け与えることにした。これによって「人」はその一生を終えても、「魂」は神のもとに送られ、再び新たな生を得られるようになった。魂の記憶が蓄積された人々はより複雑な行動を取るようになり、神は満足しつつあった。
いっぽう、虚無は飢えていた。何も食べるもののなくなった虚無は弱りはじめ、つりあっていた混沌との均衡は崩れた。このままでは虚無は消滅し、混沌が支配することになるかと思われた。
しかし、消えゆく中で虚無は思った。『自分は何者なのであろうか』と。
虚無の中で、この問いに対する答えはまだ出ていない。しかし虚無の疑問は歪みとなって、混沌の支配する「世界」の中に影響をもたらしていくようになる。
この歪みのことを、神は「魔王」と呼んだ。
無口な勇者の中の人 うお @fish_or
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