第7話 約束

 王彪おうひょうが羞恥に悶えているうちに、脱がせた(ズボン)をもって宋秀そうしゅうは外へ走り出て行ってしまった。


 王彪おうひょうは頭を抱えた。

 手合わせをしてみて、宋秀そうしゅうの実力が自分よりだいぶ上であることはわかったが、ろくな抵抗もできずに裸にされるなどということがあって良いのだろうか。


(もしかして俺は心が軟弱なのか?)


 立ち尽くす王彪おうひょうのもとへ戻ってきた宋秀そうしゅうが、両手に抱えていた枯れ枝を交互に重なるように地面へ置いた。そしてその中心へ乾いた草の束を突っ込んだ。


 王彪おうひょうはそれが焚火の準備だと気が付いたが、宋秀そうしゅうが火種をもっているようには思えなかったためどうするつもりか聞いた。


「さっき子良しりょう陽燧ようすいを借りたから、それを使うよ」


 そういって宋秀そうしゅうは洞窟を出てすぐの場所で、片手に王彪おうひょうの帯の飾りを持ち、もう片方の手に枯れよもぎの葉を丸めたものを持って、なにやら角度を調節していた。


 しばらくすると蓬の葉から煙が上がり、中へ入ってきた宋秀そうしゅうが組まれた枝の下へそれを置いて息を吹きかけると、乾いた草にぱっと火がついた。


「お前、すごいな。どうやって火をつけたんだ?」


 勢いを増した炎が消えてしまわないように細い枝を足しながら、宋秀そうしゅうは不思議そうに聞き返した。


「どうやってって、子良しりょう陽燧ようすいを持ってたんじゃない」


陽燧ようすい? あの帯の飾りのことか?」


「そうだよ。もしかして知らなかったの?」


「普通の飾りだと思ってた。陽燧ようすいってなんだ?」


「ほら見て。こっちの磨かれているほうがへこんでるでしょ。薄いお椀みたいに」


「ああ、変わった形だとは思ってた」


「ここにね、日の光を当てるんだ。そうすると光が集まるから、それで火をつけられるんだよ」


「へえ、これってそういう道具だったのか」


「ふふ、持ち主なのに使ったことなかったんだ」


「ふつうは使わないだろ、こんなの。俺は細工が気に入ってただけだから」


「まあ、そうかもしれないね。それよりちゃんと火にあたって。体冷えちゃったでしょ」


 王彪おうひょうの手を取って火のそばに座らせてから、先ほど脱がせたままになっていた靴も火に近い場所に置いた。


「焚火で乾かすと煙臭くなっちゃうけど、靴は時間かかりそうだから我慢してね。服は外に干したから」


 そういって笑いかける宋秀そうしゅうをまじまじと見た。

 この場所に来てからずっと、宋秀そうしゅうは自分を気遣ってくれていた。

 可愛くて優しくて強い。さらに物知りで気遣いもできる。これが完璧ということなのかと王彪おうひょうは素直に感動した。

 そして自分の側に置きたいという気持ちがより一層強くなった。


「なあ、本当に俺の従者にはならないのか? 俺は、これからもお前に会いたい」


 その言葉を聞いて宋秀そうしゅう王彪おうひょうの顔を見た。


「本当に? 僕がどんな身分でも?」


「関係ない。お前ともっと……話がしたい」


 本心ではただ一緒にいてほしいと言いたかったが、それは他の特別な意味を伝えてしまうのではないかと、言葉にできなかった。

 自分と同じ左目を見て安心したいという気持ちは、どこか後ろめたかった。


 少しの間、お互いの左目を見つめていたように思う。


「ねえ、さっきの手合わせは僕の勝ちでいいんだよね?」


「え、ああ、お前の勝ちだ」


「じゃあ僕のお願い聞いてくれる?」


「あ、そうか、そうだった。何をしてほしいんだ?」


 勝った方のお願いを聞くという約束を思い出して尋ねると、宋秀そうしゅうはしっかりと王彪おうひょうの方へ向き直った。


「従者にはなれないけど、子良しりょうのこともっと知りたい。だから、たまにでいいから、またこの場所に来てくれる?」


 急に手合わせの話をされたため、はぐらかされたと思っていたが、思いがけず宋秀そうしゅうの方から再会の「お願い」をされたことで王彪おうひょうは一気に嬉しくなった。


「なんだ、そんなこと、いいに決まってる!」


 王彪おうひょうは満面の笑顔で答えた。


「でもそれならわざわざここまで来なくても、俺が白夏寺へ会いに行くよ」


 その提案に宋秀そうしゅうは首を横に振った。


「寺では会えないんだ。それにこの場所がいい。きっと他に知ってる人はいないから、僕たちだけの秘密の場所だよ。」


 宋秀そうしゅうの言った秘密の場所という響きに王彪おうひょうの胸は高鳴った。


「わかった。勝負に勝ったお前のお願いだからな。でもここに来る日はどうやって決めるんだ?」


「う~ん、知らせるのは難しいから、僕が毎月15日に来ることにするよ。子良しりょうは来られるときに来て」


「15日だけか?」


「うん、他の日は来られない」


 王彪おうひょうは月に一度しか会えないことに不満を抱いた。


「本当はもっと会いたいけど、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだ。子良しりょうもそうでしょ? さっき話してくれた王家の秘術、邪悪なものに立ち向かう力を使うために学ぶって」


 確かに自分はこれから多くのことを学ばなければならない。一日でも早く王家の嫡子として秘術を受け継ぎたいという思いは強い。

 これまでだって努力はしてきたが、現時点で目の前にいる宋秀そうしゅうは自分より優れている。その宋秀そうしゅうがより一層励むというのだから、自分はそれを上回って全力を尽くさなければ差が開いてしまう。

 次に会った時、その差に宋秀そうしゅうが幻滅してしまったら、ちょっと立ち直れないかもしれない。


「はあ、お前の言う通りだ。しっかり学ばないとな」


 それでも多少の不満が表情に残っていたのか、宋秀そうしゅうの指が王彪おうひょうの眉間に触れた。


「そんな顔しないで。そうだ、次に会った時は何をどれくらい学んだのか、どんなことができるようになったのかお互いに報告しようよ。僕、子良しりょうにすごいって思ってもらえるようにがんばる」


「お前は今でもすごいよ」


「もっと思ってほしいから」


 そういってまた屈託のない笑顔を向けてくる。

 王彪おうひょう宋秀そうしゅうが自分のためにがんばると言っているのだと解釈し、心の中の不満がやわらいだ。


「じゃあ次の15日にはお前にいい報告ができるようにする」


 こうして幼い二人の出会いは、他の誰にも知られることなく秘密の約束を結ぶに至った。

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六界外道の下の下の一人 生為愉楽 @shouiyuraku

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