第2話 母の幽霊

 おたかの母親の幽霊は、毎晩、現れ、

不憫ふびんじゃのう、不憫じゃのう」

 と、涙を流しながら、おたかの体をさすった。


 たまたま女郎屋の主人、利助がこの光景を目にした。

 その日から利助は、おたかの部屋をおそるおそる障子の隙間から窺ったが、やはり夜ごと、母親が現れ、

「不憫じゃのう、不憫じゃのう」

 と、たかの体をさするのである。


 利助はさすがに気味が悪くなった。それに幽霊が出るなどという噂が立っては、商売に差し支える。

 おたかの実家は飯倉町いいぐらまちにある瑠璃光るりこう寺が旦那寺で、両親の墓もそこにある。

 利助は瑠璃光寺に出向いて、住職に相談した。


話を聞き終えた住職は瞑目して、静かに合掌した。

「その母者は、娘のことが不憫で成仏できないのでしょうな。そうに違いありませぬ」

 利助は決心し、住職に言った。

「おたかの身請けの証文は破棄し、いとまを取らせることといたします」


 その後、瑠璃光寺で、たかの母の冥福を祈る法要が執り行われ、おたかを買い取ったときの証文は墓に納められた。

 その後、幽霊は出なくなったという。

(馬琴編著の『兎園とえん小説拾遺』より※一部脚色)


なお、著者の滝沢馬琴は、この話は「実説じっせつに御座候」と、実話であることを強調している。

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女郎と幽霊 海石榴 @umi-zakuro7132

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