高倉食堂のひやがり鯛カレー

「——そして昭和31年、長尾幸太郎は『水俣病』の原因解明に大きく貢献しますが、彼も公害病に侵され……合併症状により24歳という若さで、この世を去ってしまったそうです」


 公民館の一室で年老いた男性の隣にいる若い女性が、丁寧な口調で百間町の歴史を語った。二人の目の前には、カメラを構えた男性と女性レポーターが話を傾聴している。


「あれから、水俣市の海はとても綺麗になりました。しかし、公害病は決して過去の出来事ではありません……私も、そして父も——」


「今でん、病に苦しむ人ばおる。差別と偏見に傷付く人ばおる。裁判も終わりゃー見えんたい」


 女性と高齢男性は、現在も続く公害問題の現実を静かに語った。リポーターは真剣な表情で相槌を打ちながら話を傾聴した後、次の話題に切り替える。


「……貴重なお話、ありがとうございます。さて、先程お話に出てきた長尾幸太郎は、最近ネットで話題になっている『鯛カレー』を編み出した人物でもあるそうですね」

「はい。地元の賄いメニューがここまで注目されていたなんて、とても驚いています」

「アニメーション映画の影響だけでなく、破格の値段と数量限定でお昼のみ販売というのがまた、魅力的ですよね」

「あの価格設定は長尾幸太郎の願いが込められていると、父から聞きました」

「ここをいをと、食うて大丈夫と胸張って提供する事がぁ、水俣湾に命預けたモン達の思いですけえのう」

「汚染海域の埋め立てにより、水揚げ量は乏しくなってしまいましたが、ここ水俣湾で獲れる魚はとっても美味しいですよ!」


 取材を続けていると、スタッフが実際の鯛カレーをテーブルに持ってきた。鯛を丸々一匹入れ、アクセントにローレルの葉を一枚添えている。縁起の良い笛の音が聴こえてきそうな、ボリューミーなフィッシュカレーをレポーターは笑顔で紹介する。


「これが懐かしい甘辛い恋の味がすると、観光客やファンから絶賛されている『ひやがり鯛カレー』です!」

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高倉食堂の『ひやがり鯛カレー』〜草笛を添えて〜 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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