サイコロ坊や

大枝 岳志

サイコロ坊や

 学校の中で嫌なことがあると、そのたびに僕は消しゴムで作ったサイコロを振る。 出目は「五」。クラスのリーダー格の斎藤は、先生に使われてない焼却炉を復活されて、燃やされて、死ぬ。 

 あいつが四月に僕を「豚丼」と呼んだせいで、僕はみんなから「豚」と呼ばれるようになった。クラスメイト達で入っているグループラインの呼び名も「豚」だし、名前もそうしろと命令されて僕はラインのアカウント名を「豚」にした。中学に行ってるお姉ちゃんから心配されたけど、僕は


「豚ってマジでジョークだから。ウケ狙って笑われる方が得じゃん」


 って言うと、頭が良いんだか悪いんだかって言いながらも納得してくれた。 

 小学六年になってからイジメに遭うなんて、僕は思ってもいなかった。 

 去年の五月にサッカーの試合で骨折をした。その間にやることがなくて食べてばかりいたらブクブクに太った。前のクラスメイト達はみんな「仕方ないよ」って笑ってくれたけれど、新しいクラスのクズ連中はそうはいかなかった。クラスリーダーで県会議員の息子の斎藤は僕を見るなりこう言った。


「野原さぁ、去年豚丼ばっか食ってたから豚になったんでしょ? 豚じゃん。なぁ?」


 そうやって周りに声を掛けると、片親の癖に調子こいてる石山が長く伸ばした襟足を触りながらこう言った。


「こいつさぁ、豚の癖に前のクラスで超調子こいてたんだぜ? 骨折したからって女子に優しくしてもらっててさぁ。もう治ってる癖に太ってるしよぉ、何みんなに心配かけてんだよ。マジ死ねよ」「わかーるー。豚って席とか二人分取るしさ、先生に言って給食費も学費も倍にしてもらおうぜ」


 それからすぐに、新しいクラスメイト達は僕のことを馬鹿にするようになった。 給食の残り物を入れたバケツを「餌缶」と呼び、先生に隠れて昼休みに僕に食べされるのがクラスのブームになった。 他にも「ダイエット」というゲームもあった。

「ダイエット」は斎藤と女子のリーダーの夏木がお気に入りのゲームで、馬の前に人参をぶら下げて走らせるみたいに奴らは僕の顔の前にグラビア写真をぶら下げて廊下を走らせた。 

 タイムを計られている僕は前回よりタイムが長ければ袋叩きに遭い、短ければまた走らされた。ストレスが原因で過食気味になって、痩せるどころか前よりもぶくぶくに太ってしまった。おまけに十円ハゲまで出来るしで、いいことなんか一つもなかった。家に帰れば親からは成績の悪さを責められるし、心配してくれているお姉ちゃんには不安にさせないようにいつも嘘をついていたから頭が休まる暇もなかった。 

 なんとなく自殺する人の気持ちが分かった僕はこころのダイヤルとか言うのに電話を掛けてみることにした。 

 一度目は繋がらず、二度目に掛かった時はやる気のなさそうな声のおばさんにイジメを打ち明けてみたけれど、


「周りに相談することから始めなきゃダメですよ」


 なんて馬鹿でも豚でも分かることを言われてしまった。こんなのに税金を使うのなら、もっと学校を直したりするお金に使えばいいのに、と僕は思った。 

 相談すると言っても誰にしていいか分からないし、担任は白崎とかいう元スポーツマンの若い男の先生だったけど、いつも本当に児童に興味がなさそうな顔をしていた。どんな時も真顔だし、積極的に児童達と関わろうなんて姿勢が見えない先生だった。だから、相談しても意味がないと思っていた。 

 それでも他に頼れる大人はいないし、一度だけ勇気を出して廊下を歩いていた教頭先生に


「イジメられて困ってます」


 と言ってみたら、教頭先生は怒ったような口調で


「この学校に、イジメはない!」


 と、勇気を出したのに逆に怒られてしまった。 

 白崎先生に放課後に話があると伝えると、先生は黙って頷いた。それがオーケーという意味なのかと思って、僕は放課後になるのを待つことにした。


 先生と話す為に帰らないで机に座っていると、それだけで色んなクラスメイトから声を掛けられた。


「豚に匂いが充満するからさっさと帰れよ」

「豚だからトロいんだろ」

「知ってた? こいつん家、姉ちゃんも豚なんだぜ。うちの兄ちゃんが言ってた」「マージー? 豚一家じゃーん! うけるー!」


 嵐のように浴びせられた言葉が止むと、先生はジッと僕を見つめたまま何も話してこようともしなかった。元々とても痩せている顔をしているから、生きているのにまるで死んでるみたいな顔をしていた。


 「先生……あの、僕」


 先生は教卓の中から何かを取り出すと、僕を手招きした。


「野原君の苦しみは分かりませんが、これはあなたが好きにすればいい」


 どういう意味か全然分からなかったけれど、先生が僕に渡したのは一枚のSDカードだった。


「エロい……写真とか?」

「違いますけど、心が揺れるという点では……まぁ、同じです」

「ふーん……」


 先生はそれだけ言って、教室を出て行ってしまった。やっぱり話にならない教師だった。「人形」ってみんなから呼ばれている理由がよくわかったし、もしかしたら人間じゃないのかもしれない。 

 SDカードの中には一体何が入っているんだろうかと思って部屋のパソコンで調べてみると、僕は驚いて言葉を失った。 

 パソコンの画面に映し出されたのは僕が「豚缶」を食べる姿や、グラビア写真を追い掛けたり、みんなから袋叩きに遭っているシーンだった。


「好きにすればいい」


 白崎先生の言葉を思い出した僕は、クラスメイト全員に復讐をすることにした。

 それからわずか二週間後の昼休み。僕は机に座っている石山の長い襟をグイッと掴んでいた。


「おい、片親ビンボー。喜べ、餌の時間だぞ」


 僕はみんなが餌を投げ入れたバケツを床に置いて、石山に犬喰いをさせている。僕の時と違うのは、こいつは斎藤の犬だったから紐で作った首輪を掛けている点だ。 親が議員の斎藤は僕が行動を起こした夜、親にボコボコにされたらしい。イジメをしていたことで怒られたんじゃなくて、何でも議員である私の立場がなんとかっていう、大人のクソみたいなことで怒られたとか言っていた。


 あの日、僕は動画データをスマホに転送してから家を飛び出した。 

 勇気を出して斎藤の家に真っすぐに向かうと、インターフォンを押した。ラッキーなことに玄関から出て来たのが斎藤のお父さんで、僕は何も言わずにスマホを見せつけた。 

 その次の日から、僕はイジメられる側からイジメる側に回った。 

 斎藤は僕に身体で敵わないことがわかると突然へこへこし始めた。今までの仕返しをする為、壁に斎藤を押し付けて首を締めたら簡単にやっつけられた。 

 机の上で僕は今までと変わることなく、サイコロを振る。 

 出目は「三」。今日の三はイジメが始まってから遠くから僕を助ける訳でもなく集団で固まってヒソヒソ話をしていた女子集団の一人、秦野だ。 

 今日の罰は秦野が大好きだと言う「おばあちゃん」にスピーカーフォンで電話を掛け、直接「おばあちゃん死ね」と言わるライトな罰ゲームだ。

 それなのに、秦野はメソメソと泣き出して「出来ない」なんて言い出した。


「やらなくても別にいいけど。あの動画、流すだけだから。おまえもどうせイジメ仲間なんだからな」


 そう言うと、クラスメイト達がみんなで秦野を取り囲み始める。早くした方がいいよと、サイコロが出たらイジメ対象になる女子仲間が秦野に声を掛けている。最終的には女子全員が泣きながら電話を掛けることになった。しかも、何度も何度もおばあちゃんごめん、と前置きをしていた。  

 全然足りないから、次にサイコロの「三」が出たら、あいつら全員に罰を与えることにした。みんなが僕を怖がっているけれど、僕はそれ以上に今でもみんなが怖くて仕方ない。


 放課後になって帰る準備をしていると、白崎先生が僕に何かを手渡して来た。


「これは野原君の好きにしたらいい」

「先生。またSDカード?」

「君は将来、良い先生になれるかもしれないですね」

「……はぁ?」


 何を言っているのか分からなかったけれど、家に帰った僕はSDカードを読み込んでみた。パソコンの画面に映るのは僕が斎藤の首を絞めるシーンや、石山に犬喰いさせているシーンで盛りだくさんだった。一瞬にして汗が両脇から噴き出ると、夜は滅多に鳴らないインターフォンの音が家中に響き渡った。


「出ちゃダメ!」


 思わずそう叫んだけれど、僕の声よりも先に玄関が開く音が聞こえて来て、僕は部屋の中でつまづいて転んでしまった。

 まるでサイコロみたいにコロコロと転がって、ベッドの足にぶつかって止まった。 今の僕がサイコロなら、出目はどんな目だろうと天井を眺めながら考えたけれど、玄関から聞こえる母さんの悲鳴で最悪に違いないことがすぐに分かった。



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