大枝 岳志

寂れた漁師町で、夢も希望もないまま康太は二十歳を迎えようとしていた。 人間を好きになれないまま大人になろうとしていたある日、彼はある罪を自ら犯してしまう。

人を騙して金を得る。幻想が作り出したこの世界で、私はこれが最も真実らしい仕事だと自分に言い聞かせ犯行の準備を始めたのであった。

時代と共に利便性は追求され続け、それはやがて人の言葉にも及んだ。 文学は世界から消え、座ってさえいれば脳に一番刺激を与える装置がエンターテイメントに取って代わっていた。 そんなあ…

生きることに意味はなく、人生は死ぬまでの暇潰しに過ぎない。 そう思いながら生きる船崎青年は、幼少期に父から言われたある言葉がきっかけで「熱」を失ってしまう。 淡々と人と接する彼は…

私は幼い頃のある日、風の強い夕暮れに隣家の屋根の上を廻るカラスを眺めていた。 勝手仕事をしていた母は知らぬ間に薄暗い廊下の隅に立っていて、ある迷信を私に伝えた。

月の稼ぎが十万円も満たない掃除夫として働きながら、四十を越えても実家暮らしの私は母の面倒を見続けている。 春のような二月のある日、弁当屋のテレビコマーシャルを見ていた母は新商品の…

僕の愛車はフォルクスワーゲンポロ・６N。 妻には「ボロ」と呼ばれるその車にはエンジンスターターなんて便利な機能はない。 時代遅れの愛車は妻がまだ彼女だった頃からずっと、僕達の思い…

五十五歳の鶴巻は日雇いで得た金をその日のうちに散財してしまう癖があった。 どうせ後のない人生だと言わんばかりに自らの人生を振り返ることなく、人を妬み、毒付き、欺き、破滅への道を歩…

ひとつの手紙を頼りに、人の気配のない海沿いの街に来た。

私という人間は性別で言えば男性で、歳は今年五十二になる。歳の割に若いと言われはするが、何か特別な資格や特技を持っている訳ではない。 特筆すべき点といえば「獄卒」ということのみで、…

ある厭世的な映画を観たことがきっかけで中学三年の夏休み明けから学校へ行かなくなった勇翔は、誰かと繋がって生きることを諦めてしまう。 それから五年後。成人式を目前にしたある日、勇…

塀の中から出された俺に与えられた役目は「幸せ配達人」。 宝くじが廃止になって以降生まれたこの制度のおかげで、助けられた家庭は多くあるそうだ。 規則を破ればすぐにでも塀の中へ戻され…

南米の小さな国の農村でクラーバはこの世に生を受けた。遊びと言えばもっぱらサッカーで、仲間達と裸足で駆け回ることに夢中だった。 みんなの宝物のサッカーボールが畑の中へ飛んで行くと、…

人は眠っている間、夢と言うものを見るようなのです。 それはそれは不思議なものらしく、この世界とは少し違う世界を体験出来る時間らしいのですが、私にはそれが見れないどころか、理解や想…

派遣会社から紹介された部品工場。勤務を始めた初日、僕が配属されたのは人員二名の新設部署だった。 共に働くおっさんは僕を「素人」呼ばわりし、仕事を教える気はないとさえ言い放った。

サイコロを振って出た目で、僕は僕をイジメる奴らを殺している。もちろん、虚しい空想の中で。

独居老人の恒子は友人の勧めでミニひまわりを育てることにした。 満開に花を咲かせるひまわりに、水を求めて恒子の家へやって来る下校中の小学生達は目を輝かせる。 浮足だってしまうほどの…

うちの息子は仕事先で余ったインスタント珈琲を定期的に我が家へ運んで来る。 その量たるや中々の物で、捨てるのも忍びないと思っている私は近所にお裾分けをしていた。 窓の外をたまたま歩…

いじめによる自殺が絶えない時代に、ある教育制度が導入された。それは「いじめ当番制度」と呼ばれるものであった。 「いじめ当番」となったものは一日中クラス中の者から虐げられ、いじめら…

平太が生まれ育った北陸の街は冬の間、白い雪に覆われてしまう。 その街で生まれ育った者は皆、仲間となる。 そして、街を出た者は皆、よそ者になる。 目には見えない小さな掟が全ての街か…

駄菓子屋を引退した幸代は夫に先立たれ、一人暮らしをしていた。 遊びに来る者は誰ひとりおらず、独居老人の寂しさを紛らわす為に買ったのはAIを搭載した犬のロボットであった。

人の入れ替わりが多い僕の職場にはおっちょこちょいで有名な人物がいる。 それがシンゴちゃんだ。 もうすぐ40になるシンゴちゃんが、なんと恋をしたのだという。

小さな頃、誰もが手に入れられるはずの「未来」はとても輝いて見えていた。知らない誰かとのそと約束は、僕の所へはやって来なかった。

最低で最悪な女と別れた後、友達がホームレスになった。 ここにはうだつの上がらない毎日しかない。それでも、俺は東京にしがみついている。

村瀬ヒロトは日々を淡々と生きながら、漠然とした未来の前で立ち尽くしていた。 ある日、恋人の「女」が何の知らせもなく突如として失踪してしまう。 女との間に生まれる無言の軋轢。頼もし…

愛する妻に先立たれた私は途方に暮れながら日々を無駄に消費していた。 生きる意味を見失いかけた矢先、とあるリサイクルショップで「命の素」というものが売られているのを目にし、私はそれ…

第三次世界大戦後、その甚大な被害によって世界は「国」という単位を失くしつつあった。 核の冬により潮流が変わった南の島にはゴミが流れ着くようになると、褐色の少年達は武器を手に島を支…

五十を過ぎて独身でいる文江はとある人物との逢瀬の為だけに生きている。 不潔な見た目、蠅の飛び交う実家での母との二人暮らし。 生計はコンビニへアルバイトへ行き立ててはいるが、文江が…

仕事を辞め、パチンコにハマってしまった俺は別れた元嫁に養育費を払えずにいた。 鬱陶しく鳴り続ける元嫁からの催促の電話。 苛立ちを万札に込め、明滅する台の中へ溶かして行く毎日。 切…

愛想を尽かされた恋人の下着を青年は手放さず、今日もランドリーへ通っている。 自暴自棄の果てに出会った男は上から目線で青年を諭すが、青年は男の醜態を目にした途端に形勢を逆転させるが。

私は小さな頃から欲しいものはなんでも手に入れたがる性格だった。 大学を卒業して初めて手にしたカードは、私をあっという間に破産寸前にまで追い込んだ。 それでも止まらない物欲の為に支…

母の墓参りに向かった私は今は寂れた団地のアーケード街を歩いていた。そこで見つけたリサイクルショップへ入ってみると、思い出は連れて行ってくれるというタクシーチケットを手に入れた。 …

故障品のようにある日突然クビを切られた派遣先。 雨の中で乗る、冷えたバス。 灰色の景色。 パチンコ狂の母から届く 「お金貸して」 という、ショートメッセージ。 溢れて転がる、誰か…

私はあなた達に望みを託します。話し方が変わっていたら、申し訳ありません。でも、どうか最後まで聞いて欲しい。あなた達の未来が、どうか素晴らしいものであるように。

目が覚めると見知らぬ森の中にいた。 私は歩き出し、鬼灯のように淡く橙色に光る一台のバスを見つけた。

鮫になる為に名前を変えた。何故なら、鮫になりたいからだ。俺の夢は鮫になること。寝ても覚めても、俺は鮫のことばかり考えている。

夕暮れ。団地の六階。お母さんの揚げる唐揚げの香りを嗅ぎながら、寝転んで漫画を読んでいる。 部屋に響くのは、私の笑い声。

神に与えられし土地で、人々は慎ましく暮らしていた。 ある日、こんな噂が村に広まった。 「東に行けば神の園」があるらしい。 村からは一人、また一人と人が出て行った。

営業先で赴いた辺鄙な駅で電車を待っていると、少年が一人でサッカーボールで遊んでいるのが見えた。 離婚したとは言え、同じ年頃の子を持つ私は少年が気になり、声を掛けてみることにした。

昔バイトしていたとある会員制リゾートホテルでの珍騒動。 笑って頂けたら幸いです。

寝たきりのまま意思の疎通が取れない私であったが、あの看護師の男だけは違った。

今夜は刀の野郎がなかなか帰って来やしねぇ。 時代は変わりつつあるってこたぁ、目の利かねぇ俺にだって分かってる。 それでも、俺達のご主人は立派なお侍さんなんだ。俺達は立派なご主人に…

君がいなくなった世界で僕は腐っていた。 夢を載せた机には埃が積もり、時間は止まったままだった。 そんなある日、カセットテープが自宅に届いた。 送り主はこの世界にいないはずの君だっ…