ヤバい奴
「うぅん…」
アドミラル=スフーレンがまた呻いている。
「おっ!女のコが目覚ましそうだよ?」
「どうしますかね、このひと」
保総は横にいるスフーレンを一瞥し、ゆっくりと息を吐いた。
「まぁ警察に連絡が一番だろうけど…身元が分かるもの持ってんのかね?」
安藤は片方の口角を上げ、あどみらる・すふーれんの方を見ながら言った。
「女性の持ち物探るのもちょっと…ねぇ?」
「確かに気が引けますね…でも致し方ないですよ、このままにしておくのもイケナイでしょうし…」
「そうだね、ポケットには何が入っている?」
保総は安藤に促され、スフーレンの上着のポケットを探る。
「携帯とパスケースだけですね。普段財布持たない主義なのか、それとも途中で落としたのか…ん?」
「どうした?」
「コレは…」
そう言って、保総は携帯のケースについていた円形のストラップを手に取った。
直径はコイン大で3ミリほどの厚さ、表面はエナメル状に仕上げられている。
「そのストラップがどうかしたの?」
保総は間髪いれずストラップの写真を自分のスマートフォンで撮影し、10秒ほど画面を操作した。
「んにゅ…ここどこぉ?」
スフーレンが間の抜けた声をあげる。
「おっようやく目を覚ましましたか…」
「うっ…うぇっぷ…さいあくぅ…まぶしっ、てかきもちわる」
「ここで粗相は困りますよ…」
せりあげてきたモノを押さえる彼女を保総は背中をゆっくりさすりながら、”放出”を制する。
「うぅ…おなかキリキリするぅ」
「腹すいてんじゃないのぉ?やっちゃん、この
口だけ安藤は満面の笑みを浮かべながら無責任な提案をする。
保総は安藤を呪いながらも棚の上の炊飯器の蓋を開く。
と同時に柔らかな蒸気と甘い香りが部屋の中に広がる。
「あぁ、まぁそう言われると思ってお芋ふかしてます」
「ナイスゥ!流石できる漢は違うねぇ。うん、いい匂いだ」
お調子者安藤はプラスチック製の皿を保総の前に差し出し、サツマイモが入るとバケツリレーのようにスフーレンの顔の近くまで持ってきた。
「熱いんでゆっくり食べてください」
保総は淡々と言った。
「やきいも…?」
「いえ、ふかし芋です。炊飯器で炊きました」
「ほふっほふっ…あっつぅ」
スフーレンはリスのように両頬を膨らませながら芋を嚥下していく。
「…美味しい」
保総はここで初めてスフーレンの笑みを見ることが出来た。
「お口にあったなら、よかったです」
先程の豆苗スープといい、自分のつくったもので他人が満足した経験が彼にはなかった。
思いがけず笑みがこぼれる。
「うまい…美味しい…中はしっとり、ねっとり、ジューシーだねぇ」
この雰囲気のなか、安藤は保総の隣で2本の芋を左右から同時に口に突っ込み必死に咀嚼していた。
「安藤さん、何勝手に食べてるんですか…」
「いいじゃない、今度なんか奢るからさ」
食レポ安藤は世の中は年功序列、とでも言うように保総の方を上目遣いをしながら見つめた。
「本当ですか?お芋、貴重な食糧なんだから…高くつきますよ」
保総はほとほと呆れ顔で言う。
「おそくなったけど…ありがとうございますぅ…」
スフーレンは深々をお辞儀をした。
「いいよいいよ、人間お互いさまって言うじゃない?」
安藤はスフーレンの方を見ながら一言挟んだ。
「あっあの…そこのお兄さんの方に言ったんですけど…」
スフーレンの頬が紅潮する。
「だってよ?やっちゃん」
「ぅす…」
保総は下を向きながら、声を漏らした。
「そういや、すふーれんさん…だっけ。一体全体、こんなに泥酔するなんて何があったのさ?」
芋を食べ終わった安藤は、話題に困ったのか唐突にそう切り出した。
「ふぅ…あの事務所…会社の忘年会で、わたし初めてのお酒で…酔ったえらいひとがべたべたさわってきて、それで…」
「ああ…」
安藤は凄まじく後悔したような素振りを見せた。
「なるほど、それで逃げている間にここにたどりついたというわけですね?」
すかさず保総がフォローを入れる。
「はい…ごめんなさい」
スフーレンは俯くと、しばし沈黙が続いた。
「お嬢さんはいくつなの?」
安藤はめげずに話つづける気のようだ。
「20です。」
「20ねぇ…よかったよ未成年じゃなくて」
男ふたりはホッと胸をなでおろした。
数分後—。
「おっ?」
突然インターホンが鳴る。
「京浜芸能の足利と申します…どなたかいらっしゃいますか?」
扉ごしの声とインターホンの受話器の音が二重に響く。
「あっハイ…家主は私ですが…」
保総は扉に歩いていき、覗き穴から外を視察する。
「あっこんばんは…夜分に申し訳ございません。足利と申します」
覗き穴を見ると、身長180センチほどのガタイのしっかりとした男性が会釈をしていた。
「あ、開けますね…」
U字ロックを外し、扉を30センチほど開ける。
「えーと、弊社所属のタレントがご厄介になっているのではないかと思いまして…身長は160センチくらいの女性、髪は明るい茶、財布を忘れて出歩く程度の知能指数、化粧で隠してますが右目に涙ボクロがあって、体重は…」
「えーっ!足利さんッ!なんでそんなこと言うのぉ!?」
足利と名乗る人物の言葉をスフーレンが遮る。
「やっぱりいましたね…スーさん、困りますよ全く!マネージャーのこっちの身にもなってくださいよ!」
「うぅ…ごめんなさい…あのおっちゃんがウザくてつい…」
「つい…じゃないですよ!こっちはあれから大騒ぎだったんですから!お手洗いからスーさんが帰ってこないって」
「仕方ないじゃん…おきちゃったことはさぁ…でもこのひとすっごい優しかったよ!草のスープとお芋くれたし!」
「草…いも…?」
足利は眉をひそめながら言った。
「豆苗汁とふかしたサツマイモです」
保総は咄嗟に本日何度目かのフォローを入れた。
「なるほど…豆苗…いずれにしてもご迷惑をおかけしました…」
足利は保総に対して深々と頭を下げた。
「後日、何かしらのお礼をさせていただきますので」
「いえいえ…最初はびっくりしましたけど、世の中お互い様ですし。」
「ありがとうございます…」
足利はタクシーを呼んだ後、スフーレンの身体を引き起こし肩を貸しながら外で連れ出した。
「スフーレンさん…」
別れ際になって、保総は彼女を呼び止めた。
「ん…なんですぁ?」
目をこすりながらスフーレンが振り返る。
「ソレ、捨てといた方がいいですよ?」
保総はスフーレンの上着ポケットから飛び出していた携帯のストラップを指さしながら囁いた。
「えっなんで?これすごい”お気に”なんだけど」
「あっ…なら別にいいんですけど…」
首をかしげるスフーレンはそのまま足利に連れられていった。
それを男ふたりは外に出て手を振りながら見送る。
「最後の方、なんか言ってたけど。あのストラップがどうかしたの?」
スフーレンと足利、二人の姿がゴマ粒ほどになった頃、安藤は保総に尋ねた。
「アレ、なんかチャラチャラしたキャラクター柄がついてましたけど多分”GPSトラッカー”ですよ」
「じっ、GPSトラッカー?」
安藤は驚愕の声をあげる。
「高校の同級生のンガワディ君に画像送ってみてもらったんで間違いないです」
「ンガワディ?誰それ」
「南アフリカ出身の
「謎の人脈だね。それでGPSトラッカーって?」
「その名の通り、被疑者の身の回りのモノに仕掛けて、GPS(全地球測位システム)により追跡できるというシロモノです。」
保総はやはり淡々を応える。
「えっヤバいやつじゃないソレって」
「まぁ普通はそんなもの持ってるひとはいないでしょうね。少なくともただの女性に仕掛けるようなモノではないですし」
「なるほどね…まぁあんまり深入りしない方がいいか」
安藤は話を切り上げ、保総の部屋の方に向き直った。
「それにしても、やっちゃんの部屋相変らず凄いねぇ」
「何がですか?」
「それそれ」
安藤は部屋に置いてある物体を指差した。
「これですか…」
部屋の右奥に置いてあるソレを保総はゆっくりと手に取る。
それは柄の長さ50センチほどの斧であった。
刃の部分はしっかりと革製のヘッドシース(カバー部分)がかけられており、その隙間からは赤く着色された鋼(ヘッド)が覗いていた。
「キャンプで使うんだっけ?」
「ええ…野外活動で使うヤツです」
「こっちにあるのは?」
「ツェルトですね。それで、そっちのはエマージェンシーブランケット。薄いですけど、使ってみると結構あったかいですよ」
その他にも
それぞれの中には500mlの水が6本ずつ、フリーズドライの携行食、作業用ナイフと防水マッチ、ダイナモ充電式懐中電灯、電池が入っていた。
3つのリュックの背負い紐には、いずれもパラコードと細いケミカルライト、楕円形の蓄光キーホルダーが括りつけてあった。
「原付のリアボックスにも小さめのを入れてるんです。」
「よくやるもんだね。あと仕事場のロッカーにもライトとラジオいれてるもんな」
「よく見てますね。怖ッ!」
保総は安藤の肩をポンと叩いた。
「部下に関心を持ってると言ってほしいね。さっきから俺のことヤバい奴に仕立て上げようとしてるでしょう?傍から見たらやっちゃんの方がヤバいんだからね」
「人間お互い様、でしたよね?というか寒ッ!」
男ふたりは同時に肩を震わせると、部屋の中へ入っていった。
令和恋物語~デフレ太郎とスフレ姫~ パトリオットゲーム @morimorimorioka
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