あどみらる・すふーれんという女

(前回までのあらすじ~

 しがない会社員山田保総は自室で一人寂しく豆苗スープを作っていた。そこに突然の来訪者(”あどみらる・すふーれん”を名乗る女)が現れる。

 山田はその不審者を警察に突き出そうとするが、抵抗された為なくなく貴重な豆苗スープを供し看病する羽目になる。)


 アドミラル=スフーレンを名乗る女性を部屋にあげて2時間が経過した。

 午後22時…これ以上は危険領域、デンジャーゾーンと判断した保総は上司である安藤を召喚することを決意した。


 安藤はそこらへんにいる独身中年男性のうちの一人だ。

 常日頃から、職場で独居老人になるのは嫌だ、どうせ将来は妹夫婦に厄介になるのだとぼやいている、そんな人物である。

 保総のことは、入社当初から目をかけてくれているようで”やっちゃん”という愛称で呼ぶ間柄であった。


 連絡してから15分ほどで安藤が到着した。

「いやぁ、寒い中すいません。」

「やっちゃん、大丈夫か?全く大変だなぁ。変なのに絡まれて」

 保総はポリポリと頭を掻いた。


 安藤は、そんな保総の肩を2度軽く叩くと玄関から部屋の方を凝視した。

「そんで、泥酔女ってのはドコにいんのさ?」

「ここです」

 保総は瞬時に自称アドミラル=スフーレンを指差した。

「うう…」

 アドミラル=スフーレンが小さく呻く。

 先程まで血の気を失っていた頬は薄く紅をぼかしたように上気している。

 寝返りを打つと、ほっそりとした首筋から鎖骨にかけて長く艶やかな髪がかかる。


「あっまた毛布がズレてますね」

 保総はサッとスフーレンの上腕まで下がっていた毛布を、肩まで包むように掛け直した。


「ありゃ~まぁまぁまぁ!えらいベッピンさんじゃないのぉ」

「安藤さん、モテないからって変な気は起こさないでくださいよ?」

 保総が軽口を叩くと、流石の安藤も少し耐えかねたようで小言を漏らす。

「えらくなったもんだねぇ、やっちゃんも。これまで俺がどれだけ君を引き立ててきたことか…もう忘れちまったのかい?」


 そんなとりとめのない会話を続けた後、安藤はアドミラル=スフーレンについて語り始めた。

「アドミラル=スフーレン…それって、Vtuberの”すふーれん”じゃねぇの?」

「ぶいちゅーばー?」

 保総は初めて聞いた単語に目を丸くした。


「ほれ、コレ観てみろよ」

 安藤がスマートフォンで再生し始めた10分ほどのまとめ動画とWebページを、保総は食い入るように観る。


 視聴後…。


「なるほど…これがアドミラル=スフーレン…そしてVtuber…」

「そうそう。最近は、というか結構前からこういうのが流行ってんのよ。姪っ子もグッズ持ってたり、配信観たりしてるわ」

 安藤の言う通り、件のアドミラル=スフーレンはチャンネル登録者数230万人を擁する”大物Vtuber”である。

 動画内容はゲーム配信や企画など比較的オーソドックスな内容ながら、Vtuber草創期から活躍するケジメサイと並び国内でも10本の指に入るほどの人気を誇る。また、海外にも多数の信者が存在するとされている…。(一部掲示板まとめから抜粋)

 こうして保総は初めて触れたVtuberという存在について知識を得た後、考えを巡らせていた。


外見至上主義ルッキズムが蔓延る現代において、素顔を曝さずに認知度を上げることが出来るのは魅力ですね…誰もが同じモノを見聞きし、パーソナリティ喪失の可能性をはらんでいる中では、もはや誰を”推す”のか、という事も一人一人の多様性を担保できうんぬんかんぬん」

 安藤は保総がいつもの長考を始めたことを悟ると、途中で言葉を遮った。

「おっおう…顔出ししないというのもデカいけど、トーク力や企画力があれば始めること自体は誰でも出来るってのも流行の理由らしいわ。ガワは外注でもいいしな。それに”すふーれん”は大手のVtuber事務所9アース所属、しかも古参だからサポートもしっかりしてるんだろう」


 保総は安藤がVtuberについて造詣が深いことを不思議に思いながら、会話を続けた。

「いや~やけに詳しいですね。しかしこのナインアースって事務所、名前からして怪しすぎないですか?」

「まぁ、それはファン・リスナーも思ってるところではあるよ」

 一度好奇心に火が付いた保総の議論は止まらない。


「…Vtuberって参入障壁が低い産業なんですね…つまり差別化が重要なハズ…すふーれんさんの特長というのは何なのですか?」

「無邪気なようでいてリスナーの心を掴むレスポンス、基礎のキの部分が抜きんでているって姪っ子は言ってたな」

 姪っ子、という先程から何度か出ている単語から、保総は安藤が老後世話になる(予定)の妹夫妻に取り入ることに心血を注いでいたことを思い出した。

 それで姪っ子の世話も率先して行っているという訳だ。

 親類とはいえ、2周り以上も年下の子供の趣味にまで気を配るとは…と保総は安藤に憐みをむけた。


 保総は暫くの沈黙の後、こう続けた。

「ほえ~まぁでも、この女性ヒトが本物のアドミラル=スフーレンとして、自分のVtuberとしての名前出すようなことするでしょうか?…本物ならガチの馬鹿ですよ?」


「そこまで言わなくても…まぁ酔っ払いの言ったことはアテに出来んわな」

「確かに…」

 男二人は目の前の女の処遇について結局結論を出せずにいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る