令和恋物語~デフレ太郎とスフレ姫~

パトリオットゲーム

大物Vtuberと豆苗汁

「おいしょっ、よっこら、どっこいしょっ」

 今年24歳になる山田保総ヤマダ ヤスフサは勤め先の事務所入口に、しめ縄を取り付けていた。

 脚立の中ほどに足を掛け、壁の出っ張りに針金を巻いて飾りを固定していく。


「ふぅ…」

 保総の息は白く拡散しながら澄んだ年の瀬の空気と同化する。

 彼の上着の袖と軍手の間から覗く素肌はしっとり汗ばんでいた。


「やっちゃん!やってる?」

 そう声をかけてきたのは保総の上司安藤である。

「安藤さん、コレ終わりました。あとはお掃除ですよね?」

「うん、今日は仕事納めですることないからね。それはそうと、ホレ」

 そう言って安藤は社内の自販機で買ってきたであろう185ミリのコーヒー缶を放った。


「おっと」

 保総は両手をやじろべぇのようにしながら両手でソレをキャッチした。

 じんわりと、軍手ごしに缶の温度が伝わる。

「微糖ですか。ありがとうございます!いただきます…」

 にんまりとしながらプルタブ開けに3回目で成功した後、缶に唇を這わせる。


「アッツゥ!」

「はは…熱いわな、そりゃ」

 安藤は驚く部下に対して憐みの目を向けた。


 ―同12月29日、午後17時。

「一年間お疲れさまでした。来年もよろしくお願いします。くれぐれも皆さん体調には気をつけてくださいね」

 安藤の挨拶が終わると、社員たちはそそくさと退出していく。

(うーん、今年は部屋に帰ってゆっくりして…大晦日に実家に帰ればいいかな…)

 保総はそう考えながら家路を急ぐ。

 事務所を出ると、人通りはほとんどない。


「そうか…年末だもんな。みんな家にいるか帰省で移動中だろうな」

 背中を丸め、縮こまった身体を意思の力で屈服させながら歩を進める。


 ―帰宅

 築25年のアパートの扉は寸法が合っていないのか、鍵をかけにくい。

 鍵のかかるポイントを探しながら扉をゆさゆさと前後させる。

「よしっ」

 鍵がしまったことを確認すると素早くU字ロックを展開する。

 人口密集地では犯罪に巻き込まれる可能性は飛躍的に上がる。

 しかし、オートロックマンションはどうしても賃料が高くなってしまう。

 そのほか諸々のことを鑑みて、山田保総は周囲の相場からするとお手頃な家賃4万2000円のこの部屋へ就職を機会に移り住んだのだ。


 保総は手狭なキッチンの電灯のみを点け、夕食の準備を始めた。

「今日は豪華だな…ベーコンもあるし、今日は昼に糖分(微糖コーヒー)も摂ってるし…健康だな!」

 彼は文化包丁を手に、やおら窓際に置いてあるプラ製のトレーに近づくと、そこに繁茂する植物を根本から刈り取った。

 そしてそれをぐらぐらと沸騰した湯のなかに放りこむ。


「香りも、いい感じになってきたね…」

 微笑を浮かべながら、10分ほど煮込んだ後器に汁をよそう。

 右手にスプーンを持ち汁をすくおうとした、その時―。


 コンッ…コンッ

 薄い扉を叩く音。

(郵便かな…)

 保総はいぶかしみながら、ゆっくりと扉へ近寄っていく。

 あと2・3歩でドアノブにたどりつくという時…


 ドォンッ!

 広範囲に打ち付けるような、そんな轟音が響く。

「ええ…」

 困惑と恐怖、それらが保総の心理にしみ込んでくる。

 保総は冷蔵庫の上に置いてあったすり鉢を被り、30センチほどの”すりこ木棒”を握った。


(犯罪者・与太者だったらどうしよう…)

 そう思いながら、保総は扉の覗き穴を使い外界を視察する。

 右—左—下—。

「あっ」

 思わず保総は声をあげてしまった。


 それはドア越しに華美な衣装を着た女性が倒れていたからだ。

 目を伏せているため表情をうかがうことは出来ないが、苦しそうに肩を上下させている。

(怪しい…が、ここで倒れたまま〇シなれるのも困るな…)

 その瞬間、珍しく自分の安全より社会的信用を選択した保総はゆっくりと扉を開けた。


「あ…あの大丈夫ですか?」

 女性は反応を示さない。

(困ったなぁ…)

 保総はすりこぎ棒を通路の床に置くと、両手でもって肩をゆすった。


「うっ…うぅ…」

 女性が息を漏らす。

(良かった!生きてるみたいだ…)

「あの…何かあったんですか?警察に連絡するんで、お名前は?」

 保総の問いかけに応えが返ってくる。


「あ…あどみらる」

「えっ、Admiral?」

「あどみらる…すふ…れん…けいさつっ…は…だめぇ」

「アドミラル=スフーレンさんですね?…じゃ警察呼びます」

 保総は女性の応答が異常であることを確認し、スマートフォンをポケットから取り出す。


「だめってぇ!言ってるでじょうがぁ!」

 北国を思わせるセリフを絞り出しながら、アドミラル=スフーレンが拳を突き出す。

 保総は跳躍しながら飛び込んできたアドミラル=スフーレンの拳を、わずかに首を傾け頭のすり鉢で防御する。

「あっぶ…あぶないひとだなぁ…」


「かったぁ…江戸の雑魚雑魚へいしの癖にぃ…」

 アドミラル=スフーレンは保総にそう悪態をつくと、また体育座りをするようにそこにへたりこんだ。

「雑魚兵士…?ああ、足軽のことですか」

 保総は頭のすり鉢をさする。

 おおよそ頭のすり鉢を足軽の陣笠と勘違いしたのであろう。

 そう思案するも、警察に通報しようとすると暴れるアドミラル=スフーレンの処遇に彼は頭を悩ませた。

 泥酔している(と思しき)人間は水分を摂らせるべし。

 そう考えた保総は、アドミラル=スフーレンに声をかける。

「おぅふ…ア、アレルギーとかありませんか?なければスープくらいならあるんで。何か水分とった方がいいですよ」


「ない…ぐ…ぐりーんぴーすはきらぃ」

 アドミラル=スフーレンは弱弱しく声を出すと、両手を前に出した。

「引っ張ってくれということですね…」

 保総は嫌々スフーレンを部屋の中央まで引き込むと、厚手のレジャーシートを引いた上転がした。

「はいっ」

 回復体位をとらせ毛布を掛けた後、器によそった汁を水で薄め冷ましながらスフーレンの口に運ぶ。


「うん…ずずっ」

 スフーレンは白目を剝きながら汁を嚥下していく。

「これ…なに…」

「豆苗のスープです。今日はベーコンと人参葉も入ってますから栄養豊富ですよ」

「とうみょう…?あったかい…」

 スフーレンは安堵の笑みを浮かべながら寝息を立て始める。

 保総は眉間にしわを寄せながら、窓際の方を見つめていた。

 トレーの上で水に浸った背の低い豆苗と人参のヘタがそこにはあった。

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