3バカ男子の服従
校舎の屋上で無数の女子たちに囲まれて逃げ惑うタヅナは、後ろから襟首を引っ張られて、ある小部屋の中へと連れ込まれた。
シャッターが閉められて照明がつけられると、様々な清掃用具などが見えた。そしてその6畳ほどの熱くて蒸れる空間には他に、見覚えのある姿の三人に囲まれた。
水色の繋ぎの清掃作業服を着た彼らを見て、タヅナは微笑んだ。女子ばかりのこの学校で、同年代の男子の姿を見かけるだけでもホッとする。
「あっ、みんな! 久しぶり!」
「よっ、タヅナ! 久しぶり――っじゃねぇよぉぉ!!」
「お前ばっかモテやがってぇぇぇ!!」
「毎日毎日、姫君と組んず、ほぐれつしよってからに!!」
3バカでお馴染み、リネン、モメン、キイトらに制服を掴まれ、詰め寄られながらタヅナは苦笑いした。
「えっ……でも、花麒麟高校にも同年代の女子がいっぱいいるんじゃなかったの? エリート女子とか」
「そ・こ・な・ん・だ・よ! 問題はっ! 花麒麟高校のエリート女子高生たちは、同学校の更なるスーパーエリート男子高校生を狙ってやがったんだよぉ!」
「下方婚しねぇ女子ウゼェェェェッ!!」
「裏口入学した我らに、まるでドブネズミでも見るかのような蔑みの目を向けてきよる!」
どうやら彼らの話によると、転校してもまるでモテなかったらしい。
声をかけてはフラれ、また声をかけてはストーカー扱いされ、挙げ句の果てにエリート男子に助けを求めるためのダシに使われてしまったのだとか。
「どいつもこいつも、身の程知らずの高望みしやがって!」
「オレたちを救ってくれる女神なんて、この世にいなかったんだよ!! 三次元はオ・ワ・コ・ン!!」
「オレ様にふさわしい姫君は、あの学校にはいないのだ! この学校を離れて、やはり月夜様こそ、吾輩にふさわしい姫君だったのだ……」
「しかも、あっちの学校さぁ、めちゃくちゃレベル高いんだわ。授業全然ついてけねーの」
「生徒もエリートしかいないから、みんなプログラミングでAIとかロボット動かしてるわ、英語も中国語も喋れるわ、しかもなぜか高身長イケメンばっかで、転校初日に心が折れたわ」
「花麒麟高校では日夜、花花専高から転校してきた元・女子候補生組と、進学したエリート女子たちとの間で、エリート男子たちを奪い合うバトルロイヤルが起こっている」
「もうホント、気が休まらないんだよぉ、あの学校にいても! だからこの学校で清掃バイトしながら女子候補生たちを眺めているときが、唯一癒やされる時間なんだ……」
「生きるって、ホント辛いよな。世界って、ホント残酷だよな。なんで俺たちはこんなに惨めな想いをしてまで、生きていかなきゃなんないのかな?」
「吾輩の魅力に気付いてくれる人は、いったいどこにいるのだ? 世界の女性人口は40億人にもなるというのに、たった1人も、吾輩を愛してはくれない……」
という凄まじい荒れっぷり。
『モテないって辛ェェェェ~~~~』
絶望のシンフォニーが、狭いコンテナの中に反響する。
「でもさぁ、ここに1人だけ、モテちゃってる男がいるんだよねぇ」
「なんでなんでなぁぁぁんで、お前ばっかりがイイ思いしてくれちゃってんのぉぉぉ??」
「屈強なる筋肉をまとう吾輩がモテずして! なにゆえこの、『貧弱骨皮チビ男』などがモテるのかぁぁぁ!!」
「不公平だろ!! 俺たちにも出会わせろ! 女の子紹介しろ!!」
「そうだ! そうだ! オレにも美少女紹介しろ!」
「合コン開きたまえ! 合コンをっ!!」
「うあああ! やめてぇぇぇぇ!!」
3人に襟首を掴まれて揺さぶられ、タヅナの頭がグルングルンと回転する。
視界は円形に歪み、意識もまた朦朧としつつあった――そのとき。
「はーい、証拠映像さつえーい」
3バカが声の聞こえた方に振り向くと、開かれた窓から横に傾けた花フォンを差し込み、カメラレンズを向けていた女の子がいた。
「えっ? 何をお撮りになっていたのです? ジュンさん?」
「えっ? アンタたちがタヅナを脅して、女の子を紹介してもらおうとしているところ。この学校にいる半分以上の候補生たちが観てくれてる配信で、『みんなも気を付けてー』って流そうかなって」
「それは、つまり?」
「社会的に、死ぬ?」
「今後は、出入り禁止?」
3バカはタヅナを手放すとすぐに、その場で土下座した。
「さぁーせんしたぁっ!!」
「その動画は流さんといてください!!」
「何でもします!! 何でもしますからぁ!!」
「言ったね。『何でもする』って」
窓枠を飛び越えて中へと入ってきたジュンの不敵な笑顔に、タヅナは身震いした。
魔王のようなお姉ちゃんに似た邪気を感じる。弱者を支配する者に特有の、真っ黒なオーラが放たれているように見える。
『はいぃぃぃぃっ!!』
「じゃあアンタたち、今この瞬間から、アタシとタヅナのイヌだから」
土下座をする3バカを見下ろしながら、魔王の配下が真顔で言った。
「えっ?」
「はい?」
「なんですと?」
「なあに? アンタたち、アタシたちのイヌでしょお? イヌの返事は、『はい』か『イエス』しか許されてないんだけど!」
バゴォォンと、空の一斗缶が蹴飛ばされて転がっていった。
とうとうジュンは、鐙お姉ちゃんみたいなことを言い出した。さすが長年近くで本物の魔王を見てきただけあって、面構えも違う。
「はっ、ははぁぁぁぁ!!」
「イエス、マムッ!!」
「大変申し訳ございませんでしたぁぁっ!!」
3バカ男子は頭を床に擦り付けるようにして、絶対服従のポーズをとっていた。
「それじゃあ、イヌはイヌらしく働いてもらわないとね。最初のターゲットは花麒麟ヒイロ。あの女の弱みを握ってきて。聞き込みするなり、盗聴するなりして、弱みのネタを掴んできなさい」
「そんな……」
「それって犯罪では……?」
「捕まりたくないでござる……」
屈んだジュンが人差し指で、3バカそれぞれの顎先を持ち上げながら、彼らと目と目を合わせていった。
「君たちはアタシのイヌでしょお? この動画、みんなの観ているところで配信されちゃってもいいわけぇ?」
ジュンの右手に持った花フォンは、先ほど三人がタヅナを脅していた動画を再生していた。
「それは……」
「社会的に死ぬので……」
「勘弁してほしいでござる……」
「じゃあぁあぁ……これからすること、わかってるよねぇ? ほら、行ってらっしゃい」
『はいっ!』
飼い主からフリスビーを投げられた犬のように、彼ら三人はシャッターを開け、駆け出ていった。
「ジュン……こわいよ……」
清掃用具保管庫に取り残されたタヅナは、震える体をジュンに優しく抱きしめられながら、ヨシヨシと頭を撫でられた。
「大丈夫だよ、タヅナ。ぜーんぶアタシに任せておいて。タヅナに群がる害虫どもは、1匹残らず駆除してあげるから」
―――― ヒイロフラグ編 完 ――――
花君アカデミア 犬塊サチ @inukai_sachi
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