生きるのが嫌になった猫と一緒に飼われているハムスター

平賀学

生きるのが嫌になった猫と一緒に飼われているハムスター

 デカイノがまたハムスターを買ってきた。ケージに入ってせかせか動くそいつと僕を並べてご満悦だ。僕がケージの隙間から腕を差し込んでしまえばハムスターなんて簡単に仕留められるけれど、デカイノはカワイーと鳴いて気にした様子はない。いつものことだ。

 デカイノがさんざん僕とハムスターの周りで鳴き声を上げて、満足したのか部屋を出ていく。僕はちらりと新しい同居人を見た。ハムスターはひぐひぐと細いヒゲを動かして辺りのにおいを嗅いでいる。

「お前、かわいそうにね。あいつに買われたんだ」

 ハムスターは頭の悪そうな目で僕を見た。

「え! かわいそう? なんでスか? てか誰っスか!」

「僕はお前よりずっと前からここにいる猫だよ」

「ねこ!! ねこってなんだろう」

 僕はケージの横に寝そべった。

「お前よりずっと長生きでずっと力のある、おまけにずっと賢い生き物さ」

「すげー!! あっヒマワリの種! うま! うっま!」

 ハムスターはやや臭うケージの中でヒマワリの種にかじりついている。

「やれやれ、本当に頭の悪い生き物だね。季節が一巡り二巡りしたらお前は死ぬんだよ」

「きせつってヒマワリの種っスか?」

「暑くなったり寒くなったりするんだよ。まあその暑くなるのに耐えられなくてお前たちは死んだりするんだけれど。お前の前に来たのは冬を越せなかったね」

「すげー!! あつい? さむい? ってなんスか」

「それは説明するのは難しいね」

 僕は前足を舐めた。

「こせないってなんスか、しぬってなんスか」

「お前たちはいつも何も知らないんだね。動けなくなるんだよ」

「あ~しばらく動いてたらなります!」

「それは寝ているんだ。寝るのとは違う、二度と動かなくなるんだ。そうしたらデカイノがお前の死体を持っていくんだ」

「はえ~」

 ハムスターはよくわかっていないようだった。

「お前はそのすぐ終わる一生をちっぽけなケージの中で過ごすんだよ。哀れなことだね」

「はえ~」

 やっぱりハムスターはよくわかっていないようだった。


 僕は暇になるとハムスターのケージの横で寝そべった。ハムスターは物覚えが悪いから、昨日話したことを覚えていないことがしょっちゅうだ。そういう意味では、新鮮な気持ちで話ができる。ハムスターはいつも忙しなくて、僕の十倍くらいの早さで生きているみたいだった。

「僕はお前がうらやましいときがあるんだ」

 ある日ぽつりと言った。

「えっヒマワリの種食べます?」

「いらないよ」

「じゃあなんでスか」

 ハムスターはえろえろ吐き出したヒマワリの種をまた頬袋にしまった。

「お前はすぐに死んでしまう。いつまでも変わらない風景に飽きることなく、繰り返しの毎日に嫌になることなく。一日一日が新鮮に感じているようだ」

 僕は顔をハムスターからやや背けた。

「僕はね、もう嫌になってしまったんだよ。お前のことを小さなケージから出られないって言ったけれどね、僕だってこの家から出たことはないんだ。ときどき、窓の外に野良猫が通りがかるときがあるんだけど、彼ら、僕を馬鹿にしているような気がする。彼らは僕と違って自由なんだ」

「はえ~」

 ハムスターはよくわかっていないようだった。


 季節が一巡りした朝、ハムスターはかちかちに固くなっていた。もう動かないのだ。

 こいつも毎日、与えられるものにただ満足していたようだった。いや、満足だとか不満だとか、そんなことを考える頭もなかったのかもしれない。ただ、ヒマワリの種を頬張るとき、いつも幸せそうに見えた。難しい話はよくわかっていないようなのが愛おしかった。

「さよなら、僕の四匹目の友だち」

 僕は冷たいケージに鼻をつけた。

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生きるのが嫌になった猫と一緒に飼われているハムスター 平賀学 @kabitamago

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