嘘に触れる
風と空
第1話 嘘に触れる
「ねぇねぇ、二人共明日からもう仕事なんでしょう?」
リビングで箱根駅伝を見ながら、
「ちょっとみーちゃん、嫌な事思い出させないでよ」
みかんを剥きながら眉を顰める次女
「また始まるのかぁ」
両肘をテーブルに付きながらお茶を飲む長女
今日も今日とてまったり過ごす須賀原三姉妹。箱根駅伝視聴は毎年の恒例。だが、三姉妹にとってはBGMのようだ。
「志帆姉ちゃんはわかるけど、佳奈姉は良く三日まで取れたね」
「人徳人徳。普段から真面目にやってる人は、希望が通り易いのよ」
「え〜、ミス多いのに?」
「あ、それいう?せめて機転が効くとか、フォローが上手いとか言ってよ」
「え〜、だって結局みんなが助けてくれるんでしょ。嘘はいかんよ、佳奈姉」
飲食店でバイトをしている佳奈は、ちょっとそそっかしい。お客に迷惑かけないが、同僚の仲間や店長に良く指摘をされている様だ。人に好かれる性格が功を成している佳奈。
そんな二人の会話を聞いて、ボソっと呟く。
「嘘かぁ」
「なに志帆姉?なんか思い出したの?」
美恵の口にみかんを突っ込みながら、佳奈には聞こえた様だ。
「ん?ああ、職場でね。嘘つきな先輩がいるなぁって思ってね」
言葉と裏腹に笑顔で話し出す志帆。
「え?嘘つきなんでしょ。駄目じゃん」
話し出そうとする美恵の口に、またみかんを突っ込みながら聞く佳奈。
「うん、本来ならそうだね。その先輩ってね。仕事が丁寧なの。だから当然仕事のペースって遅いんだよね」
「あ、わかった!言い訳する人でしょう!その人」
みかんを食べきった美恵が口を出す。
「残念。ハズレ」
「みーちゃんはみかん食べてなさい」
笑顔で美恵に言う志帆に、剥いていたみかんをまた美恵の口に放り込む佳奈。大人しくモグモグ食べる美恵。
「でね、その先輩の口癖がね。『大丈夫』なの。仕事結構たまっているのにね。でも丁寧だからミスも少ないし、頼りになるんだよ。で、仕事は期日には何とか間に合わせるの」
「ん?志帆姉?どこが嘘つきなの?」
今度は佳奈が口を挟む。すかさず美恵が、みかんを佳奈の口に放り込む。某国民的アニメの様に詰まらせて見せる佳奈。
「なーにやってんの。もう。でね、その先輩朝早く会社に来てたり、夜残業つかないのに残ってやってたりしてるんだよ。
だけどミスの少ない人に仕事って行くんだよね。上司から頼まれると『大丈夫です』って受けるんだよ」
「えー、その人良い人過ぎない?」「潰れちゃうよ」
今度は二人で口を挟んだ為、お互いにみかんを食べさせる二人。
「うん。だからね、少し手が空きそうな人が手伝うために声かけるんだけど、笑顔で『大丈夫。昨日しっかり眠ってきたから気力十分』とか『今日私予定ないから大丈夫』っていうの。疲れ切った顔してたり、自分の誕生日の時でもね。
でね、そんな先輩からどうやって仕事をとるのかって言ったら、やっぱり嘘なの。
『俺今手空いているから』『私の仕事今急ぎじゃないから』『今日予定ないから手伝うよ』」
「え?良いんじゃない?」
お互いにみかんを食べさせようと掴み合いをしながら、佳奈が言うと、その隙をついて脇をくすぐる美奈。
佳奈の笑い声が部屋の中で響き、笑いながら戯れる二人を見て一息つく志帆。反撃に出た佳奈の袈裟固めが美恵に綺麗に決まり「で?」と話しを促す佳奈。
「みんなね、仕事や予定はあるの。ちょっと後回しにするんだよね。それも『大丈夫大丈夫』って言って。
そう考えると、会社って嘘だらけなんだよね。でも嫌な気持ちにはならないの。一番嘘つきな先輩が頑張ってるのはわかるし、迷惑かけまいとしているのもわかるし、何より優しいんだよね。
そんな人が上の先輩にいたら下もそうなるんだよ。だから、嘘つきもいい時ってあるんだよね。…… ところで美恵大丈夫?」
佳奈の身体をバンバン叩いている美恵。落ちる寸前だ。
「これぐらい大丈夫っしょ」
「だいじょばない…… 」
ようやく技を解く佳奈に、ゼエゼエ言いながら応える美恵。そんな二人を見て笑いながら動き出す志帆。
「本当大丈夫〜?パスタ作るけど食べれるの?」
「あ、ちょっと待った!志帆姉!志帆姉は休んでいて。ちょっと熱っぽいって言ってたでしょ」
慌てて志帆を止める佳奈。
「これぐらい大丈夫」
そう言う志帆は少し顔が赤い。熱が上がってきた様だ。
「「やっぱり」」
佳奈と美恵は口を揃えて言う。
「志帆姉も嘘つきだねぇ」
「影響思いっきり受けてんじゃん」
二人に突っ込まれて「あ」という志帆。結局二人にコタツから部屋に移されて休ませられ、お昼は佳奈と美恵がパスタとお粥を作る事に。
これは「大丈夫」という嘘に触れると気遣いや優しさが見えてくると言うお話。
嘘に触れる 風と空 @ron115
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。