嘘に触れる

風と空

第1話 嘘に触れる

「ねぇねぇ、二人共明日からもう仕事なんでしょう?」


 リビングで箱根駅伝を見ながら、須賀原家すがはらけ三女 美恵みえ(17)がおもむろに言い出す。


「ちょっとみーちゃん、嫌な事思い出させないでよ」


 みかんを剥きながら眉を顰める次女 佳奈かな(19)。


「また始まるのかぁ」


 両肘をテーブルに付きながらお茶を飲む長女 志帆しほ(26)。


 今日も今日とてまったり過ごす須賀原三姉妹。箱根駅伝視聴は毎年の恒例。だが、三姉妹にとってはBGMのようだ。


「志帆姉ちゃんはわかるけど、佳奈姉は良く三日まで取れたね」


「人徳人徳。普段から真面目にやってる人は、希望が通り易いのよ」


「え〜、ミス多いのに?」


「あ、それいう?せめて機転が効くとか、フォローが上手いとか言ってよ」


「え〜、だって結局みんなが助けてくれるんでしょ。嘘はいかんよ、佳奈姉」


 飲食店でバイトをしている佳奈は、ちょっとそそっかしい。お客に迷惑かけないが、同僚の仲間や店長に良く指摘をされている様だ。人に好かれる性格が功を成している佳奈。


 そんな二人の会話を聞いて、ボソっと呟く。


「嘘かぁ」


「なに志帆姉?なんか思い出したの?」


 美恵の口にみかんを突っ込みながら、佳奈には聞こえた様だ。


「ん?ああ、職場でね。嘘つきな先輩がいるなぁって思ってね」


 言葉と裏腹に笑顔で話し出す志帆。


「え?嘘つきなんでしょ。駄目じゃん」


 話し出そうとする美恵の口に、またみかんを突っ込みながら聞く佳奈。


「うん、本来ならそうだね。その先輩ってね。仕事が丁寧なの。だから当然仕事のペースって遅いんだよね」


「あ、わかった!言い訳する人でしょう!その人」


 みかんを食べきった美恵が口を出す。


「残念。ハズレ」


「みーちゃんはみかん食べてなさい」


 笑顔で美恵に言う志帆に、剥いていたみかんをまた美恵の口に放り込む佳奈。大人しくモグモグ食べる美恵。


「でね、その先輩の口癖がね。『大丈夫』なの。仕事結構たまっているのにね。でも丁寧だからミスも少ないし、頼りになるんだよ。で、仕事は期日には何とか間に合わせるの」


「ん?志帆姉?どこが嘘つきなの?」


 今度は佳奈が口を挟む。すかさず美恵が、みかんを佳奈の口に放り込む。某国民的アニメの様に詰まらせて見せる佳奈。


「なーにやってんの。もう。でね、その先輩朝早く会社に来てたり、夜残業つかないのに残ってやってたりしてるんだよ。


 だけどミスの少ない人に仕事って行くんだよね。上司から頼まれると『大丈夫です』って受けるんだよ」


「えー、その人良い人過ぎない?」「潰れちゃうよ」


 今度は二人で口を挟んだ為、お互いにみかんを食べさせる二人。


「うん。だからね、少し手が空きそうな人が手伝うために声かけるんだけど、笑顔で『大丈夫。昨日しっかり眠ってきたから気力十分』とか『今日私予定ないから大丈夫』っていうの。疲れ切った顔してたり、自分の誕生日の時でもね。


 でね、そんな先輩からどうやって仕事をとるのかって言ったら、やっぱり嘘なの。


『俺今手空いているから』『私の仕事今急ぎじゃないから』『今日予定ないから手伝うよ』」


「え?良いんじゃない?」


 お互いにみかんを食べさせようと掴み合いをしながら、佳奈が言うと、その隙をついて脇をくすぐる美奈。


 佳奈の笑い声が部屋の中で響き、笑いながら戯れる二人を見て一息つく志帆。反撃に出た佳奈の袈裟固めが美恵に綺麗に決まり「で?」と話しを促す佳奈。


 「みんなね、仕事や予定はあるの。ちょっと後回しにするんだよね。それも『大丈夫大丈夫』って言って。


 そう考えると、会社って嘘だらけなんだよね。でも嫌な気持ちにはならないの。一番嘘つきな先輩が頑張ってるのはわかるし、迷惑かけまいとしているのもわかるし、何より優しいんだよね。


 そんな人が上の先輩にいたら下もそうなるんだよ。だから、嘘つきもいい時ってあるんだよね。…… ところで美恵大丈夫?」


 佳奈の身体をバンバン叩いている美恵。落ちる寸前だ。


「これぐらい大丈夫っしょ」


「だいじょばない…… 」


 ようやく技を解く佳奈に、ゼエゼエ言いながら応える美恵。そんな二人を見て笑いながら動き出す志帆。


「本当大丈夫〜?パスタ作るけど食べれるの?」


「あ、ちょっと待った!志帆姉!志帆姉は休んでいて。ちょっと熱っぽいって言ってたでしょ」


 慌てて志帆を止める佳奈。


「これぐらい大丈夫」


 そう言う志帆は少し顔が赤い。熱が上がってきた様だ。


「「やっぱり」」


 佳奈と美恵は口を揃えて言う。


「志帆姉も嘘つきだねぇ」


「影響思いっきり受けてんじゃん」


 二人に突っ込まれて「あ」という志帆。結局二人にコタツから部屋に移されて休ませられ、お昼は佳奈と美恵がパスタとお粥を作る事に。


これは「大丈夫」という嘘に触れると気遣いや優しさが見えてくると言うお話。

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嘘に触れる 風と空 @ron115

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