2 この道ずっとゆけば

 極楽寺一葉ごくらくでらいちようは名探偵である。


「じつに悲しい事件でした。ですがわたしたちは被害者の方の想いも背負って、生きていかねばなりません」


 今日も彼女は、そんなお決まりの台詞で事件を締めくくった。館の外では雨がしきりに降っていて、パトカーのサイレンが遠くに聞こえていた。


 果たして客間に集められた事件の関係者は、思い思いに今回の惨劇に思いを馳せている。顔を両手で覆って泣き崩れる者、どういう顔をしたらいいか分からないというふうに呆然と立ち尽くす者、黙って極楽寺に頭を下げる者。極楽寺はそんな彼らに慈愛のこもった視線を投げかける。


 何十回とこの光景を見てきた恐山おそれざん純平じゅんぺいにとっては、まるで映画のスタッフロールを観ている気分だった。ああ終わったのかという安堵感と、ほんの少しのノスタルジー。もしここが映画館だったのなら、彼は迷わず拍手していたかもしれない。


「純平くん。今日もお疲れ様。すっかり遅くなっちゃったね」

「極楽さんこそ、今日もお手柄でした」


 帰りの車内で行われるこの応酬も、すでに何十回と繰り返されたやり取りだ。いつも通りの殺人事件。いつも通りの会話。変わったことはひとつもない。助手席にどっかり座る極楽寺が、カントリーロードを英語で歌ってくれるところまでそっくりいつもの日常だった。


 テイクミーホーム、カントリーロード。


「純平くんさあ、いつもお手柄お手柄って言うけど、それはわたしの名推理に対して? それともあの男に殺人をそそのかしたこと?」


「どっちもお手柄でした。俺にはできない芸当です」


「いやだなあ、殺し屋のくせに常識人ぶっちゃって。いるよねー、不倫で干されて、久々にテレビで見たと思ったら清純派に転向してる芸能人とか。あーあ、純平くんもそのクチですか……」


「反応に困るんで、嫌なこと言わないでください。それに、今の俺はあなたの助手でしょ」


 大事なことなのでもう一度言おう。極楽寺一葉は名探偵である。


 ただ彼女の場合、少しばかり人心掌握とマインドコントロール能力に長けていて、他人の悪意をちょこちょこっと刺激して殺人を誘発させることがままあった。いやむしろ、他人の殺意を暴発させることを生業にしていた。


 なんでも「あいつが憎いだろ。悪いのは君じゃない。わたしには君の気持ちがよく分かる」と極楽寺がそっと囁くだけで、人は殺人犯や強盗犯になってくれるらしい。そんなに扱いやすくていいんだろうか、人間……。


 あとはいかにも犯行に使ってくださいと言わんばかりの凶器をそれとなく館の各所に配置して、いかにもアリバイ偽造に使えそうな証拠品えさをちらつかせるだけの簡単なお仕事! 


 名探偵というきらびやかな看板の裏側は、いつだって血で汚れている。「事件が起こるのを待つより、起こさせた方がコスパ良いよね」というのが極楽寺の言い分だった。もう本当に最低だ。終わっている、名探偵として、人として。人の命をコスパで語るな。


 しかし恐山純平にとって、そんなことは取るに足らない些事さじであった。いくら極楽寺が最低人間だろうと、犯人をするクソ倫理観探偵だろうと、彼女以上に理想的な名探偵なんていない。というのも、愛想も金もない恐山のことを助手として可愛がってくれるのは、ひとえに極楽寺くらいだったので。


「極楽さん、腹減ってませんか。もう少ししたら牛丼屋がありますけど」


「いいね、寄ろう寄ろう。純平くんは卵つける派?」


「つけない派です」


 だから殺人事件帰りにこうして極楽寺と食べる牛丼は世界一美味しいと思っていたし、実際に牛丼は美味しい。企業努力の賜物だ。


 恐山の愛する日常の全てがここにあった。彼は、名探偵・極楽寺一葉のことがとても好きだった。それはもう、口封じのために今日の犯人をさっき銃殺したことなんて、ちっとも気にならない程度には。

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あなたのお墓の前でも俺は泣かない 福山窓太郎 @orumenter

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