その26 私人逮捕

 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には(後略)



「宝来さん、そんなに急いでどうされたんですか? 近くで事件ですか?」

「本官もよく分からないのでありますがあの角にある公園で外国人男性と小学生の女の子が男性に暴行を加えているという通報がありまして。ちょうど近くにいたので急行中なのです」


 ある土曜日の昼、硬式テニス部の練習から帰宅していた私は地元の交番のお巡りさんである宝来ほうらいまもるさんが走っているのを見かけて興味本位で付いていった。


「ひいー許してくださいー!! 私は公園の自然風景を撮影していただけで決して盗撮などしていませんー!!」

「そんなこと言っておじさんあたしたちが遊びに来てる時毎回カメラでパシャパシャ撮ってたでしょ!? 大人しく私人逮捕されちゃいなさいっ!!」

「欧米では幼い女の子にカメラを向けるだけでも犯罪になるからね! ボクの実家はインドだからよく知らないけどとにかく不審者を逮捕するね!!」

「ちょっと待ってください、本物の警官が来たのでもう私人逮捕は必要ないであります! ひとまず事情を聞くのでそちらの男性を放してあげて欲しいであります!!」


 公園に入るとそこではベンチに座っていた中年男性をインド料理店「エン・パーシー」店長のカレクンさんが菅木芽依ちゃんの指示を受けて絞め上げており、おじさんは小学生女子を盗撮していた疑いで私人逮捕されそうになっていたようだった。


「ほら見てくださいよ、私のデジカメには本当に自然風景しか写っていないでしょう!? あと毎週土曜日に来ていたのは会社の仕事が昼までで終わるからであって決して小学生女子にタイミングを合わせていた訳ではありません!!」

「うーむ、確かに何年も前のデータが残っていて一つも盗撮写真がない以上は盗撮の疑いが濃厚とは言えませんね。私人逮捕の要件が成立しないので今日はこのままお帰り頂いて大丈夫であります。あとカレクンさんとメイちゃん、本当に怪しいと思ったならいきなり私人逮捕せずにとりあえず110番通報して欲しいでありますよ」

「申し訳ないね、メイちゃんが悪い人を捕まえて欲しいって本気で頼んできたからよく確認せずに話に乗っちゃったね!」

「だってぇ……私たちずっと盗撮されてるって思ってたからぁ……でもごめんなさい……」


 おじさんは内心憤慨しながらも小学生女子のやったことなので話を大事にせずに済ませてくれることになり、必死で頭を下げているカレクンさんとメイちゃんに免じてこのまま帰ってくれることになった。


「最近は再生回数目当てのYoutuberの影響で私人逮捕が流行していますが、素人が簡単に犯罪かそうでないかを判定できるなら司法は必要ない訳で本官としては私人逮捕をそんなに簡単に考えないで欲しいであります。そもそも再生回数を稼ぎたいならもっと平和的なやり方でやって欲しいであります」

「分かりましたぁ……今日は本当にごめんなさい……」

「メイちゃん、もう夕方だから家まで一緒に行くね。勘違いだったけど盗撮されてるって思って心配してた気持ちは私もよく分かるから」


 私は落ち込んでいるメイちゃんを励ます意味も込めて一緒に家まで帰ってあげることにして、帰り道でメイちゃんは今回の私人逮捕はYoutubeで流行っている動画を見て思いついたと話していた。



「へえー、土曜日にメイがそんなことしてたんだ。あーしも私人逮捕の動画は見たことあるけど暴力的なのはちょっとどーかなって思ってたとこ」

「流如何ちゃんも流石にそんなのはよくないって思うんだ。まあ流如何ちゃんならもっと普通のやり方で再生回数稼げるもんね」

「まあそーだけど、私人逮捕……平和的な私人逮捕……よっしゃいいこと思いついた、今度あーしも私人逮捕の動画撮るからななちーカメラマンやってくれない? もちろん平和的な動画にするんで大丈夫!! ネタ探したいから今日の放課後に一緒に聞き込み行こ!!」

「ええ……」


 以前からYoutube等で顔出し配信をしている馬鈴ばず流如何るいかちゃんは平和的な私人逮捕動画で再生数を稼ぐつもりらしく、私は流如何ちゃんがやりすぎになることを防ぐ意味も込めて撮影に協力することにした。



 その数日後……


「こらっそこの少年! 地元の本屋さんで発売されたばっかの週刊誌を10分以上立ち読みしちゃダメでしょ!!」

「あっ流如何さん。……あの、その格好は一体……」

「こんないけない少年は私人逮捕系Youtuberのあーしが逮捕しちゃうんだから! 今から家に連れていって隅々まで取り調べしちゃうぞ~」

「いいんですか!? でもそんな、僕が流如何さんのお家にお邪魔するなんて……」

「いーのいーの、あーしが少年をじっくり取り調べする所を全国に配信するだけだから!! 安心して付いてきなって」

「軽犯罪法違反と青少年保護育成条例違反で逮捕するであります!!」

「なっ!? このコスプレ衣装マルカリで5000円もしたのにあ~れ~」


 こんなことになるだろうと思って私があらかじめ呼んでおいた宝来さんはリアルな婦警さんのコスプレで宇津田真嗣君を尋問していた流如何ちゃんをあっさり交番に連行していき、私は私人逮捕系Youtuberが公人に逮捕されるのは何の冗談なのだろうかと思った。



 (続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最近の女子高生は思想が強い ~雇用・利子および女子高生の一般りろん~ 輪島ライ @Blacken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ