その25 要証事実

 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には寛容の精神と資本主義思想が教え込まれている。



 ある土曜日の夕方、私、灰田はいだ菜々ななは街角で集合ビル1階の書店から出てきた私立アダムスミス高校2年生の水戸みとまなぶさんと鉢合わせた。


「こんにちは水戸さん、予備校帰りに書店に寄られてたんですか?」

「やあ灰田さん、今日は予備校は休講だから久々に志乃ちゃんとデートなんだよ。その前に本屋さんに寄ってた所」

「へえー、水戸さんって参考書じゃない歴史書とか買ってそうですもんね。袋に本が一杯入ってますし」

「ははは、歴史書はよく買うけど僕だって漫画とか雑誌も当然買うからね。今日は豊作だったよ」


 硬式テニス部の宇津田うつだ志乃しの先輩の彼氏である水戸さんは大学受験で歴史学科志望なこともあって日本史・世界史を問わず歴史全般に詳しく、その博識さについては志乃先輩からもよく惚気のろけ話を聞かされていた。


 ちょうど歩く方向が一緒だったので2人で街頭を歩いていると、中学受験塾が立ち並ぶ通りで見覚えのある2人の小学生が何やら揉めていた。


「信っじらんない! シンジ君が塾にマンガ持ってくるような不真面目な男子だったなんてあたし知らなかった! しかも何このピンク色の表紙!? こういうのホントに好きなんだね!!」

「ちっ、違うよメイちゃん! そのマンガは僕のカバンに紛れ込んでただけだしそもそも僕はそんなマンガ買ってないよ! 人前でそんな大声で振り回さないで!!」


 騒いでいるのは秋水しゅうすい小学校3年生の菅木すがき芽依めいちゃんとその同級生で志乃先輩の弟である宇津田真嗣しんじ君で、状況からすると真嗣君がうっかり間違えて塾にちょっとエッチな少年漫画を持ってきてしまったせいで彼に片思いしている芽依ちゃんが激怒しているらしかった。


 漫画の表紙には「おしえてあげる! はじめての着せ替えギャル子さん」という長ったらしいタイトルが印字されており、諸事情からギャルを敵視している芽依ちゃんは漫画の内容も許せないようだった。


「シンジ君がルイ姉みたいなギャルっぽいお姉さん好きなのは知ってたけどマンガも読まないと満足できない訳!? どれだけエッチなのこの変態! 変態!!」

「だから違うんだって! 大体僕のカバンから出てきたからって僕のマンガとは限らないじゃないか! 日本では状況証拠だけじゃ要証事実を立証できないんだよ!?」

「あら真嗣、女友達と喧嘩してるの……? それにその漫画は……?」

「志乃さん、シンジ君って塾にこんなエッチな漫画持ってきてたんですよ! ほら見てくださいよ、これ絶対シンジ君が持ってる漫画でしょ!?」

「うわあ……これは真嗣のコレクションね、間違いない……たまげたわね……」

「姉ちゃん何で笑顔でそういうこと言うの! ちょっとは弟の味方してよ!!」


 芽依ちゃんに告げ口された志乃先輩は遊び半分で真嗣君の漫画をからかい始め、流石にかわいそうだと思っていると一連の様子を隣で見ていた水戸さんが颯爽さっそうと真嗣君のもとに駆け寄った。


「メイちゃん、その漫画はシンジ君のじゃないよ! この前僕が志乃ちゃんの家に遊びに行った時につい置き忘れて、今日志乃ちゃんから返して貰うつもりだったんだ! そうだよね、シンジ君?」

「そ、そうなんです! 今日姉ちゃんが彼氏に会うっていうから、僕も付いていってマンガを返そうと思って」

「何だ、そういうことだったの。シンジ君が絵の中のギャルと恋愛するような変態じゃなくてよかったぁ~」


 水戸さんと真嗣君の発言は所々怪しいが純真な女子小学生である芽依ちゃんはあっさり信じてくれたらしく、この場は水戸さんの機転で丸く収まりそうだった。


「そうね、ミト君ってそういう漫画も読んだりするから……。今日は何を買ってきたのかしら……?」

「うわっ志乃ちゃん、いきなりそんな!!」


 身を挺して彼女の弟をかばった水戸さんの姿に意地悪な考えを思いついたらしい志乃先輩は水戸さんが持っていた書店のビニール袋にいきなり腕を突っ込み、そこから出てきたのは、



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「ち、違うんだ志乃ちゃん! これは日本古来の文化である衆道しゅどうの現代における発展はってん形を勉強しようとぐはあっっっ!!」

「姉ちゃんもうやめて! そんなにパンチしたら水戸さんの身体が持たないよ!!」


 志乃先輩はいわゆるショタコンな内容の雑誌を買っていた彼氏に激怒すると無言でボディブロー連撃を叩き込み始め、私はこれは状況証拠という水準を超えていると思った。



 (続く)

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