第42話(最終話) 祖父母からの手紙


 葵へ


 本当にすまなかった。

 おじいちゃんとおばあちゃんをゆるしてほしい。

 もっと早くにうちあけるべきだったかもしれない。


 そう、ワシは異世界の王国の王で、ワシの妻、つまりおまえのおばあちゃんは新帝国の皇帝じゃ。

 おどろかせてしもうたの。


 ワシらは昔の大戦のあとに即位しての、和平調印式の時に出会い、お互いに…その…なんというか、ひとめぼれしてしもうたんじゃよ。


 じゃが、お互いの立場上、なかなか会えなくてな。そこで手紙で相談して、高名な魔道士にあのクローゼットを作ってもらったんじゃ。

 これが便利でな。一見普通のクローゼットじゃが、中にはいると遠く離れた距離をとびこえて移動できるのじゃ。


 ワシらはクローゼットを使ってたびたび秘密のデートをしていたのじゃが、ある日クローゼットの調子が悪くての、たたいたらなんと全く別の世界つながってしもうたんじゃ。

 ワシらから見たら異世界じゃが、葵の世界にじゃ。


 ワシらは最初は驚いたが、これを利用してワシらの世界と異世界を行き来して二重生活を始めたんじゃよ。

 異世界で家をもち、花屋をはじめて、やがて娘ができてな。つまり葵のママじゃよ。

 じゃが、二重生活は忙しすぎてな、なかなか子どもにかまってやれんかった。


 じゃからワシらの娘も葵に愛情をそそげなかったのかもしれん。本当に申し訳なかった。


 その上、ついに二重生活がバレて、どうしても葵たちを置いて元の世界に帰らなければならなくなってしまってな。

 葵とかりんさんにはよかれと思ってクローゼットを託したのじゃが…。


 葵にとっては異世界であるワシらの世界の方が居心地がよかったのかもしれんな。


 じゃが、今の葵ならそっちの世界でもうまくやっていけるはずじゃ。

 いつまでも応援しているぞ。

 かりんさんと仲良くな。

 

 おじいちゃん、おばあちゃんより

 



 納屋の前で桐庭さんは、しばらくの間チェーンソーを構えていたけどなんにも起こらなかった。


「おかしいな。たしかにあのバカエルフの気配を感じたんだけどなあ。」


「きっと、気のせいだよ。」


 彼女はしきりに首をひねっていたけど、やがてチェーンソーをおろした。


「うーん。でもやっぱり念のため、こうしておこうかな。」


 彼女はチェーンソーのスターターロープひっぱって起動させると、めちゃくちゃにクローゼットに切りつけ始めた。


「な、なにをするの、かりん!?」


「もうこんなもの、必要ないでしょ!」


 エンジンオイルがやけるにおいがたちこめる中、彼女が動くたびに木片が飛びちり、クローゼットが完全に破壊されるさまを僕は見ているしかなかった。


 残骸となってしまったクローゼットを見て安心したのか、桐庭さんはチェーンソーをとめて地面に置いた。


「運動したからお腹すいたね。葵、部屋にもどろ。」


「うん…。」


 僕はなんだか、これでよかったような気持ちと残念な気持ちがいりまじって、何度もふりかえりながら部屋にもどった。



 そして…。



 中に入った僕と桐庭さんはその光景を見て体が完全停止した。部屋の壁一面に、見事な花の絵が色とりどりに豊かに描かれていたからだった。

 僕はあまりのその絵の美しさに息をのんで感嘆したけど、こわくてこわくて真横を見ることができなかった。


「あたしが描くことになっていたのに…。」


 桐庭さんの握りしめた手は震えていて、唇は血がでるんじゃないかと心配になるくらい噛みしめられていた。

 僕はそーっと部屋から退散しようとしたけど、うしろからあの人、いやエルフの声が聞こえてきた。


「店主殿、どうだ。私は絵の才能もあるのだぞ。」


「ユリも手伝っちゃいましたー!」


 僕が声のしたほうに顔を向けると、腰に手をあてて笑うジェシカさんの後ろから、ユリさんが顔をだしていた。


「ジェシカさん…。ユリさん…。」


「会いたかったぞ、店主殿。」


「ユリもきちゃいました!」


 ジェシカさんは足早に僕に近づいてくると、有無を言わさず僕のあごをつかみ、唇を奪ってきた。

 完全に不意をつかれた桐庭さんが、隣で息をのむ気配がした。


 調子にのったジェシカさんは舌までいれてきて、僕は抵抗する力も失ってただただされるがままに蹂躙された。


 ようやく解放された僕はブルーシートの上に派手にひっくりかえってしまった。


「どうだ! キリニワカリン、そなたもここまではまだであろう。」


 ジェシカさんの挑発に桐庭さんは殴りかかろうとしたけど、僕はたちあがって彼女を手でさえぎった。


「かりん、待って! ジェシカさん、もうこんなことはやめてください!」


「葵…?」


「僕は異世界での経験で学んだんです。曖昧な優しさはよくないって。だからこれからは、はっきりと言うことにします!」


 ジェシカさんは腕組みをしてニヤニヤしながら僕の話を聞いていた。


「ほう。少しは言うようになったか。ますます面白い。」


 彼女はあやしい笑みを浮かべて唇をなめた。僕はひるみそうになったけど、弱みを見せないようにたたみかける事にした。


「それとジェシカさん、なんてことをしたんですか。エルフの宮殿に放火するなんて!」


 僕はジェシカさんをとがめたけど、彼女はなにがわるいのだとひらきなおる態度だった。


「そんなくだらぬ事はどうでもよい。とにかく、私はこっちの世界に来ることにしたのだ。店主殿、すたっふとやらが必要であろう。ここで世話になるぞ。よろしくたのむ。」


「ユリ、子どもの世話も家事も接客もなんでもこいですよ!」


「そんな急に言われても…。」



 僕の横で無言でプルプルふるえていた桐庭さんは急に部屋を飛びだして行ってしまった。


「かりん!?」


「なんだ、かかってくるかと思ったら逃げおったか。」


「店長さん、追いかけなくていいんですか?」


 僕は仲良く手をつないでいるふたりにとまどってしまい、問いかけるようにジェシカさんを見た。


「ああ。実はな、ユリ殿は私に惚れてしまったらしい。水くみの時に告白されてな。」


「ユリさん…!?」


 ユリさんは顔を赤くしながらジェシカさんの顔に見とれている様子だった。


「はい。ユリの心はあの深いキスをされた日から、ジェシカさんでいっぱいになっちゃったんです!」



 僕は悪夢を見ているような気持ちでふたりの顔をみくらべていたけど、エンジン音とオイルのやける匂いが僕を現実にひきもどした。

 縁側を見ると、チェーンソーを構えている桐庭さんが立ちはだかっていた。

 彼女は制服のスカートをひるがえしながらスターターロープをひっぱって、チェーンソーを再起動させた。


「このバカエロエルフ! 今日こそ決着をつけようじゃないの!」


「よかろう。それでこそ我が宿敵だ。」


 ジェシカさんは腰から細剣を抜くと、縁側におどり出た。

 

「ユリはここで応援してまーす! ふたりとも、がんばってくださいね!」


「やめてってば! ふたりとも!」



 ジェシカさんと桐庭さんとの縁側での壮絶な戦いは、いつ終わるのやら誰にもわからなかった。




ーおしまいー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る