第41話 エルフの森の花畑


「私も手伝うぞ、店主殿。」


「あたしも!」


「ユリも!」


「ありがとう、みんな!」



 この時、僕はみんなと出会えて本当に良かったと思い、心の奥から湧きあがってくる幸せをかみしめていた。


 

 …はずだったんだけど…。



 エルフの森に向かう馬車の中で、僕は決断をせまられていた。みんな口にはださないけれど、平和の祭典を無事に終えたあとに僕がどうするのか、はっきりと言ってほしいにちがいなかった。


 僕はただ自分の居場所がほしくてこの異世界でお花屋さんを開いたんだけど、それがこの世界のたくさんの人たちに大きな迷惑をかけることになってしまった。



 だから、僕の考えはもう決まっていた。



 王さまが貸してくれた豪華な馬車の乗員は僕たち4人だけだった。王国兵が同行しないのは、新帝国やエルフを刺激しないようにという配慮らしかった。

 それに、護衛はジェシカさんひとりで充分だった。


 そのジェシカさんは、森の手前でダダをこね始めた。


「やだ。やっぱり戻る。」


「ジェシカさん、まだ帝国軍の特殊部隊の残党がいるかもしれないんですよ。」


「誰があんな森に帰るか。絶対に行かぬ。」


 桐庭さんは偵察中で、ユリさんは川で水くみでいなかった。僕はわるいとは思ったけど仕方なく、彼女を説得するために考えていたことばを口にした。


「僕をジェシカさんのご両親に紹介しなくていいんですか?」


 ジェシカさんは意味がすぐにはわからなかったようで、一瞬だけ僕を見つめてから目を輝かせた。


「では店主殿は…! 嬉しい!」


 彼女は馬車のまわりを文字通りとびはねて喜びをあらわし、それはまるで花から花へ舞う美しい蝶々のように僕には見えた。


「ユリ殿の水くみを手伝ってくる!」


 ジェシカさんが跳ねるように走り去っていった後、背後からため息が聞こえてきて僕はびっくりしてふりむいた。

 全身を迷彩服に身を包み、頭には草や葉っぱだらけのヘルメットをかぶり、顔までペイントした桐庭さんが馬車の下に潜んでいた。


「うわわっ、かりん!? い、今の見てたの!?」


「葵、あんたねえ…。」


 桐庭さんは、腰を抜かした僕のそばまでほふく前進で進んでくると、腰からスッとアーミーナイフを抜いた。


「あいつにとられるくらいなら、いっそのことあたしの手で…。」


「ちがうんだ! お願いだからそれをしまって!」


 僕はあまりの恐怖に本気でちびりそうになったけど、彼女は武器をしまってクスクス笑った。


「冗談に決まってるじゃない。わかってるって。ウソも方便よね。あ、そうだ。ちょっと見に行ってこよっと!」


 桐庭さんは小川の方に向かって身を隠しながら風のように移動していった。

 僕はとてもさっきのは冗談とは思えず、大丈夫だったかなと下着を確認した。


 しばらくして戻ってきた桐庭さんは、なんだかなにかを考えこんでいる様子だった。



 森で待ち伏せをしていた帝国軍のひとたちが、ジェシカさんと桐庭さんにどんな目に遭わされたかを、僕はかわいそうすぎてとても言えない。

 帝国軍を追いはらった僕たちは森エルフの長に許されて、焼かれた場所を耕し直して花の種をまいて水をやり、平和の花畑を復活させた。


 けたはずれに大きい木の上にある森エルフの宮殿で僕たちは歓待を受けて、祭典が始まるまで滞在することになった。

 先に来ていたコナさんが王国と新帝国の平和派の王族や貴族たちへの連絡や、魔法での映像配信の用意などをテキパキとこなし、優等生ぶりを発揮していた。


 各国首脳がエルフの宮殿にあつまり、いよいよ祭典の日が翌日にせまった日の夜おそく、僕の部屋の扉がちいさくノックされた。

 僕は目をこすりながら慎重にドアにはりついた。


「誰?」


「あたしよ。」


 僕がゆっくりとドアを開けると、すっかり旅の用意を整えた桐庭さんが部屋にすべりこんできた。


「はい、葵の荷物。はやく着替えて。さっさと逃げるよ。」


「へ?」


 夜着の僕はまぬけな声を出して彼女をイライラさせたみたいだった。彼女は夜間用ゴーグルをはねあげると僕の肩をつかんだ。


「しっかりして、葵。あれだけの騒ぎを起こして、あんな温情裁きがあるわけないでしょ。明日の祭典であたしたちは血祭りよ。はやく行こ!」


 彼女が僕に何かを押しつけてきた。それはズシリと重くって、暗くてよくわからなかったけど映画なんかでよく見るものだった。


「これ、本物なの?」


「あたりまえでしょ。」


 いったいどうやって彼女が手にいれたのかわからなかったけど、それは護身用のスタンガンにしか見えなかった。彼女はでかいボウガンみたいなのを構えると、僕に合図してから流れるような動きで部屋から出た。


 ボウガンをあちこちへ向けて警戒しながらすり足みたいにして進む桐庭さんの背後に、僕は渋々くっついていった。


「ねえかりん、やっぱり戻ろうよ。心配しすぎだってば。」


「あんたって脳みそお花畑ね。」


 彼女はあきれたようにため息をついたあと、僕にひっついてきた。


「でも、そこが良いとこなんだけどね。」


 彼女が僕にほほえんだときだった。食器か何かが激しく壊れる音が聞こえてきて、僕たちは身をかたくした。


『ゆるさんぞ…! よりによってあんな人間と契りをかわすだと…! …やはりおまえは永久追放だ!』


『かまわぬ! こんな森、こちらから出ていってやるわ! …その前に、こんなところは焼き尽くしてやる!』


(ジェシカさんの声だ!?)


 どなりあう声のあとに爆発音がして、なんだかあたりがこげくさくなってきた。


「まずいわ。急ご!」


 こげくささが更にひどくなり、黒い煙が通路に充満してきて、桐庭さんは僕の腕をつかんでひっぱりながら走りはじめた。

 そのうち騒ぎがどんどん大きくなって、濃い煙で前が全く見えなくなってきた。僕も桐庭さんも激しく咳きこんで、袋小路にまよいこんでしまった。


「しまった! ガスマスクも買っておけばよかった…。」


 僕は咳をしながら、彼女の背中をさすった。息が苦しくなってあきらめかけたとき、行きどまりと思っていた壁が開いた。


「早く中へはいるんじゃ!」



 僕と桐庭さんは中にころがりこみ、すこしでもあたらしい空気を吸おうと肩で息をした。僕は助けてくれた人に礼を言おうとして声を失いかけた。


「…お、おじいちゃん…!?」


「葵、驚いている暇はないぞ。はやくこっちへ!」


 おじいちゃんに導かれて部屋の奥へ進むと、そこには僕の見慣れた家具が置かれていた。


「あのクローゼットだ!?」


「葵、いそいで!」


 奥からもうひとり、誰かが出てきた。白いつめえりの制服みたいなのを着ている年老いた女性だった。


「お…おばあちゃん!?」


 桐庭さんも驚きのあまり声も出ないようだった。僕は彼女を肩組みしながらクローゼットにちかよった。


「葵、はやくクローゼットを使って逃げるんじゃ!」


「待ってよ! おじいちゃん、おばあちゃん、説明してよ! なんでふたりともここにいるの!?」


 僕は突然の再会の嬉しさと、混乱のあまり泣きそうになったけど、声をふりしぼった。

 おじいちゃんは僕におりたたんだ紙をすばやく手渡してきた。


「時間がないからここにすべて書いておいた。さあ、はやく行くんじゃ!」


「行きなさい、葵!」


 僕は迷ったけど、部屋の中にも煙が入ってきて、誰かが扉を強く叩く音が聞こえてきた。


 僕はクローゼットを開けて中にとびこんだ。



 気がつくと、僕と桐庭さんは僕の見慣れた部屋の床に倒れていた。そこは、何年も僕がひきこもっていた部屋だった。

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