第2話出会いは最悪です?



 本日、少年は早朝のギルドにきていた。

 それは以前からしてみたかった依頼の一つである。『護衛』の詳細内容を知らされるためだった。

 どうやら今回の護衛は複数名で行われるため、まずは顔合わせということでギルドで集まるということだ。


 いつもは冒険者で溢れかえるロビーであったが、今は少年一人だけ。

 そもそも受付は8時からなので朝6時にここにいる少年が例外なのだ。

 ぼーっと何をするでもなく乱雑に置かれている椅子に座り、物思いにふけっていると、誰かが静かに扉を開けて入ってきた。

 ギルド内は静まり返っていたので扉のしまる音だけがやけに大きくなった。

 対称的に入ってきた人物は物静かだった。それは歩く音が全く聞こえなかったのもあるが、気配がまるでなかったからだ。

 

「おはようございます」


 少女の声だった。

 少年は少しだけ肩を落とした。

 それは少年が苦手とする女性だったからだ。

 少年はとある事情で女性が苦手だった。なのでギルドの受付も人が全く並んでいない男の受付を使っていた。美人受付嬢なんて視線も合わせられない。

 ギルドに入ってきた少女の視線は明らかに少年に向けていた。それはそうか。ここには少年しかいないのだから。

 無視するわけにはいかないので少年は覚悟を決めた。ただし、視線は依然として下を向いている。

 

「……おはよう」

「えっと……あなただけですか?」

「多分」


 苦手なためにどうしても素っ気なくなってしまう。

 そういえばギルドにこいって言われてたけど集合場所は決められていなかったなと少年は思った。

 ……なんともいえない沈黙がギルドを支配する。

 もともと静かだったのだが、話す対象が出来たとたん沈黙が気まずくなるのは何故なのか。

 ちらりと少しだけ少女に視線を向ける。

 少女はビックリするくらい可愛いかった。

 多分、同い年の中ではダントツで可愛い。

 そんな少女がじーっと少年の顔を見続けている。

 少年は気まずさなんて頭から完全に抜け落ち、勘弁してくれと頭を抱えた。


「お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「えっ!?」


 突然少女からそんなことを言われて驚く。

 ……でもそれもそうか。

 ここにいるということは同じ依頼を受ける者。

 名前も知らずに一緒の依頼をこなすことはできない。

 ましてや女性が苦手という理由で依頼を断るなんて論外なのである。

 少年は覚悟を決めて、もう一度少女を見た。

 

(……ん?)


 改めてみると何か違和感を感じた。

 ぱっと見では純白そうな感じがしたのだが……漂ってくるこの匂いは血だ。

 しかもとびっきり新鮮な匂いがした。

 見える範囲で少女に傷はない。であるならばたった今、人を殺してきたのかもしれない。

 少年は直感でそう思った。

 もちろん少年も人を殺したことはある。ギルドの護衛依頼などの最中に、山賊などに襲われたら殺さなくてはならないこともあるからだ。

 しかも少女が聖アナスタシア女学院の制服姿というものかなり怪しかった。

 一般人を装った悪魔なのかもしれないと少年は改めて警戒をする。

 

「あの……私がどうかしましたか?」


 貴族の子供に買い与える人形のように感情のない笑顔。抑揚も何もないその言葉に少年はぞっとした。


「……大丈夫問題ないよ」

「そうですか良かったです。たまに私を見て見惚れちゃう人がいるので心配してたのですが──」


 一瞬の間が入る。


「──違うみたいですね?」


 どす黒い殺意を込めた一言。

 顔は依然として笑っているが、その奥にある瞳は少年を睨みつけている。

 少女は魔力を練り上げるとギルド内を闇の領域で包んだ。外を偶然歩いていた猫でさえも走って逃げだした。


「うん、君のことは普通に見れそうだ」


 命の危機になれば女性が苦手ともいってられない。そうじゃなくてもこの少女は女性というよりは悪魔か何かかと思っていた。

 少年は悪魔に出会ったことがないのだが、中には人に化けて人間を喰う悪魔がいると聞いたことがある。

 悪魔と戦うとなると闇の領域のままでは戦いに不利だ。

 少年は魔力を練る。気合の声と共に聖の気配を放つと闇の気配を一瞬にしてかき消した。

 走って逃げていった猫も戻ってきてひなたぼっこを満喫している。


「──ッ! ……それは良かったです」


 少女は若干悔しそうに眉をピクリと動かしたが、笑顔は崩さなかった。


「ならば次は接近戦でいきましょうか?」


 少女はスカートを持ち上げ綺麗な脚線美を見せびらかせるようにしてきた。

 ナイフを取るときもゆっくりとした動作で、顔は挑戦的な笑顔だ。


「いいよ。受けて立つ」


 少年も使い慣れた剣を構えた。

 どちらから動いたのかはわからない。いや、全く同時だったか。

 激しい鉄と鉄がぶつかる金属音と共にあちらこちらから火花が散る。

 ロビーにはテーブルや椅子が所狭しと並んでいるが、そのどれもが1セクトたりとも動いていない。

 戦闘能力のないものが見たら、怖ろしい怪奇現象だと逃げ帰っただろう。

 

「あはっ! なかなかやりますね!」

「君こそ! そろそろ速度を上げるよ!」

「えっ!?」


 少年の速度が一段階上がった。

 それは全力というわけではなくただ単にちょっとスピードを上げただけだ。

 少女も余力はまだあったが、少年ほどの余裕はなかった。


 じりじりと速度を上げていく少年。

 少女は必死にナイフで応戦しているのだが防戦一方になっていく。

 そんな中、少年は考え事をしていた。

 悪魔という生き物は闇に生きる者。聖の領域にいれば悪魔の動きは鈍るはず。

 だが少女は動きが鈍っているような感じはしなかった。

 むしろこちらの動きに対応しようと必死に頑張っている様子だった。

 ……ならば少女は人間ということになる。

 それでいてこの動き。少年は少女の正体がわかりはじめていた。


「もしかして君はアサシン?」

「えっ!? 分かってなかったんですか?」


 鍔迫り合いの最中、二人の動きが同時に止まる。

 ぽかーんとする少年に対して少女は呆れたようにジト目になった。


「何も聞かされてないんですね? 今回の依頼はアサシン組合と共同らしいですよ?」

「そ、そうだったの……?」

 

 なんていうか……物凄い勘違いをしてしまった。

 アサシンであるならば血の匂いなど日常茶飯事だろう。

 ただ一つだけ言い訳をすると、少年は少女のアサシンを見たことがなかった。もちろん女性のアサシンがいることは知っていたのだが。さらには冒険者とアサシン組合の接点が無さ過ぎてよもや共同するなど思ってなかったのだ。

 少女の方は共同だということを知っていたので、ただ単に少年が共に依頼をこなすパートナーとして相応しいのかを見極めていただけだったのだ。

 少年は剣を収めた。少女も今度は挑発することなくナイフを収めた。


「僕の名前はジュリアン・アースナー。ジュリアンでいいよ」

「わかりましたジュリアン。私の名前はティアといいます」

「ティアよろしくね」

「はい」


 ティアはスッと手を出した。

 ジュリアンは少し抵抗があったのだが、その手を握った。

 本来ならばジュリアンは女性と握手をすることなんてできないが、戦ったことにより女性という意識よりも依頼を一緒にこなすパートナーとして見れるようになった。

 微妙なすれ違いがこの戦いを生んだのだがそれは結果としてよい方向に転がったと言える。

 ティアの小さく柔らかい手だったが、とても洗練されていた。

 遠目から見ただけでは可愛い非力な手を演出しているが、実際握ってみると分かる。極力マメを作らずに綺麗な手を心掛けて鍛えてあった。その努力だけでも強さがわかるほどに。


「見事な手だね。無駄がない」

「……そんなことを言われたのは初めてです。それにしてもジュリアンは何者なんですか? いろいろな意味で……」

「いろいろな意味ってどういうこと?」

「それはもちろんその見た目と強さのギャップですけど」

「ティアに言われたくないけどね」

「ちなみにですけど……男の子でいいんですよね?」

「そうだよ!!?」


 分からなくなってしまうのも無理はない。

 何といってもジュリアンの見た目は男性のそれとはかけ離れていたからだ。

 黒い髪は肩程まであるが後ろでしばっていて、顔は童顔で年齢より若く見え、さらに声は男性にしてはかなり高い。さらには体格も男性のようにかくばってなく、全体的に滑らかなラインをしており体も小さい。

 服装は男の恰好をしているから間違えないのだが、顔だけを見れば女の子と間違える人が大半なのだから。

 

「……本当に男の子でいいんですよね?」

「そうだってば!!」


 疑り深く近くでジロジロと観察するティア。

 さらには体をべたべたと触り、肉付きを確かめている。

 ジュリアンはそれを急いで振り払うと距離を取った。


「あ、逃げた! ますます怪しいですね」

「べ、別にそんなんじゃ──」


 ──パチパチパチ。


 突如ギルド内に拍手が鳴り響いた。

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