第3話Sランク冒険者


「中々刺激的な自己紹介だったわね」

「なんで先生がここに!?」


 ジュリアンが先生と呼んだ女はいつの間にかロビーに立っていた。


「うそ……全然気配に気が付かなかった──ってあなたはエレナーデ・ハーツライト!!」


 ティアが信じられないと驚きの表情を見せた。


「私も自己紹介をしたほうがいいかしら?」

「い、いえ。十分に理解してます」


 エレナーデ・ハーツライトはSランク冒険者である。それに列記とした英雄の末裔であり、種族はエルフでありながらも人間の国であるラグナブルグで活動していた。

 剣も弓も魔法もマスターランクという人智を超えた存在であり、噂によると魔力は神の領域に達しているとかいないとか。

 容姿も整っており、美しいロングの金髪に、誰もが見惚れる美人顔。すらっとしているが出てるところはしっかり出てる体系にしなやかな細腕。女性ならば誰もがうらやむ細く長い脚。大人の魅力を最大限にこれでもかと詰め込んだ完璧なシルエット。

 エルフということもあって長寿であり、長きにわたりラグナブルグに平和をもたらしてきた守護神でもあった。

 ラグナブルグに住んでいてエレナーデのことを知らないものはいないだろう。

 ある意味、王よりも有名人なのだ。

 

「……エレナーデ先生は神出鬼没だから今更驚かないけど……でもここにいるってことは先生も依頼に参加するの?」

「そうよジュリアン。今回の任務はそれほど重要ってことよ」

「そっかそれは楽しみだな」


 二人して納得している感じになっているが、ティアにとっては予想外の事が多すぎて頭が混乱していた。

 

「ちょっと待ってください……お二人の関係も気になりますが……一つ質問をいいでしょうか?」

「ええ、大丈夫よ。なにかしら?」

「私……この依頼に必要ですか?」


 ジュリアンとの格付けはもう済んだ。ティアの完敗であった。まだ本気を出してないとはいえそれはジュリアンも同じだろう。

 さらにはそれ以上の存在がこの依頼に参加するという。

 ティアは自分の存在理由が無いように思えた。

 だがエレナーデはティアに近づくと肩をガシっと掴むと耳元で囁いた。

 

「あなたの力こそ必要なのよ」

「──ッ」


 女の身でありながらこれほどまでに誘惑させられることがあるだろうか。

 もし自分が男だったら完全に落とされていたとティアは思った。

 しかし伝説の英雄に必要とされるのは悪い気がしなかった。

 話だけでも聞く価値は十分にある。


「……わかりました」 

「ふふふ、ありがとう。概要は私が知ってるから応接室へと行きましょう」



 ギルドには依頼人と詳しい内容を聞くための応接室がある。

 時としてここは会議室ともなるので外からは絶対に聞こえない造りとなっていた。

 そこでエレナーデの対面にジュリアンとティアが座っていた。


「初めに言っておくけれど……これは極秘依頼よ」


 何となく想像はしていた。

 こんな早朝に集合というのもおかしいし、何よりティアの存在が普通に考えればありえないのだ。

 冒険者ギルドとアサシン組合では敵対こそしていないが、暗黙の了解みたいなもので必要以上に接近しない。

 もちろん依頼内容は異なって、基本的に一般市民は冒険者ギルドを頼る。逆に世間的には言えないようなことアサシン組合に依頼すると言った風に住みわけができていた。なので今回の依頼のようにタッグを組むというのはとても珍しいことなのである。

 ──つまり、依頼主はそれ相応の人物というのが予想できるのだ。

 ジュリアンとティアは無言で頷いた。


「まずは簡潔に言うわね? 依頼内容は姫の護衛よ」

「…………」

「ええええぇぇぇぇぇぇ!?」


 ジュリアンは平常心を保っていたが、ティアは椅子から立ち上がるほど驚いていた。

 姫とはむろんラグナブルグの王女殿下のことである。


「姫は今年14歳になったの。だから伝統にのっとり聖アナスタシア女学院に入学することになったのよ」

 

 女学院の名前にもなっているアナスタシアは伝説の勇者の名前。

 ラグナブルグにとって勇者とは偉大な存在。

 その昔、伝説の英雄たちと共に人間の勇者アナスタシアは世界を救ったという。

 ラグナブルグではそれ以来、勇者アナスタシアの偉業を後世に伝えるため聖アナスタシア女学院を創った。


 そして今回の依頼内容である姫の名前も、『アナスタシア』だ。


 ラグナブルグでは代々、神託を受けた王女はアナスタシアの名前を引き継いできた。 

 もちろん王女のすべてがアナスタシアの名を名乗れるわけではない。王女に生まれたからと言って全員が神託を受けることはなく、勇者としての素質を持った者だけが神託を受け、この名誉ある名前を引き継げるのだ。


「もうそんな時期なんだね」

「そもそも護衛って必要なんでしょうか?」


 ラグナブルグの王族は皆強い。

 当然ながら勇者の神託を受けたというアナスタシアも相当強いだろう。


「二人は聞いたことない? エグソイア教団って言葉を」

「なるほど、確かにいい噂は聞きませんね」

「町で騒ぎを起こしてる程度の連中だっけ? そんなに危惧することなの?」

 

 長きにわたる時代の流れによって伝承はねじ曲がった方向にも伝わってしまう。

 勇者アナスタシアのことをよく思わない者たちが現れた。それが『エグソイア教団』。

 エグソイア教団はアナスタシアを邪神と訴え、もう一人の英雄である『リーリア』こそが真の救世主だと声を大きくして活動しているのだ。

 その話の内容は滅茶苦茶で、「アナスタシアは男だった」「アナスタシアは無能だった」「アナスタシアはビッチだった」など、しょうもないことを言いふらしてはラグナブルグの住民を怒らせていたのだった。


「アナスタシアをこれでもかと目の敵にしていたエグソイア教団はついにこんな指令を出したのよ……」


【聖アナスタシア女学院にて姫を暗殺せよ】


 これは以前から問題を起こしていたエグソイア教団に密偵を忍ばせていたおかげで得た情報だ。

 残念ながらこれ以上の情報は幹部だけにしか伝えられてないようで詳しくは分からなかった。

 だがこの指令をエグソイア教団の全員が鵜呑みにする。

 まるで取りつかれたかのように「アナスタシアを暗殺せよ」と何度も何度も全員が呟くように言っていたという。


「だから私たちが護衛として姫の通う学院に潜入することになったのよ」

「なるほど」

「そういうことでしたか」


 つまり学院に生徒だか先生だかでエグソイア教団が潜伏してるってことだ。それを近くで守るには一緒に学院に入学するしかない。年齢もジュリアンは14歳だし、ティアもそれ相応の年齢だろう。エレナーデは先生として潜入すればいいし、この構成は納得ができた…………ってあれ?

 ここでジュリアンは作戦の内容がかみ合ってないことに気付く。


「でも僕は女学院には入れない……男だし」


(もしかして外から怪しいやつを見張るってこと? いやいや、だったら僕じゃなくてもよくない? 依頼は僕を名指しで指名されたものだ。女学院であるならばその理由がわからない)

 

 ジュリアンが悩んでいると、エレナーデが優しい笑顔を向けてこういった。


「あなたは女装して潜入するのよジュリアン」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る