第4話男の娘

 応接室の時が止まった。

 いや、空気が張りつめたのかもしれない。

 ジュリアンは壊れた時計のように首をギギギと持ち上げる。


「先生? 今なんて?」

「女装しなさいジュリアン」

「いやいや! さすがに無理だってば!」

「もう服は用意してあるわ。さあ着替えさせるわよティア」

「あはっ♪ 喜んで」


「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 応接室にジュリアンの断末魔が響き渡る。

 エレナーデとティアは何故か息ピッタリとなり、ジュリアンの抵抗虚しく瞬く間に捕えられすっぽんぽんにさせられた。


「……やっぱり女性は恐ろしい」


 ジュリアンは体を押さえてぶるぶると震える。


「いつまでそんなことを言ってるの! これは荒療治だと思って頑張りなさい」


 エレナーデの叱咤が飛ぶ。

 ティアは何やら複雑な事情があるのかなと心では思いつつも、目の前にいる玩具(ジュリアン)をどう料理するのかだけを考えていた。


「ティア、ジュリアンを拘束するから服を着させて」

「わかりました♪」

「いやあああぁぁぁぁやめてえええええええ」


 まるで女性のような悲鳴をあげるジュリアン。

 もちろん全力で抵抗をしているのだが、エレナーデにかかればそんな抵抗など赤ちゃん同然だ。なすすべがない。

 さらには出会ったばかりのティアに全裸を見られる始末。


「本当に男の子だったんですね!」


 ジュリアンの心は灰となって崩れ落ちた。



 ─



「さあできたわよ」

「すごいかわいい!!」


 ジュリアンは二人の声で意識を取り戻した。

 ショックからか気を失っていたらしい。


「ほら、見て見なさい」

「こっちに鏡ありますよ」


 背中を押されるがまま、ゾンビのような動きで鏡の前に立ってみる。


「これが……僕?」


 そこにはティアに勝るとも劣らない美少女がいた。

 黒い髪は綺麗に梳かされており、もともと童顔だった顔はナチュラルメイクで更に可愛く。そしてティアとおそろいの聖アナスタシア女学院の制服は怖ろしいほど似合っていた。


「こんな風になってしまうなんて……」


 ジュリアンは絶望したかのように自分の姿を眺めていた。

 すると抱き着くようにティアが身を寄せてくる。


「本当に可愛いですよ。同じ女として嫉妬しちゃうくらいには」

「そ、そんなことは……って女じゃないから!」


 ジュリアンのツッコミに気分を良くしたのか、ティアは本当に可笑しそうに、「あはは」と笑う。

 調子にのったティアはジュリアンの体を肩から腰にかけてゆっくりと指でなぞっていった。


「ちょ、ちょっと!?」

「ふふ、肩幅だって細いし、筋肉だって必要最低限で硬くないし、腰だってくびれがあるんですよ? もう完全に女の子じゃないですか」

「男の戦士として情けないんだけど……」


 そう、ジュリアンは戦士としては小柄であった。

 本人もそれをかなり気にしているのだが、体格は仕方ないと諦めるしかなかったのだ。

 

「身長だって私と同じくらいですもんね?」

「僕の方が1セクト大きい」

「…………そんなしょうもない意地を張らなくても」

「いや、そこだけは譲れないんだ!」

「同じようなものだし、男としては小柄じゃないですか」

「そうだとしても僕のほうが大きい!」


 例えエレナーデに身長が負けてたとしても同世代の女の子に負けたくない。ジュリアンの中のどうしようもない矜持が断固として拒否をした。


「ふーん、まあいいです。それよりほら! こんな可愛いものが」

「あぅ!?」


 ジュリアンは自分でも信じられないような声を出してしまう。それもそうだ。ティアが後ろから抱きつくような形でジュリアンの胸を触ったのだ。

 もちろんそれだけなら何の問題も……いや、少しはあるが些細なことだ。

 問題はそこじゃない。

 何故なら──ジュリアンの胸が膨らんでいたからだ。

 ささやかだが確実にそこには胸があった。

 驚きと焦りからかジュリアンはパニックになる。

 それをいいことにティアは容赦なく胸を揉み続けた。


 フニフニフニフニフニフニ。


「~~~~っ!!」


 またしても変な声がでそうになるジュリアン。

 羞恥心からか顔が真っ赤に染まる。

 何故か感度が増しているし、本物の胸のようだった。


「アサシン技である肉体操作の私オリジナルバージョンですよ」


 鏡越しにティアがニヤっと笑っていた。

 それは可愛らしい笑顔などではなく、ニタっとしたイヤらしい笑いである。


「肉体操作のことは知ってたけど、他人の肉体を操作できるなんて知らなかったわ。すごいじゃない!」


 エレナーデも絶賛だ。

 

「アサシンにとって肉体操作は必須なんですよね。相手の好みによって体を変化させたり、変装したりしないといけないので。でも他人まで変化させられるのは私だけなんですよ!」


 ティアはエッヘンと胸を張った。

 気分がよくなったのかさらに饒舌になる。


「胸の周りの脂肪をかき集めて固定したんですよ。もうちょっとふくよかだったらもっと胸を大きくしてあげられたんですけど……全く余分な脂肪がないから苦労しましたよ!」

「すごいわね!」

「さ・ら・に! 特別に感度もばっちり上げておきました! これでジュリアンちゃんは胸を揉まれるたびにあえぐことになります!」

「……そ、それはちょっとサービスしすぎね……」


(ナニヲイッテルノカワカラナイ……え? これってもしかして永遠にこのままなの?)


「い、一生このままなの?」


 顔面蒼白になりながらそう言うとティアは残念そうな顔をした。

 

「残念ですが緩やかに元に戻っていきます。だから定期的に私が処置してあげますね」

「しなくていいから!!!」


 そう言ったところでハッと大事なことに気が付いた。

 先ほどから下半身がスースーすることに。

 ジュリアンは恐る恐る下半身を触ってみる。

 すると──


「…………ない」

「え? 何が無いんですか?」


 ティアは確信犯だ。

 ニヤニヤ笑っている。


「だ、大事なものがなくなった……」

「それだけじゃナニを無くしたのかわからないですよ?」

「わかってるじゃないかぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」


 ジュリアンはティアに飛び掛かった。

 まるで飢えた野生の魔獣である。

 無くなったものを取り戻すために必死なのだ。

 しかしティアは余裕でひらりと躱す。

 勢い余ったジュリアンはバチーンと激しく床に激突した。


「か、体が上手く動かせない」

「ああ、強力な麻酔を打ちましたからね。さすがに暴れられると厄介ですので」

「ああぁぁぁぁううぅぅぅぅ…………」


 情けない声をだして本気で泣くジュリアン。

 それをみたティアは心配そうな顔をして肩を叩いた。


「大丈夫。とっても可愛い女の子になったんですから……ぷぷ」

「って笑ってんじゃないよ!!!!!」


 あははと部屋中を駆けずり回るティア。

 ジュリアンは麻酔のせいでよろよろと追いかけるが、ついにはへばってダウンしてしまった。


(やっぱりティアは悪魔だ……)


「はいはい、じゃれるのはそこまでにしなさい。ジュリアンもそんなに気に病まなくても大丈夫よ。一週間もしたら元に戻るらしいから」

「ほ、本当ですか!!?」

「残念ですけどね……ぷぷ」

「ぐぐぐ……」


 相変わらずティアはムカつくがそれならば依頼のためと我慢できるかもしれない。


「ああ、でも一つだけ忠告させていただきますけど……じっくり見てはいけませんよ?」

「ん? どういうこと?」

「むりやり押し込んだ形となってるので、女性が見れば違和感しかないはずです」

「お、押し込んだ!!?」


 今自分の下半身がどうなっているのか……ジュリアンは怖ろしくて見る気にもなれなかった。


「あ、ちゃんとおしっこは出来ますので安心してくださいね」

「ぐっ……」


 ジュリアンは自分が座ってする姿を思い浮かべてみた。


(……なんていうかとても恥ずかしくなってきた)


「ぷぷ」


 ティアもそれを想像したらしい。口を手で押さえて笑いをこらえていた。


(……く、どうにかこの悪魔に反撃するすべはないものか!)


「こほん……なので女性になったからといって女生徒とエッチなことはしないようにお願いしますね? バレちゃいますよ?」

「するかっ!!!」

「ほんとうですかぁ~?」


 ジト目でニヤニヤと見つめてくる。


(くそぅ! 好き放題言って! ……ってあれ? ティアは無理やり押し込んだっていってなかったっけ? ……ということは?)


「ティア、きみ…………触ったでしょ?」

「──ッ!?」


 あからさまに動揺したような表情をするティア。


(ははん……さてはティア……)


「僕のを触ったのかってきいてるんだけど?」

「……そ、それは……」


 急にもじもじとバツが悪そうに視線が泳いでいる。

 その反応で考えていたことは確信へと変わった。

 

「もしかしてティアは……男のを初めて触った?」


 肩をビクンとさせるティア。

 顔が急激に真っ赤に染まっていく。


「う、うるっさああああああああああい!!!!! ええ、触りましたよ! 思い切り触りました!! ああ、どうせ初めてですよ!! むしろこれが男の人のものかって感動しましたよ! だからなんだっていうの!? 悪かったですね! 私はそういう経験全くないですよ! アサシンなのに処女ってどうせ笑いものですよね!! いいんですよ笑って!! ほら、笑いなさいよ! ていうか笑ええぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!」


 もうめちゃくちゃだった。

 早口で一気にまくしたてるとぜえぜえと肩で息をする。

 あまりにも全力だったので、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。


「えっと……なんかごめん」

「謝るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!」


 絶叫が応接室に響き渡るのだった。


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