第5話告白
「はあ……二人とも落ち着いたかしら?」
「「……はい」」
エレナーデにこっぴどく説教をされてとても従順な二人となっていた。ソファーに並んで大人しく座っている。
ジュリアンは自身の胸元や股間が気になるのかずっともじもじとしている。それを見たティアは、「あとで下着も買いましょうね」などといってからかっている。本当にブレない子だ。ジュリアンもジュリアンで「うるさい! とりあえずもとに戻せ!」とティアに掴みかかった。
……そんなジュリアンを見てエレナーデは感慨深くなる。
もともとジュリアンは奴隷だった。
顔が可愛かったこともあってジュリアンの主人は女性だった。そのためちょっと特殊な虐待を受けていた。
とある事件をエレナーデが解決したのがきっかけとなりジュリアンを救う形となった。
しかしジュリアンには後遺症が残った。それが女性恐怖症だ。
エレナーデのことは救ってくれた恩人ということと、数年間にわたり母親のように接したこともあり大丈夫になったのだが、その他の女性は依然として苦手なようだ。
しかし今はどうだろう。
今日であったばかりのティアとこんなにも打ち解けている。
エレナーデは若干の嫉妬を覚えたが、ジュリアンが成長することは素直に嬉しかった。今回の依頼も半分はジュリアンのために受けたようなものだ。
「……さて、これから重要なことを話すからしっかりと聞いて頂戴ね?」
「だそうですよ?」
「ったく……調子がいい奴」
二人で掴み合っていた手を離す。
放っておくとこの二人はすぐにじゃれ合う。まあ主に自由奔放なティアがちょっかいを出しているのだが。
ただ空気はよむようで、話を聞くときは静かにしていた。
「まずはジュリアン。あなたには名前を偽装して潜入してもらうわ」
「そうですよね。ジュリアンってちょっと女の子としてはいまいち」
「……まあもうなんでもいいよ」
女装をしているのだ。今更名前で文句をいってもしかたない。むしろ女の子として見られているのにジュリアンと呼ばれることに抵抗があった。
「名前はリリアンで登録しておいたわ」
「いい名前ですね」
「……ちょっと可愛すぎない?」
「もう一度自分の姿を確認します?」
「いや……遠慮しておく……」
「ピッタリなお名前ですよ♪ ふふ」
「…………」
ジュリアンはもう何を言われても気にならなくなってきたようで、こうやって人は流されていくんだろうななんて思っていた。
しかし名前以外にも問題点があるように思える。
「懸念してることがあるんだ」
「何かしら?」
「声で男だってバレるんじゃない?」
「…………」
「…………」
ジュリアンがそう言うと二人は急に黙ってしまった。
ティアがテーブルに身を乗り出してエレナーデに耳打ちする。
「ジュリアンって天然なんですか? 自分の事全然わかってないですよね?」
「おい、聞こえてるよ」
「そうなのよ。ちょっと自分自身の事を過小評価するところがあるのよね。声だってこんなに可愛いのに」
「ですよねー全然男だなんてわかりませんよ。最初男か女か分からなかったですもん」
「いや、それは言いすぎ」
「本当ですよ? あまり喋ってくれなかったから苦労しましたよ」
(なるほど。だからあんなに疑ってたのか……)
「でもなんであまり喋ってくれなかったですか? 私がアサシン組合のものだからですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ……」
ジュリアンはなんて言ったらいいか悩んだ。女性が苦手と言うべきか否か…………いや、言うべきだろう。
女性が苦手なんて隠し通せることではない。これから学院を一緒に過ごすとなるとティアのフォローが確実に必要になる。ならばいっその事、やりやすいようにぶっちゃけるべきだ。
「笑わないでほしいんだ」
「はい、絶対に笑いません!」
「……いや、ティアもう笑いそうじゃん」
「だって絶対に面白いに決まってるじゃないですか。さあ、早く私を笑わせて下さい!」
「笑う気満々かよ!!」
(ダメだこいつは! でも仕方ない……いずれはばれることだ。腹をくくろう)
「…………僕は女性恐怖症なんだよ」
「はい?」
「だから僕は女性がダメなんだ! 話すことはもちろん、近くにいるだけで震えてしまうんだよ!」
怒鳴るようにそういった。
しかし、そんな熱量のこもった告白も虚しく、ティアはつまらなそうにため息をついた。
「何を言うかと思えばそんなつまらない嘘ですか。今私とこうやって話してるじゃないですか。ていうかさっきまでお手手つないで楽しくいちゃついてたのはなんだったんですか?」
「別にいちゃついてないから! ……まあ単純にティアのことは女性として見れないって言うか……」
「はぁ?」
ティアの目つきがだんだん悪くなっていく。
「こんな可愛い子をつかまえて女性として見れないってアホなんですか? 目が腐ってるんじゃないですか? 頭切り開いて脳を見てあげましょうか?」
シャレにならん暴言が飛びだす。
「いや、そういうとこだよティア」
「何を言ってるんですか。この可愛い口から飛び出す言葉は癒しの言葉だってそこらへんの浮浪者が言ってましたよ」
「もっとまともな奴にきけよ!!」
「あーもう! いいから謝ってください! 私の心は傷つきました。土下座して足を舐めて下さい」
「誰が舐めるか! 気持ち悪いわ!!」
「はぁ!!? 気持ち悪いっていいましたね!? そこらへんの浮浪者だったらご褒美なのに! ティアちゃんの足の価値をわかってませんね!!」
「そんなの理解したくないから! もういいでしょ、パートナーとして支障はでないんだから」
「……むぅ、なんか納得できないですね。ていうか本当に女性が苦手で支障はないんですか? 女学院に潜入するんですよ?」
「うっ……」
ティアの御意見はごもっともだった。周りが女性だらけの場所など拷問に近い。なのでティアの協力が必要なのだ。
ジュリアンは姿勢を正すと、隣に座っているティアに改めて向き直った。
「お願いだティア。女性が怖くならないように、僕に指導をしてほしいんだ」
せめて学院に入る前に少しは克服しておかなければならない。
今のままではまともに話すことさえできなかった。
「指導ですか……なんかいい響きですね! いいですよ! 私がビシバシ鍛えて上げましょう! …………ところでどれくらいまでなら女性と接することができるんですか?」
「……まったく」
「え?」
「話すことさえできない……ましてや触ったら気絶する」
「はあ?」
ティアはありえないという表情をした。
今の饒舌っぷりを見ていると、そんな感じには露ほども感じないからだ。
ティアはエレナーデの顔を探るように見た。エレナーデは残念そうな顔をして、「本当よ」と言った。そして続けてこう言った
「今日の顔合わせでどうなるかと思っていたのだけど、なぜかティアだけは大丈夫だったからすごく驚いたし、それと同時に嬉しくも思ったわ。すべての女性が苦手ではないんだってね」
「複雑な気分ですね」
ティアとしても特段女性として見て欲しいってわけでもないんだが、まったく見られないって言うのも癪なのである。
年相応の乙女心に、もやもやとしたものが渦巻いていた。
「まあ、今回の依頼は私としても絶対に失敗はしたくないですし、協力することにやぶさかではないです」
「本当か!」
「──ただし」
ティアはジュリアンの両肩をガシっと掴むと、覗き込むように顔を近づける。
急なことにジュリアンは少し顔を強張らせる。
「私の特訓は厳しいですからね♪」
「……は、はい」
口角を上げてニヤリと笑うティアをみてジュリアンは思った。
無事に女学院に潜入できるだろうかと。
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