第7話バレませんでした
細かい打ち合わせを終えてギルドを応接室をでるころには日は高く昇っていた。
ロビーからは冒険者たちの喧騒が聞こえてくる。
「ってちょっと待って! 僕女装したままなんだけど!!」
何となく部屋をでたが足に風を感じて気が付いた。妙にスースーするのでおかしいと思ったのだ。
「別にいいじゃないですか。今の|リリー(・・・)ちゃんなら誰も気が付きませんよ」
「何そのリリーちゃんって」
「あなたの愛称ですよ! 今日からもうリリーって呼びますので慣れて下さい」
「うぅ……それも任務のためなら仕方ないか」
「そうですね! あとは可愛いからでしょうか♪」
「そっちかい!」
「当たり前です! ていうか邪魔なのでさっさと歩いて下さい」
「でもギルドには僕の事を知ってる人がたくさんいるよ?」
「これから女学院に潜入しようとしてる人がそんなことでひよっちゃダメです。ほらほら! さっさと歩く!」
「あっ、ちょっと押さないでよ!」
ティアはリリーの肩越しに引っ付きながら鼻歌交じりに背中を押す。
リリーはまだ覚悟が決まってないのか、「一旦待ってよ!」と悲鳴交じりの声を出すが、「ダメですよ~♪」とご機嫌なティアに押し出される。
そうしてロビーまでじゃれ合うようにしながら到達してしまった。
そんな二人がロビーにいくと喧騒は止み、場がシーンと静まり返った。
なんせ可愛らしい女子が二人も奥から現れれば注目は集まる。しかも聖アナスタシア女学院の制服をきているのだ。
お嬢様が二人もこの場にいるというのはギルド始まって以来の出来事なのだ。
当然、何事かと冒険者たちはざわざわとし始めた。
(ぜ、絶対僕が女装してるってひそひそ話してるよ)
(大丈夫ですってば! 試しにほら! あそこの人に話しかけてみたらどうですか?)
(いやいやいや、あの人はワットさんっていって知り合いだから!)
(ならばちょうどいいじゃないですか♪ ほらほら)
(ちょっと!!)
こちらも耳打ちで会話をすると、ティアは狙いを定めた20代のマッチョの元へとリリーを押していった。
「お兄さんこんにちは♪」
「あ、ああこんにちはお嬢さん」
突然話しかけられたワットも驚きながらも挨拶をする。
(ほら! 挨拶してください)
(ううぅぅぅぅ)
リリーは知ってる人ということもあり逃げ出したかったが、さすがに全力疾走で逃げるわけにもいかない。自慢の足を使ってしまったらバレてしまうからだ。
だからといって挨拶しないのも変に思われる。
リリーは覚悟を決めて口を開いた。
「こ、こんにちわお兄さん」
リリーは恥ずかしさをこらえながら、上目遣いでたどたどしい感じにそう言った。はたから見れば完全に惚れた相手にするような態度だった。
「うっ!」
ワットは胸に手を押さえると、顔が崩れ始めた。それは照れているようなニヤけているようなだらしない顔になっていた。
リリーに恋をしてしまった瞬間である。
「……お嬢さんの名前を教えて欲しい」
「えっ!?」
絶対にばれると思っていたリリーは驚いて目を見開いた。
その行動がワットを勘違いさせ焦らせた。
「す、すまない! もしかしたらどこかで出会っていたのかな? しかし君のような可愛い女の子を見忘れるはずがない。もしかして俺がファンだったりするのかな?」
「え、えっと……あったことないですけど」
「そうか……じゃあ君はファンってことかな? で、名前はなんていうのかな?」
「……リリアンです」
「リリアン……なんて可憐な名前だ! ではこの素晴らしい出会いを祝してこのあと食事にでもどうかな?」
「ぼ……わ、私はその……このあと用事がありまして」
「そ、そうか。じゃあ、明日でもいいからどこかで待ち合わせをしよう。そうだな……中央広場の噴水にお昼丁度でどうかな?」
「あ、い、いえ……待ち合わせとかはちょっと……」
「じゃあいつなら大丈夫かな?」
「えっと……」
微妙なやり取りが繰り広げられる中、リリーは女性としてどう振舞えばいいのか分からず心の中で助けてくれと願っていたが、ティアは後ろでニコニコしているだけだ。
だがついに横から口を挟んできた者がいた。
「おいワットのおっさん。なに子供に手をだそうとしてるんだよ」
槍を持った10代後半の若者だった。
(誰ですか?)
(若手ホープのカインズさん)
赤髪で身長も高く、エレナーデを肩を並べて歩いても違和感のないワイルド系のイケメンであった。
(へえ~中々カッコいいじゃないですか)
(助かった……こういう所が女性に大人気なんだね)
(確かにモテそうですねぇ)
(うん、だけど誰とも付き合ってないらしいよ)
(ああ、私のリリーちゃんがカインズさんに惚れちゃいました! よよよ)
(いやいや! なんでそうなるの!!)
こちょこちょと耳打ちしてる間にもワットとカインズの会話はヒートアップしていく。
「なんだお前! 俺がこの子に好かれてるからって嫉妬してるのか?」
「はんっ! そんな訳ねーだろうが! そもそもさっきから話がてんでかみ合ってねえじゃねーか」
「な、なんだと!?」
ワットはドンとテーブルを叩くとカインズに迫った。
「よーし解った。どっちがリリアンに相応しいか決闘だ!」
「ふん、別に子供に興味はないが決闘を挑まれたからには逃げるわけにはいかねえ……やってやろうじゃねえか」
カインズの承認発言を聞いた冒険者が騒ぎ始めた。
もちろん皆面白がっている。中には賭けを始める者まで出始めた。
(面白くなってきましたね!)
(……なんでこんなことに)
(ほら! 訓練所に移動するみたいですよ!)
(今のうちに帰らない?)
(何言ってるんですか! あなたを巡って男たちが戦うんですよ? これを見届けない女は女じゃありません!)
(いや、僕男だし)
(さあ、早く移動しましょう!)
(聞いてねーし!!)
自由なティアは早く早くとリリーをせっつく。
リリーもさすがに罪悪感があるので見届けることにした。
訓練所は冒険者の試験を行う会場でもある。
戦うには十分な広さもあってロビーにいた冒険者は殆ど集合した。
リリーは目立たぬように端っこにいようとしたが、今回の主役だということで冒険者たちに中央へと押し出された。
眼前には戦う準備のできたワットとカインズ。試合開始の合図を待っている状態だ。
「では今回の戦いの発起人となったリリアンちゃんに戦闘開始の合図をお願いします」
一人の冒険者が実況をするようにそう言うと魔道マイクを渡してきた。
リリーはもうどうにでもなれと手を上げて合図をする。
「では開始!」
──試合はあっという間に決着がついた。
カインズの圧勝である。
試合開始と共に鋭い槍がワットを圧倒した。
何もできぬままワットの武器が宙を舞ったのである。
「カインズの勝利~!」
実況がそう宣言すると、カインズは槍を収めてゆっくりとリリーの元へとやってきた。
「おい、これでもう大丈夫だろ。これからは安易に男に声をかけるんじゃねえぞ」
「はい、ありがとうございました」
こんな大事になってしまったのは不本意だったのだが、この場を収めてもらったことは感謝してもしきれない。
リリーは素直にお礼をいってニコっと笑顔になった。
「……お前……ちっ、ワットの気持ちが少しだけわかったぜ」
「え? どういうことですか?」
少し間を置いた後、カインズは照れながらこう言った。
「もしよかったら俺と友達にならないか?」
「……えっ!?」
カインズはそう言って手を差し伸べてきた。その言動に冒険者たちがざわめきだした。
「あのカインズがついに!!?」
「女に興味なかったんじゃないのかよ!」
「俺のリリアンちゃんに何を言ってるんだよ!」
「キャー私のカインズさまが!!」
「あの小娘ゆるすまじ!!」
驚きや嫉妬でざわめきが起る。
当然リリーも驚いているので、差し伸べられた手をどうしたらいいのか逡巡した。
(友達ならまあ……)
リリーは言葉通りの意味で受け取り、カインズの手を握った。
そもそもジュリアンの時は話すことすらあまりなかった人物なので素直に友達になれるのは嬉しかったのだ。
「ありがとう。これからよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
互いにがっしりと握手を交わすと、どこからかひょっこりとティアが現れた。
いつの間にか一人になっていたので、どこに行っていたのか分からなかったのだ。
「カインズさん。私のリリーちゃんは嫁にはあげませんよ?」
ティアはそう言うと強引にカインズの手から引きはがし、自分の体にグイっと寄せると腕に絡みつくように抱きついた。
「べ、別に今はそういうつもりはない」
「今は? 今はってことは将来ってことですか?」
ティアは悪戯する時のような顔をすると、矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「数年後リリーちゃんはきっといい女になるでしょうね! でもその時は私の嫁とするのでダメです。ていうかもう私の嫁です」
「お、お前らは女同士だろうが!」
「関係ないです。私は女性でも愛せる女なんです。だからあなたには渡しません。さようなら」
「お、おい!!」
ぺこりと頭を下げたかと思うと、そのままリリーを連れてギルドを出て行った。
残されたカインズはポリポリと頭をかくとボソっと呟く。
「絶対あきらめねえぞ」
この言葉は誰にも聞こえていなかった。
毒舌アサシン娘にもてあそばれますっ!? うさぎむら @usagimura
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