Vedete-25:流心にて(あるいは、創生/傀絶/イルピュグランデネミコ)

 半分が金属で出来た「それ」は、回転の残滓を纏わりつかせたまま、遥か高みまでするすると、奇妙に静かな時空間をかき混ぜつつ打ち上がっていったのであった……あたかも真夏のじめつく夜空を散らすような大輪の花火が如くに……


 なんて。


 は私の回転する「首」を真下から見上げながら、次の挙動をもう始めている。というか終えている。回る視界の中で、少しづつ像が結び固定されていく中で、右踵を振り抜いたままの姿勢で、驚愕の顔で固まったままのチラーヂンさんの心の臓を貫く色氣の一撃を私は回転の中から流れを紡ぐように。撃ち放つというよりは、すっと通すような感じで。真っ直ぐな、白銀の、透き通るような光の、静かなる一撃を。


「……何から何までデコイだとは……畏れ入った」


 掠れる声からも力は失われていくようで。もうおそらくはその身体にまっとうに色氣が流れることは無い。「孔」を増設したゆえの、弊害、とまでは行かないかもだけれど、「孔」をいじくる事に関しては、「二度目」というものは無いということ、それは分かっていた。他ならぬ私の体を使ってそれは実験済。亜麻色の髪にふわり空気を孕ませながら、正に糸の切れた操り人形のように、チラーヂンさんの細い身体は仰向けに倒れていく。私の方を見ながら思わず、といった感じで浮かんだ笑みと向き合いながら、「何から何まで囮」ってゆうのは確かに、と先ほどの斬り結びの瞬間を思い返す。


 直前に右脚を飛ばしたのも策。でもあまりにあからさまだと「囮」と見抜かれちゃうからそこは精密に、本気で相手の軌道をも読んで放った。この真剣ガチ感こそが策だったと、言えなくもないかも。そして回転する軸を身体の中心に据えた。そうなることが自然かのように思わせたのも、まあ策。そして狙ってくるのは当然「首」と認識していたから。そこは図らずも晒した感をまぶしつつ、頸部にあの「Ⅸ式」が通過するのを待った。勿論私の本当の、では無く、精巧に精巧を施した金属の生首の、だ。全部が金属製だけど、半分だけ本物っぽい「肌質」を再現させた。それを自分の喉元にくっつけ、自分は最大限首を背後に反らして外套マントで覆い隠していた。そして回転をかますことで見誤らせた。色氣の視界を切らせていなかったらまぁ丸見えだったでしょうけど、それをさせないために私自身とそれに茶坊主くんたちにも擬態カモフラを施していた。


そして顔半分が金属と、「見せかけていた」。肌の色との二色、それらは回転することで目立つ「模様」を呈する。それを間違えなく狙わせるように、狙いを外させないように。あえて「左目」から「リング」を外して見せたけど、それも擬装。本当の私の首から上は幸いにも生身。その左反面に仮面のように金属の「面の皮」を装着していた。さらには「金属半身」に見せかけていたけれど、それは「実視界」を欺くっていうか、つまりは二重の策。「囮の囮」。そこは逆に疑いづらいよね……そしてそれはお兄ちゃんとお姉ちゃんがあの時必死で治療を施してくれたから守られたものでもあり、それを思い出し考えるだけで、私の生身の胸底にも、金属の手足の先の先までも、暖かい色氣の奔流のようなものがあふれてくるようで。


 果たして、ぎりぎりだったけれど倒すことが出来た。でも、この人でも無いみたいだ、「施術者」じゃあ無い。じゃあ――?


 一方、同刻。


 北北西地区、矢翻ヤーボイ。地区全土に監視の目を光らせし要衝ながら、ひらけた平野にまるで遥か天空より落下し、そのまますとりと突き刺さったかのようにして在る様子はひと目異様に映る。さらには守るには向かぬような、高々とした「塔」の如き佇まいをしていることも一層違和感を攻め方に与えてくるのであった。


 大体において面妖なるが此方の流儀とも言えるが……とは言え、色氣による、というよりは「実視界」に因りて警戒を敷いている、といったところだろうか。それは常日頃からのこと、だろうか? であらば図らずも、アザトラ殿が策していた事とは逆になったわけだが。が。


「……」


 問題は無い。


 闇に紛れる、という風情でも無く、その細き体に頭から被るように巻き付けるようにして纏っている深い藍色をした「布」は、まるで周囲の微弱な光をも吸い取り尽くすかの様相の一方で、その編み込まれし繊維の一本いっぽんがそれぞれ微細に蠢くかのように変化しては、「確かに何かがあるような感じはすれど、改めてそこに焦点を合わせてみると何も無い」というような不可思議な視覚情報を、見る者に与えてくるのであった。結果、「気のせいか」の意識を相手にごくごく自然に与えて「事なきごと」へと思考をも欺く。


 猛流タケルダの乱破としては基本も基本の隠密術であり、「色氣の視界」が未熟なる者相手であれば、いかな多勢がひしめき合う中においても、必殺の間合いにまで容易にそれこそ擦り抜け至ることも可能な、最重要も最重要なる業ではある。しかし最近では輩玖珠ヤクラックス家を皮切りに、色氣の多寡を無理やり上乗せされたかのような、使い方も知らぬままにいくさ場に出されている輩も数多く、そのような者たちが不随意に放つ、濁流が如き色氣の流れの内では、「無」を保てなくなる実情もあり、己が一党の諸活動も少々やりにくく感じている。現況、主君であるところのリアルダ専属の御付きのようなことをやっているのも、そのような時流による面があることも否めぬのだが。など、コタローはかの如き時においても思考を走らせながら闇の中「塔」に苦もなく近づくと、懐から取り出したというよりは自らの胸元より迸り出てきた一本の「襷」の如き黒い細い布が直上向けて弾け飛んでいき、その数瞬後、今度は上方より引っ張られるかの挙動にて、ほぼ無音でコタローの身体が弾け跳んでいく。


 そのさらに数瞬後。


「……窓から? 諸々対策はしていたのですが」


 「塔」最上階。地上およそ七十メトラァはあろうかという石造りのつるりとした外壁には色氣、その他を問わず、侵入者を阻む様々なる「仕掛け」の類いが施されていたはず、と思いつつも、宇端田ウパシタ側が何かしらやってくるだろうとの旨は言い含められていたゆえ、そこはそれほど問題にあらず。しかしてひとまず声を掛けるように発してみる。果たして、


「……そなたが『天赤てんぜきのアジルバ』殿でござるか」


 朧月が微かに薄明りを差し入れてくる西側の大窓の枠に佇むは、そう、正に力みも何も無くただただそこに立っているかの如き気配の藍衣の者は……己と同じくらいの年恰好の、小さき体躯の少女である。その返答のようでその実、問いかけであった声色ばかりが幼き音程を孕んでいるのが逆に不気味まである、落ち着き払った言の葉そしてその静かなる所作。玉座に座りしこちらを不躾に見下ろしてくる瞳は、黒い光を宿しているようにも、深い闇を湛えているようにも窺えた。


「左様で、ございますれば」


 おそらくは単騎にて乗り込んで来たのだろう。「塔」内外が静かすぎる。そして「将」である自分を一本釣りするためにそのような策を取ったのであろう。そこは想定内とも言えなくもない。無論、その策、というか目論見未満の荒唐無稽な突貫を許したのは、解せないことではあるものの。


 只の、忍びでは無い。


 あくまで自らは弛緩した姿勢にて玉座にしなだれかかりながら、視線を走らせる。窓枠のところから、す、とこちらの意識の狭間を擦り抜けるようにして、藍色の布がはだけ、黒色の短衣に包まれた華奢に過ぎる肢体が現れると、塔内吹き抜けの円い大空間にて、彼我十メトラァほどの距離にて相対する。


猛流タケルダ琥荼瀧コタロー李枇ァ梛リクシアナよりの命にて、そなたの色氣を根絶させる」


 少女―コタローから流れ出でるは、やはり感情の何もかも封じた、いやあるいは落とし尽くしたかに思える言の葉。隙は無さそうですわね流石、などと思いつつも、此方……アジルバの方も大した感情の動きも無く、そして大した強張りもなく自然なる動作にて玉座より立ち上がる。


「自ら名乗り上げる忍びも珍しいこと。何となく……私以外にも聞かせるかのような……そう、他と『通信』のようなことをしているようにも思えますが」


 白き、肩までの髪は透き通るかの質感を漂わせており、その下から覗く紅き両の瞳だけが、かろうじて血の通いらしきものを感じさせる。身に纏った純白の、いささか装飾過多にも見えるふわり裾の広がりし衣はしかし、そこから伸びる二の腕の白さと比べると明度彩度がやや劣るのではと見まごうほどに、少女の肌もまた、光を透過しているかのようにほぼ血の気を感じさせない。が、おそらくは色氣を生み出す呼吸へと切り替えたと思った刹那には、その「白」をより際立たせるかのように、細く紅い直線と真円とで構成されし「紋様」のようなものが、無作為ながらしかし整然と見えるほど細密に、全身に浮かび上がってくるのであった。


 察しの良さは、黒幕――「施せし者」と思えなくもないが、にしては年若い、とも思える。とは言えあっさりと仕留められる相手でも無さそうだ……コタローは懐から先ほど使用したと思しき「襷」状の黒布がしっかりと巻き付けられた短き「棒」を取り出すと、右手でそれを力無くぶら下げるようにして保持する。


 どのみち、任務を遂行するまでではあるが。


「アジル=バ・蔚樟耽イクスタンジ。セファ様より生み出されしこの色氣……絶たれることなんて、それはとても耐えがたきこと。ほんの少しばかり……抵抗させていただきますわ」


 が、白で統一された少女、アジルバの身体から瞬間「重さ」を持って発せられてきた色氣の異様さに思わず意識を持っていかれそうになる。それを鋭き呼吸にていなすと、コタローの方も自らの色氣を高めていく。青にも藍色にも見えるその「煙」が如くの色氣が、対照的に重力に抗うかのように身体の周りをぼんやりと包んでいく。


「これは相当の使い手のよう……よろしければ、貴女もセファ様の『施術』を受けてみなされば? 世界が……一変しますわよ?」


 初めて、感情が乗ったような声を発した気がした。おそらくは、本心からのであろう。であれば。


「……その『セファ様』の方は……根絶させるのは色氣だけにとどまらぬが」


 一発、ハッタリと煽りをカマせておく。互いに凪ぎきったこのような場では、万に一つも勝ち目は無いと、そう思わされてしまったから。


「……それは残念」


 ふっかけてはみたものの、アジルバ嬢の上っ面は大した変化を見せてはいない。が、その身体より溢れ出てくる紅き色氣は石畳の上でもったりとした挙動にてその勢力範囲を不気味に広げて来ている……まあ初っ端のやり取りは形勢不明ということで。


「……」


 こちら側より、推して参るほかは無い。


 コタローは呼吸を緻密に整えていき、撃発の瞬間に備え始める。

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