Vedete-24:間隙にて(あるいは、噛み砕かれたる時空間のスパァコ/モォルテの間に間に)
――「憑伽藏士」、ね。
「まあ知らんけど。アンタが何を名乗ろうと、アタイはアタイで今ここで。ただただその何とかってのを仕留めるだけだけれどねぇ」
徐々にこの広間に色氣が澱み満ちていくようだ。「色氣視界」は先ほど切ってしまったので顕現されていないそれらは最早「気配」としてしか察知は出来ないけれど。そして桃色ちゃんの切った啖呵は受け流したものの、その半分金属の顔に浮かぶのは凪いだ微笑であることに変わりは無く、さらに右の鼻腔から一筋の血を何の脈絡も無く静かに流しているという静の怖ろしさのようなものに圧倒はされつつある。いかんよねぇ、将たる私、「洋蒼のチラーヂン」ともあろう者がねぇ。
しかしこの体裁きよ。自分の体ならざるものを操っての、あの速度と精密さよ。そしてあの不気味極まる坊主共よ。「仕留める」とか自分にも言い聞かせるために声張って宣言したものの、まあここからは本当に気を張らんとだわぁ……
「
甚大なる力は発揮されると、そうなっているから。そう決めているから。縛り付けられた方が反発して力が出るとか、そういう気の持ちよう。そういうのが色氣界隈では意外と馬鹿にならないというか、それだけこそが事実と言っていいまである。
よって「何とか士」とかのたまってた目の前のコのこれまた尋常ならざる「制限の掛け方」には何と言うか、望んでなったわけでは無論無いってのはそうなんだけれど、「右腕のみ」ってのは相当なもんよねとか考えさせられている。その上で「金属体をいくつも同時に操る」か……搦め手、も搦め手。絡めとられちまうわけにもいかない私としては出来ることって単純に限られている。
一点切断。狙いは相手の首一本。先ほど見せた途轍もない回転運動も、軸は割と固定されてたように思える。おそらくだけれどそして回転したままこちらへと突っ込んでくる、はず。その軌道までは予測できないまでも。でも奥行方向から手前へと、漫然とでも軌道を誘導することが出来たのならば、であれば私の能力の方が先に届く、到達する、はず。
「……『一撃勝負』と、そんな顔をしていますね」
ふわりそんな言の葉が。目の前の金属少女は、先ほどから芝居がかった物言いを続けているのは何でか、だけれどねぇ。私が外連味を「纏う」ような、ある種そんな本人にとっては「意味のある」ことなのかも。てことは私と貴女は意外と根っこのところでは似ているのかもねぇ。ゆえに思考の帰着点もそんなにはずれてはいないはず。再びあの黒い布団のような外套のようなものを肩から羽織ってるけど。一方で茶坊主共は粛々と部屋の隅へとはけていき、ちんまりと三体が正座して、そこで動きを止めた。「傀儡」はもう使わないってことかしら?
そう一撃。これは居合勝負だ。単純なる、そして純粋なる。どちらが先に相手に自分の斬撃を届かせることが出来るか。相手の意識を刈り取る箇所へと。私は色氣の刃、相手は金属の刃。
「孔」の多寡の有意さ、優位さを信じろ。それだけが私の唯一の拠り所。唯一無比の寄る辺。そして全てはあの方のために、という、心の芯の靭さ。それも体の中心から隅々まで通しておこう。全身の孔を巡るように。
「『抜きな、どっちが……』って奴だぁね。考えてることは同じか。まあ必然の終着としてそうはなるってもんさぁ。間合いはこんなもんでいいのかい? もっと近寄った方がアンタにとっちゃあいいんじゃあないかい?」
言わでものことを外連味をまぶしつつ放ち紡いで、私は思考する時間を稼ぐ。一撃を……と言いつつ、出力の許された限りぶん回すもありだとは思う。思うが……やっぱり初撃で決めないと次の瞬に飛んでいるのは自分の首だったりかもねぇ……いや、そこまで滅茶苦茶でなくても、逆に一点精密へ振らなくてもいいのか? 間を取って、さらには裏をかいての「中庸」。相手の「首」一点と狙いを定めない方がいいのでは。ふんわりとした感じで。かっちり狙いを定めてしまうと瞬ほどでも「出」は遅れてしまいそうだから。もっとざっくり。それでいてただ狙いも無く、って感じでも無く。
例えば「軸脚」、例えばぶん回されてくるだろう「蹴り脚」。そこら辺なら、いかな高速の攻撃でも毛ほどくらいは揺らすことが出来るんじゃあないの? その上での「二撃目」、で仕留める。
割と良い案と思った。いける策では? そしてそのように思い込むことこそが、実は最大の「策」であったりもする。何てね。でも迷いは振り切った。後はそのように私の右踵を振り抜くだけだ。
「間合いは上々ですよ? そして準備がお整いでしたら? 始めましょうか?」
桃色娘は、半面金属の顔を笑みのかたちへ。語尾を跳ね上げる喋り方と共に、纏った「黒布団」を再び頭から被る。んん? 何か違和感。「暗器」か? それもあったっけ。いや、そちらにも思考とか注意を割かせようっていう、「策」? さらに狙うべき頸部が多少なりともこの私の視界からは隠される。そういうこと? であれば「色氣視界」をいま一度取り戻すか? そうすれば首の位置を見誤ることはないわよねぇ……っていや? 色氣に感知を任せるのは不安が残るわ。それで今まで欺かれてきたんじゃあないのよ。そっちに誘導させておいて何か、裏を取られるかも。
……駄目だ。色々なことが頭の中を這いずり回って来始めた。この思考の渦に落とし込むことこそが「策」みたいな。ああぁあ、やめやめ、考えるのはここまでだ。考えは極力少なめに、後は身体が動くままに任せるのと、
……直感だ。からの即応。それで今までもやって来たじゃない。
「……」
ミルセラ嬢は、右手の指を伸ばして自分の左目辺りに当てた。金属の義眼。その表面がかちりと音を立てて外れた。なにそれ? 輪っかのような形をした薄い金属片。それを握り直した右拳の親指側に乗せてから微笑むけど。ああー、それを中空に弾いて、落ちた瞬間が、その時ってこと。私の比喩に乗っかってくれたことはありがたいけれど、その余裕……命取りにならなければいいけどぉ?
急速に混じりけの無さそうな闘志、みたいのが湧いてきた。自分でも驚き。でも単純な感情って、悪くないわ。でもそれだけでも駄目だわよねぇ。相手の芝居がかった諸々。それはそこには何かがある? それとも?
考えて考えて、考えなくても同じだった方向に行ってしまうのだとしても。その過程は意味あるものだと信じたい。その方が達成感も諦観も真っすぐに呑み込める。行こうかしらね。「瞬」の彼方へ。
澄み切った音がこの大空間に響き渡った。少女の目から外れた輪っかは、その手から弾かれ遥か天井付近まで一直線に跳ね上がった。どうする? 律儀に待つ? それともこの隙に乗じて仕掛ける? そこまで考えてみて、どっちでも同じような気がした。私が挙動を毛ほどでも開始したのなら。相手もほぼ同じ瞬にて動いてくるだろうと、そんな気がした。であれば初志を。
大きく息を。肚底まで落とし込む。ぐるりを回る壁に設置された色氣の灯りが、回転しながら到達点に達した輪っかを煌めかせる。瞬間、落下に転じたそれは、ちょうど私と相手の真ん中辺りに着床しそうだ。おそらくは数秒くらいの今まさに起こっている出来事が、途轍もなく長く引き伸ばされたかのような拡がりを有した時間の中に閉じ込められていくかのようで。そんな幻夢のような光景に、少し見とれた。場合じゃないけど。
刹那、だった……
床に達した輪っかが震えるような澄んだ音を立てるよりも確かに疾く、私と少女は行動を起こしている。相手は先ほどと同じく片足を軸にした回転だ。床は石畳とは言え少しのゆがみや隙間はあるものの、それらを意に介せず、それでいて最短距離を突く直線の軌道でも無く、幾分歪みを伴った曲線……意表を突かれるも無かったが、まあ初見。でもまあそれへの即応対応だけはするって気を張っていたから。
「……ッ!!」
向かって左方向から迫る銀色の小竜巻からは、わずかに余裕を持って左後方に跳躍して躱すことが出来た。そして避ける挙動と共に、右足は当然蹴り上げている。踵から走るは、蒼い閃光。掠った? 感触はあった。紙一重で避けた相手が凄いのか、掠められた私が凄いのか、それはもうよく分からない。ぱらぱらと床に弾き散らされる細かな金属片。よし、確かに削った。願わくば軸足であれ。でも満足している場合でも無いし時間も無い。勢いは衰えずに、断続的に桃色の色気を弾けさせながら「銀竜巻」は、一旦何か調子を取るかのように軽くその場で跳躍をかますと、さらに加速しつつまた左手方向へ。同じ軌道をなぞっているのは意図的か、うん意図的だろう。それに乗らされてこちらも同じ応手をやるわけにはいかない。
「!!」
とか考えてたら、壁を垂直に登って突っ込んで来やがった。なるほどなるほどぉ? 割とありがちで、それでいて却って思考の隙を突かれた感。でも私の方も右踵、掲げてるんだわ。角度を変えようが、直線で向かって来てくれるのなら。奥行方向へはそれこそ光の速さで達する私のこの「Ⅸ式」の、
勝ちだ……い、やぅぇぇえええッ!?
勝ち誇る気の持ちようも善し悪しっていう。瞬間身体を傾けることが出来たのは、私の動体視力が抜けていた主の代わりに仕事をしてくれたから? 思い切り首も逸らせる。その皮一枚横を金属の、そう少女の右脚と思しき代物が軸回転も込められながらすっ飛んでいったわけで。いやこれまた単純すぎて却って盲点だったわ。よく避けた。そしてその奥の手、いや奥の脚? 放ってしまったんなら、回転力もまあ失われるのが道理よねぇ?
軸一本となった身体は、それでも回転をやめない。今まで倒していた上体をぐる、と起こして今度は両腕を伸ばしてきた? そうだ右腕だけは生身。そこから色氣を精密に高濃度に撃ち出してくるつもり? それが狙いだった? であれば。
……アンタの負けよぉ?
「頸部」を回転軸とした段階で、いかにその挙動が速くなろうと。頸部自体の位置は動かないから。であればそこを狙って右踵を通過させるのは、
「……ッ!!」
いともたやすく行うことの出来ること、だから。
確かな切断の感触。私は高々と掲げた右脚の先の方で、生身と金属が共存していた少女の首がその身体から切り離されつつも、いまだ横回転をやめないままに天井高くまで飛んでいくのを視界、「実体の視界」を持って視認する。決着、なった?
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