Vedete-23:清冽にて(あるいは、オォンダ逆巻く/ラメント天上天下/涯てまで)

「4と5を優先して塞ぐ……お前は俺の背中側の8と9に掌の14と15をあてがってくれ。そこから吸い取らせてもらう」

「承知しました……くれぐれも無理は禁物で。周囲の状況も鑑み、いよいよ撤退となったら私に従ってもらいますからね」

「了解」


 男のひとは包丁みたいなので私の着ていた服……もうぐちゃぐちゃによれよれになっちゃってたけど、それを切って全部とった。頭を起こされて背中の服を剥がされた時に、私のからだがちょっと見えた。赤と黒。あと紫っぽかった。ひざから下が両方なくて、左手もぐにゃぐにゃのが垂れ下がっているだけだった。こんなになってたんだ。


「あの……お医者さん、やっぱり私はもうダメだと思うから、いいです。逃げてください」

「ユナシン喋らなくいい。ダメじゃない。絶対に治す」


 男のひとの声は、真剣だった。真剣な顔ですごい勢いで深呼吸してる。薄目で見ていたら、私の膝のところに手をかざしているのが見えた。てのひらから、白い光みたいな粉雪みたいなのが出てき始めてた。膝から下は無くなってるはずなのに、何となく爪先がむずがゆく感じた。何でか涙が出てた。おかあさんおとうさん……ていう呼んでも意味ないの分かってたけど呼んだ声は喉のところでつかえちゃったけど、男のひとはやさしく私の顔をなでるようにてのひらをほっぺにも当ててくれた。涙が引っこんだ、気がした。


「今日から俺がお兄ちゃんだ。このユニシアがお姉ちゃんだ。俺たちがいつも一緒にいる。俺たちは誇り高き亜聡南アザトイナの一族、いや家族だ。だからひとりじゃない。だからもう泣くな」


 でもまた涙がじわじわしみてきそうだったから。私はおにいちゃんおねえちゃん、とくり返し歌うように呼んでみた。すごいはぁはぁ言いながら、おにいちゃんはボロボロの黒い着物をむしり取るように脱ぎすてると、細いからだは白い光につつまれている。


「ユニシアもっと色氣を流し込め。全然足りない」「やっております。しかし両掌14、15からの出力は既に限界です」「射出口の数を増やせ。掌を両肩の18と19に移動、代わりに28、29を使って計四の孔から一気に放て。俺の方でも最大限『弁』を開き、吸い込む」「に、28、29でござりまするか……」「上着を脱いで直で当てろ。遮蔽するものはこの際すべて取っ払う。早くするんだ」


 おねえちゃんも上着を脱いで何か恥ずかしそうな顔をしながら、おにいちゃんの肩に腕を回して背中からおずおずと抱きついていった。瞬間、ふたりのからだがすごい勢いの光みたいな渦みたいなものに包まれる。


「え……? あ、い、いけませぬっ、そのように性急に吸い込まれては……ッ!! そ、そこは弱いのですから、んっ……知っておられますよね兄者ッ?」「一刻の猶予も無い。悪いが最大限で行かせてもらう……ッ!! ユナシン、まず最初に今からお前の両脚の破断面を同時に塞いでいく。少し痛いかも知れないが、我慢してくれ。あとで兄ちゃんがお前の好きなものを何でも食べさせてやるからな」「ぜ、前面への優しさと後面へのえげつなさの落差が半端ねェ……」


 ほんとはもう結構ひざのところがずきんずきん痛かったけど、私は何でもだったらあの羅果州ラフェンタってすごい甘くてすごおいしいらしいお菓子を食べてみたいなぁとか思いうかべて痛さを考えないようにした。と、


「思った通りだ、ただ塞ぐだけではおそらく早晩腐り果ててしまう……生半可な術式ではかえって苦しませる時を長引かせるだけに……やはりかくなる上はあれしかない」「あ凄いいやな予感」「内部から。内部から色氣を注入し、ユナシン自身の色氣をも増幅させて『自然に治癒』させるほかは無さそうだ……それならば拒否反応も起こるまい」「え『内部』って……」「69から69へ……つまりは最大術式ということになる」「えユニシン貴女いくつ?」「ここのつ」「やばいのでは」「この術式を施すと共に、副作用的に身体の成長も促進される。問題は無い。おそらくは身体が二年分あるいは三年分くらいお姉さんになるんだよ、ユナシン」「やばさは変わらないのでは」「今は目の前の生命を救うことだけを考える。殺してばかりで来た俺のこれは贖罪」「兄者わたくしの目を見てのたまっていただけますか」「だいじょうぶだよおねえちゃん。わたし痛いの慣れてるから」「いやあのね倫理ェ」「最大限お前に苦痛を与えないようにする。澱んだ色氣を俺の身体で混じりけの無いものへと濾過して、超純なる波濤を迸り放つのみ……ッ!!」「あこれ言っても無駄なやつだ……ッてひぅぅぅんっ」「おおおおおッ始めるぞ最大術式ッ!!」「わ、私から色氣をす、吸ったり戻したりしてるのは何故ッ? こ、こんな緩急つけてるの無理ですってば!!」「多重濾過だ……一度で漉し取れないものでも、何度も、何度も何度もッ!! 通過させればその度に浄化、さらには増幅が成ると見たッ!!」「き、聞いたこと無ヘェ……そ、それにそんなに激しく出し入れしてはなりませぬっ」「いつかのあの時のようにッ!! 身体も精神も、その奥の何物かをもッ!! 融合してひとつになればきっと出来る……出来ると信じるんだッ!!」「正論じみた詭弁で押し切ろうとする流れだこれわ……わ、私の方が先に持っていかれてしまいまするっ……あ、何か来た……来ちゃ駄目な奴が重く底から来たわァ……」「いいぞユニシアもっと密着するんだ。孔を繋げろ。そうだ、そのまま……俺の体内で滾り練り上げたる幾千万分身の全てに装填をッ!! ……ユナシン、少しだけ我慢だ……俺たちが、お前を絶対に治す……ッ!!」


 瞬間、すごい熱いナニかが、私のからだを突きやぶって入ってきたみたいで。


「あッ!? あやぁああああああーッ、い、いたいいたいいたいいたいィィィッ!! うそ、こんないたいって聞いてないよないぃぃぃぃ……ッ!! あ、孔が、孔って孔が全部いたいッ、いいいたいよぉぉぉぉ、破だんめんより全然いたいぃぃぃッ!!」「最初だけだ。最初だけ……うッ、我慢だユナシン……すぐに、すぐに痛みも治まる、傷口も……徐々に……塞がりかけている……いける……いけるぞこのままッ!!」「ひぎぃぃ……何言っても駄目っぽぉぉぉいこわいよぉぉぉ……ッ!!」「兄者ッ、ユナシンの身体が……?」「修復のために早回ししているようなものだ……言っただろ成長するとッ!! いい傾向だ、このままさらに色氣を流す……ッ!!」「しかしッ、兄者の身体がどんどん黒ずんでいっておりまする……このままでは危険では」「危険はもとより承知。見誤ることは無いから安心しろ。それよりももっと出力を上げるのだユニシア、どうした? お前の色氣はその程度の……ものかッ?」「やっております、しかしッ!! これ以上は孔の限界が……」「ならば数を増やせ。両膝を俺の膝裏に乗せろ。4と5……これで計六つ、いくぞ境地までッ!!」「あれぇ膝ってこんなにとろとろに蕩けそうになるとこだったっけェ……ええぇっ、か、身体の皮一枚下のところから全部液体に変えられそうなほどの激しい奔流の出し入れッ!! こ、こんなの許されるわけがありませぬぅぅ……」「くっ……塞がっては来ているが……まだ足りないというのか……どうする……どうすれば」「あ、何で、い、いたいのの後にくすぐったいのが来てる……あれそれにわたしの体ってあれ? のびてる? ああッ!! だ、だめだよぅ、くすぐったらだめだってばぁ……」「来てる。確実に来てはいるんだ……あとひとつ、直結できる孔があれば……いや、あるぞ……ッ!! こういう時のために用意しておいたあの『器具』を使えば……なるッ!!」「あれ凄い嫌な予感」


 おにいちゃんの体はもう炭みたいに黒くなってきてる……すごい苦しそうな息を吐きながら、そばに置いてあった荷物からなにかを取りだした。なんだろう。薄いひかりを浴びてきらきらしている……ユフの字のかたちだ学校でならった……金ぞくで出来ているのかな、きれいだな……


「何ですそのいかちィ形の代物は」「これが……ッ!! これこそが『聖剣ペ=ンタサ=ザザイ』……相容れない孔と孔とを繋ぐ聖なる架け橋よ……ッ!!」「途轍もなく嫌な予感」「さあ早くこちらの先をお前の69に直結するのだ……」「いや、よりいかちィ側が私? です? 直結ってこんなの無理でございますぅ」「心配するな、こんなこともあろうかと、お前の孔型にぴたり収まるように設計してある……あてがうだけで最奥まで達するはずだッ!!」「え怖すぎる」「時間が無い。俺が挿れてやるから力を抜け」「ちょ、駄目って言ってますよね? あ、何これ、押し出そうとするほどに内部へ内部へとまるで意思を持っているかの如く這い進んでくるのでございますがあれぇ? い、もう奥届いてるッ、届いてるからぁッ!!」「よし計算通りだ。後はその逆側を俺の79へと直結するだけだ。存分に来いッ!!」「え死ぬのでは」「そうだユニシアよ殺す気で突け……!! 色氣が飽和点に達した時、俺の79はもろくも開門する……そこを突け……!!」「えええェ死ぬのでは」


 せつな、だった……


 白いひかり。それがおにいちゃんとおねえちゃんの周りを全部つつんだ。瞬間、すごい勢いでわたしの孔という孔から色氣が、流れ込んできていた。もう一回、からだがバラバラになるような感じがしたけど、逆にすごい気持ちのよさもあった。これが死んだら行くっていう天蓋穹てんがいきゅうってとこなのかな……


「あ、あぃぃぃいいいいいぃぃぃッ!! 兄者ッ!! も、もう限界でございますぅッ!! これ以上色氣を出したり挿れたりしたら身体も頭もおかしく、おかしくなりまするぅぅぅああッ!? あれ何か今までのとは比べものにならないほどの高き波濤が……ッ!?」「もう少しだ呼吸を合わせろッ!! この三位一体の型こそが、いにしえの時代、男ながらに爵位を有するほどまでに色氣に精通したるかの英雄の得意とした型……ッ!! 挿れている間にも挿れられることを可能とした画期的、革新的なるその型ッ!! その誇り高き名を冠し後世こう呼ばれるようになったッ!! 人呼んで『三渡迂位壌嫐サン=ドウィッチ=メヘェン』、だッ!!」「も、もう何ひとつ分かりませぬが!! ひとつ脊髄にて理解していることはッ!! やばいのでは」


 あ、違う冥道の方だったかも……とか思う間も無く。


「あ、や、はぁぁあぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁあああああッ!!」


 凄い波が私の体をさらっていって。そしてぜんぶが白くなった。


――


 それから、死から呼び戻された私は亜聡南アザトイナ=ミルセラとして、兄からは色氣を用いて物を操る技を、姉からは色氣を用いて欺く技を教え込まれてきた。「傀儡師」、確かにやっていることはそれなのかも知れない。でも、


――


「……『憑伽藏士よとぎぞうし』」

「ああ?」


 兄がくれた名。姉が意味を教えてくれた名。人目より隠れ、人の形を操り、人たらんとする者。それこそが、


「『憑伽藏士』、私を呼ぶのならそう呼んでくださいな」


 私は、人たらんとするために、戦う。

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