Vedete-22:決然にて(あるいは、比ぶれば蓋然アチィアーィオ/顕然ファントッシォ)


 目の前ではまだ、肘先から切断された左腕を高々と掲げ上げたままの少女の姿。その螺子が一本飛んだかのような表情を努めて見ないようにしながらも、私はさて最後は何にするかな、とか抜けに抜け過ぎている思考を浮かばせてしまっていたわけで。


 金属音? ごとり?


 刹那、脳裡に去来したのは、図らずも「音」による聴覚情報のふたつであった。一つ目はあの謎の茶坊主のふたりが間抜けにも空中衝突をかました瞬間の音。二つ目は桃色イカれ微笑少女の切断した左肘が石畳に落下した時の音。


 二つとも、異質な「音」では。普通、そんな音する?


「……ッ!!」


 瞬間、身体を何とか捩って後ろに倒れ込みながらも、何とか空中を疾駆してきたものから身を交わす。しかし掠ったわよねぇ、刃物のような「指先」が。いや本当に刃が仕込まれているのかも知れないけど。反射的に斬られたと思しき首の左側に手をやる。生暖かい液体、はそれほど流出はしていない。裂け目もそれほどでは無い。けど、完全に狙って来ていた。


 私の首を刈りに。


 その飛行物体の正体はもう予測はしていたけれど、改めて目の前でヒトのナマ腕が浮かんでいる図を見させられると少なからずは動揺させられてしまうっての。色氣で操っている? 自分の斬られた腕を? どんだけの肚の据わり方をしてれば即応でそんな芸当が出来るっての? 尋常から半歩踏み出せるが奔嬢の素質みたいなところあるからそれに準じてきたところあるけど、これは何だっての。


 とかはまだマシな範疇だったことを次の瞬間思い知らされることとなる。ちらと視界を右に振ったらば、首を斬られた茶坊主のそこから下が計二体、元気よくこちらに向けて突進してくる図があり。その身体から切り離された坊主頭のナマ首が二つ、空中をカッ飛んで来る図もあり。顔面の中央にぽっかり開けられた風穴、そこを通る空気がおぞましい音を立てておる、それでもおすまし顔の瓜実坊主が最早跡形も無くなった容貌にて、今なお印のようなものを結ぼうとしている図がとどめとばかりに鎮座しており。


 やっぱりこれ悪夢?


 とかの思考から諸手を上げて手放してしまうのは駄目だ。首横に鋭利に感じるようになってきた痛み。これは現実。そして現実に起こったことのみを吟味。やはり「音」。


 つまりはナマ腕じゃあ無いってことだ。最初から義手、なんだろう。にしては艶めき水弾く感じで見えたけどねぇ、いや「見えた」? 「色氣の視界」に頼り過ぎてた? そう見えるように偽れる色氣の技があったりするんじゃあないの? 迂闊。ついでに言うと、茶坊主どもも当たり前だがナマ身じゃあ無い、そりゃそうか。


 金属。暗器使いでは無く、何だろう、「傀儡」使い、そう言った方がいいか。金属に色氣を流しそれらを稼働させる、と共に表面も色氣で覆って別物に擬態させる……


 こっちが感覚のほとんどを色氣に頼っていること、戦場ではそれに頼らざるを得ないのでそれが習い性になっていること。それらを逆手に取っての、ってわけ。なるほど、おそらくは自分の姿とか気配を消すのも自在なんだろうねえ、いや「消した」かのように感知させる術が。それを用いて、この天守閣の御本尊までの単身突入が成ったというわけかい、そうかい……


 そしておそらくは他の所も同時に攻め込まれてるんじゃあないかい? タネが割れれば単純に「色氣の視界」を切ればいいだけの簡単な話だしねぇ。それゆえに盲点、それゆえにネタがばれるまでの一気呵成さも重要。けど、


 必定、戦力は割かれることとなる。現に今、私の目の前に居るのは桃色小娘ただ一人。他の者が伏しているという気配も無い。いや気配といっても最早分からないのであれだけど、いるんだったらもう一気にこちらに攻めかかって来てなくてはおかしいだろ的な、私の推察に過ぎないけど。


 とか、こちらの思考が筒抜けになってるってことも無いんだろうけど、桃色ちゃんは滑空していた自らの「左腕」を元あった場所まで招き戻すと、その物騒な切れ味をした「左腕」は元からそこにありましたよ風情でくっついていった。先ほど左腕を高々と掲げて何かを放とうとしていたのは囮……そこをわざと「切断」させた。それによって私に隙が生まれるってことをはっきり見越していたわよねぇ……うぅん、食えないコぉぉ……


「……」


 茶坊主共も主の元へと無駄に慌ただしげな挙動で戻っていくけど。拾い上げた頭が自分のじゃない入れ替わってたとか、そういう茶番をかましたりしてるけどそういうの要らないんだよねぇぇ……その中の一人に被っていた黒布団を脱いで手渡す桃色娘。相変わらずの微笑。何事も無かったかのようにくっついた左手を使って滑らかで自然な動作にて顔横で結ばれた黒髪の束のほつれを直したりしてるけど。


 落ち着け。


 私の「Ⅸ式」は無敵だ。何であろうと問答無用に両断。「孔」から「孔」へと色氣を無尽に駆け巡らせることで、二十ビョウンほどは持続できる。そうして右踵。いちばん燃費の良い孔のあるそこから「点」で放ち、その先の奥行を五メトラァほど切断せしめる。どんな物質だろうと、どんな色氣だろうと防ぐことは出来ない。二十秒間、めったやたらに振り回して肉塊と金属塊のごった煮を作ってやろうじゃない。


 っとその前に。


「……」


 「色氣の視界」は切っておくとしようかねぇ。諸々に惑わされるのはもう勘弁だわ。奴さんの武器は傀儡……実体ある金属そのものが主体で、色氣はあくまでそれらを「稼働」させるためだけのものと見た。であれば向き合う。その「実」と。そして「実」を切り刻んで終わらせてみせるわ。


 呼吸。を、鼓動の律と少しだけ外していく。脳味噌と頭蓋骨の間に満たすように流していた色氣の流れを散らせる、圧を下げる。そうまでしてやっと「それ」は切れる。それほどまでに重要だった、必須だった。……死活だった、今に至る戦場の中では。逆に言えば色氣の流れさえ掴めれば、すべての生物の行動が分かったから。そこから次の瞬間にどう動くのかまでも。経験を積めば積むほど、高みから見下ろした盤面のように全体が見渡せるような、そんな感覚。「孔」を増やし開けてからはさらに。右腕を動かす前の肩の筋肉の強張り、左手の指先から色氣の塊を放ち出す寸前の手の甲の毛穴の引き締まり、そんな些細な挙動さえも。


 ゆえに勝ち続けてきた。殺し続けてきた。ゆえにここにいる。王が一人。殺戮の王。しかしてそれは全てあの方のために。


 あの方のためにあるのだから。


 排除する、この曲者を。ここを凌ぎ切れれば、もうこのような奇襲が成ることは無い。なれば後は物量で如何ようにも押せる。押し潰せる。この者さえ……


 色氣の視界が薄まり、「実」の視界に。どのくらいぶりかは分からないけど、まあ大丈夫。奴さんの「傀儡」の出処、挙動さえ掴めれば、二十秒と言わず瞬で終わるから。私は一回瞼を軽く閉じてから改めて向き直る。


 しかし、だった……


 背中の血管が、その周囲を巡る色氣の流れにも逆らって、その場所で凍り付き留まるような感触を覚えた。その場に佇むは、三体の小坊主……いや、全身を鈍く光る灰色の金属で出来た傀儡共を従えた、少女……ともはっきりとは言えないような、そちらも金属であらかたを覆われた、細い、正にの棒のような身体であったわけで。左腕は付け根……肩の部分から金属製の義手、義腕? のようなものとなっている。そのままたすき掛けのように胸、腰も鋼板が身体の線に沿うように敷き詰められるように囲っており、その下の脚部も双方細かな部品の組み合わさった鋼色の鱗のようなものに包まれている。生身、と外観で判断出来るのは右腕、右肩、首、頭部。いや、顔の左半分も金属。光無くそれでもこちらを見つめてくる左眼球、そして唇の左端、微妙に上がった口角もまた鈍色に光っているよ怖ぁぁ……


 銀色に鈍く輝く身体は、今まで「視えて」いたものとはまるで様相が異なっており。まさか自身および傀儡の皮一枚のところを隈なく「色氣の膜」のようなもので絶えず覆っていたとでも……言うのかい。姿を消してこの場までのしてきた、それと同様の能力を使って。呆れるねぇ、そんな使い方なんて、全くの盲点だったよ。正に盲点。そしてその上で動かしもしていた。小僧たちなんか、まるで生きているようだったから、それとかけ離れた挙動に泡食わされたっていう。


 こいつはやばいねぇ。


 とか、目を奪われてしまった瞬間を勿論見逃してくれるわけも無く、その全身の関節部辺りで桃色の光が爆ぜたかと思った刹那には、


「……ッ!!」


 右脚を軸にした、回し蹴りと言うには尋常な回転速度でも回転数でも無い、銀色の竜巻のようなものがすぐ側まで迫って来ていて。咄嗟に身体左半身の孔という孔からの色氣の噴出によって何とかその獰猛な刃からは身をずらすようにしてぎりぎり躱すのだけれど。


 操るのか、自分の身体をも。例えば色氣を身体に纏わせて、あるいは孔を行き来させて通常を超える運動能力を発揮すること、それはよくやられていることだ。だがそれはあくまで生身の挙動を増幅するものであったり、疲労を緩和させるものであったりだ。この者のように、金属に色氣を巡らせて意のままに操るなどと。


 どうにも不気味で尋常ならざる。いやそれこそがこの一派の急伸の源なのかもねぇ。図らずも肉弾戦。が、私とてそれなりの歴戦。受けて立ってやろうじゃあないの。


「ミルセラ殿ぉ? アンタの技はお見それだけどねぇ、近接気ぃ張っての殴り合いなら望むところよぉ、アタイはもうそちらの『挙動』、見極めつつあるからねぇ? 『傀儡師』さん」


 ハッタリ七割、しかして勝算はそれ以上はあると踏む。無論、脚一本くらいは張ってのことだけれどねぇ。だがこやつは危険過ぎると見た。「物量で押せる」とか思ったけれど、もしこれからの戦場にて多対多となった場合、この生命を持たぬ傀儡どもが大挙して迫ってきたのなら……? 甚大な人的被害、さらには将をもあっさりと屠られる可能性まである。であればここで確実に潰す。潰さねばなるまい。と、


「……『傀儡師』、ではありませんわ」


 初めて感情の乗ったような声が、再び間合いを取った少女より放たれてくる。その決然としか声色に少し怪訝さを覚えしチラーヂンが眉を顰める中、ミルセラは自分の内にある熱情を自身の身体、半分以上が金属で構成されたる身体の隅々に行き渡らせるように呼吸を、色氣を深めていく。


――私は、傀儡師なんかじゃない。


――


「……兄者、どうされました」


 女のひとの、こえが、きこえる……おにわでひとりで穴ほりしてたら、お空がぎんいろに光って。それからどうしたんだっけ。からだは動かない……土のにおい草のにおい……それに何かがこげるにおいはわかるけど。


「これは……酷い」

「ユニシア、白布を敷け。まだ息はある」


 男のひともいる。知らない声。おとうさんおかあさんはどこに行ったのかな。何だか眠たい。


「残党狩りが大挙して此処辺りまで来る気配を感じます。治療にするにしろ、この場より離れるべきかと」

「悠長なことを言える容態では無い。いま、この場で処置を施す」


 こわい。怒ってるような声でしゃべっている。わたしのことかな……からだはやっぱり動かないし、ちょっとずつ痛くなっても来てる……おかあさんどこ。


「もはや手遅れかと。両脚、左腕の損壊喪失、さらには外からの色氣を受けすぎています。内部の損傷も……」

「言うな、敷けと言っている」


 男のひとの手がわたしを持ちあげて、それでやっと目があいて。やさしそうな人。変わった色のかみのけをしている。きみのなまえは? って聞かれたからユナシン、ってこたえた。おばあちゃんと同じなまえなんだよ、って言ったら、おれはユーシオン、こっちはユニシア、みんなユが付く名前だね、って言われてほんとだ、って思った。


「色氣力を注ぎ込む。それで身体の自然治癒力を極限まで高め回して、破断面を塞ぐ」

「そんな……どれだけの色氣が入り用となるか。無理です」

「おあつらえ向きにこの場には禍々しい色氣の残滓がいやというほど滞留してるじゃないか、このくその色氣を全部吸い取って使ってやる」

「無茶なことを。そしてそれでも足りないかと。さらにはこの娘の身体への負担も幾ばくのものか。犬猫の傷を治すのとは違うのですよ、兄者」

「……一緒さ。何も変わりはしないんだよ。同じように死んでいく。生かすことの難しさ……それだって変わらない。だから俺の前で二度と生命に差があるかの如きことを言うな」

「兄者……言葉が過ぎました、お許しを。しかし……」

「今はもういい。そして足りない分は……ユニシア、お前の色氣をくれ」


 きれいな女のひとだ……おなじ黒いかみの色。きょうだいなのかも知れない。まっしろな布の上にやさしくおろされた。いいにおい。おかあさんの洗たくしてくれた服みたい。ちょっと痛いことをするけどがまんしてくれって言われた。痛いのだいじょうぶなれてるもん、って言ったら男のひとは何でかな、苦しそうな顔でわらった。

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