後編
換気用のすきまから、外の光がさしこんだ。反射し、壁にかけられた大小さまざまの
床には、たくさんの大きな
「ありがとう。今日はきみが一番しいれてくれた。僕をわかってくれるのはきみだけだ。きみがいないとやっぱり僕はだめだ」
胸によりかかる女は、
「あたしをわかってくれるのもあんただけよ」
進賢はぱっと女からはなれる。
「さて、そろそろもどっていいよ」
「いや。あんたともっといたいわ」
「僕は『趣味』だけはひとりで楽しみたいんだ。わかってくれない? こんどおやつを作ってあげるからさ」
やさしい口調、やわらかい言葉をあたえてやる。
それなのに、女はおそれたようなそぶりを見せ、はなれた。
「ごめんなさい。わがままを言った私が悪いの」
「きみは悪くないよ。悪いのは僕にこんな『趣味』を持たせた
「ああ進賢、自分をせめないで。また来るから」
女はおしむように、
「あの子、最近話が長いよね。ほかにもかわりの子はいるし、あの子はもういらないかな」
床の
なかでは、さるぐつわをされ、全身を縄でぐるぐるにしばられた男が、おびえて進賢を見あげている。
「さあ、きみの皮の下はどんな色だい?」
明るくといかけた。
「はあ。今日も楽しかった。きみはどうだった?」
全身に鉄くさい液体をかぶった。赤いそれはいつもねちょねちょこびりつくので、服を洗うのがめんどうだ。
しかし、気分ははればれとしている。
台の上の、ものいわぬ真っ赤な肉塊のおかげだ。
「あのね。ここもそろそろひきはらおうと思うんだ。あんまり長くいると役人に見つかっちゃうし。つかまるとこまるから。平穏なくらしは退屈だけど、居心地はいいんだよ」
肉塊が、まだうめいているように思えた。なでてやる。
「きみもつれていってあげる」
がんっと戸がけやぶられた。
「つかまえろ!」
役人がなだれこみ、進賢をつかまえる。
「え? なに?」
役人たちは吊るされた肉塊を見、気分が悪そうにした。
天井の
「告発のとおりだ」
「きちがいめ」
とりおさえられながら、進賢はおどろいた。
「ねえ、だれが僕を告発したの?」
県府では、かんかんになった領主が、うろたえている役人たちにわめきちらした。
「あの男を皮はぎの刑に処せ! でなければ息子がうかばれん」
進賢はしばられ、ひざまずかされていた。とりおさえられたまま、わんわん泣きだす。
「僕ではありません。なにかのまちがいです」
領主は進賢をなぐった。
「
「僕はそんなことしてない! だれかがうその告発をしたんだ」
十戌と呉起は彼に顔を見られないよう、そそくさとものかげにかくれた。
数日後。
農村で、
「よくあの壺とあの男をむすびつけましたね」
「領主の
「おみそれしました。ご主人さまとおよびします」
「うむ」
そこへ身なりのいい男がやってくる。
「やあ
十戌はふりかえった。
「あなたは、
身なりのいい男は、十戌の実兄、
王一と王十戌の実家は、
「おまえがここで働いていると、ほかの兄弟からきき、ようすを見にきたのだ。しけたところだな」
「そうなのですよ。しかも領主は給金をけちります」
「十、わしのところへこないか? もっといい待遇でむかえてやるぞ」
「兄上の?」
「わしはいま皇族につかえておる。その給金で、広くてよい土地を安く買い、
「おお、それはすごい」
「わしの荘園でともに経営と商売をしよう。おまえにも甘い汁をすわせてやる」
「ご主人さま、ねがってもない話ではありませんか」
三人は
数年後。
柳が風にそよぐ、
ここが、王一の荘園だ。
卓をはさみ、筋肉質の大柄な男と、陰険な表情の大柄な女が座っている。
温厚そうな男が、へこへことしてやってきた。
「おまたせしてしまい、もうしわけありません」
王一がその男をとがめた。
「おそいぞ。なにをしていた」
「すみません。ちょっとあばれられたもので」
男はぺこぺことした。その服や手には、べっとり鮮血がついている。
十戌は眉をひそめた。
なんの因果か、あの肉屋の皮はぎ男と新天地で再会してしまった。
大柄な女が、十戌を横目で見、にやっとした。
「十戌どのは
「いや。べつに」
すまし、かるくせきをする。
女は腕をくみ、背もたれによりかかると、わざとらしく言った。
「そうそう。このまえ十戌どのの手下の
「な、な、な、なんだって?」
あせった。進賢は興味深そうにする。
「へえ。どんな話ですか?」
「じつは」
王一が手をあげる。
「これ。今日は世間話によんだのではない」
十戌はほっとした。
王一は、
「知ってのとおり、この荘園はだんだんと規模が大きくなった」
「そうですね」
「なまけ者の農民たちをまとめあげるのに、東西南北の
「ほう」
「偶然なことにみな
進賢が明るく、
「わあ。みなさんときょうだいになれるだなんて、とても名誉です」
大柄な男がうなずきながら、
「兄弟の
大柄な女もくすくすと、
「義きょうだいですか。新鮮でいいですね。私の実家は女きょうだいばかりで、男のきょうだいがいなかったので」
王一は、
「十戌はどうだ?」
十戌はまたせきばらいをし、胸をそらせた。
「異存はありません。せっかくなので改名もしてはどうでしょう? そのさい、四名の名におなじ文字を一字ずついれるのです」
進賢が手をうった。
「妙案です」
大柄の男も感心したようにうなずく。
「そのとおりだ。結束も強まる」
大柄な女もおだてた。
「さすがは十戌どの。よわたりのうまさで右にでるものがいないだけあります」
十戌はますます胸をそらせ、満足する。
「それほどでも」
王一も、
「わしも
「この土地の元所有者の
「ふむ。では『序』のほうにしよう。いまからわしが思いつくまま紙に詩文を書く。そのなかから好きな字をえらび、あたらしい名に使うといい」
「はい、旦那さま」
欠落した男 Meg @MegMiki34
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