中編
ときどき、目をぬすんで休む農民を
「働かぬか!」
すると、かれらはしぶしぶ手を動かすのだった。
田畑のあいだを、屋根のない馬車がとおる。
周囲の農民たちは、ひざをつき、領主の馬車にぬかずいた。
「王十戌、仕事は順調か?」
十戌は腰をひくめ、へこへことした。
「はい、ご主人さま」
「よろしい。ところでおまえにたのみがある」
「なんなりとおもうしつけください」
「わしの
「承知いたしました」
「わしの使用人も好きに使うといい。これもくれてやる」
領主は宝石類を
馬車はすぎさる。
宝石をひろいつつ、十戌はうらやましそうに馬車を見送った。
「わしも金さえあればなあ」
おさないころの記憶がよみがえる。
まずしい地域に生まれ、こきつかわれ、
思いだすたび、胸が痛み、涙がこぼれそうになる。
金があればといつも思ってきた。
食べ物屋や、
「おかしいですね、
十戌は胸をはり、いばりくさる。
「わしのことはご主人さまとよべ」
こいつはなにさまだ? えらそうに。
「まあともかく、たしかにおかしい。ききこみをし、領主の息子がこの街に来ていたのはわかった。だが、ある日をさかいに足どりがさっぱりつかめん」
二人は、ある青い壁の
客びきの女どもがよってきた。
「お兄さんたち。うちの店に来なよ。
「宇宙の神にゆるしをこえば、病気をなおしてもらえるのよ」
呉起はつい、鼻で笑った。
「この街は迷信がはやりなのか?」
「はん。この世で信じられるものは金だけだろ」
だが、
「くう。でもわしだって遊びたい。すこしくらい、いいよな」
十戌は領主からもらった宝石をふところからとりだし、胸をはって妓楼に入る。
「なんてずるいやつだ」
呉起は彼をみくだし、あとにつづいた。
大量の食べのこしをちらかし、
「ふにゃふにゃ、わしも金持ちならなあ。金持ちになりたいなあ」
あるふたりの妓女が、十戌の横に座った。客びきをしていた女どもだ。
「おじさまたち、お金に興味があるの?」
十戌はうとうとしたまま、「うん。ある」
「じゃあさ、お金持ちにしてくれる
もうろうとした呉起が顔をあげた。
「なんだ、あんたらは」
「ちょっと二階に来てよ」
呉起は酔っ払ったまま、女二人に二階につれていかれる。
十戌は寝言でさけんだ。
「そんなもん、会いたいにきまってる!」
周囲の
「わ。なに?」
十戌の意識がはっきりとしてくる。
「あ、いや。……ん?」
女たちにより、二階につれていかれる呉起に気づいた。
真っ暗な、せまい場所。手足をしばられ、座りこむ呉起は、はっと目をさました。
さけぼうとするが、さるぐつわをされている。
頭をうごかし、感覚で周囲を探った。
ここはどこだ? これからどうなる?
おびえていると、急に視界がすこし明るくなった。
顔をうわむける。円形のふたがすこしずつずれ、ぼんやりした光がさしこむ。だれかがふたをあけているようだ。
「無事であったか」
のぞきこんでいるのは、
彼は
「さっきの女たちがおまえをしばりあげ、壺にとじこめた」
「なんですって?」
呉起は壺の中から頭をだした。
いるのは、うす暗い物置のような場所。大きな壺やら、箱やらが置かれている。棚には
十戌に
「はやく逃げましょう」
しかし、十戌は腕をくむ。
「……この
「ええ?」
「人を金持ちにする
呉起は混乱した。
あけがた。街も
暗い物置から、地味な服装の女がふたり、協力しながら
「よいしょ」
「男ひとりはやっぱり重いねえ」
壺にはいま、重たい
外にでると、女ふたりは、いくつかの大きな壺を荷台に乗せた。終わると、ひとりが荷台に馬をつなぎ、
もうひとりの女が、
「ねえ、『あの人』に会ったら、あたしがどんなにあの人を思っているのか伝えるんだよ」
「はいはい」
建物のかげから、十戌と呉起がふたりをみはっていた。
関所まで来ると、地味な服装の女は役人と話し、馬上から通行証を見せた。
「私は商人です。となりの
「とおれ」
女は馬をあやつり、荷台ごと門をくぐった。
しばらくして、十戌と呉起がやってくる。
役人はかれらをとめた。
「おまえらはなんだ」
十戌はふところから、紙をとりだし、だまって役人に見せつけた。
領主の
役人はぴんと背筋をのばした。
「失礼しました。お通りを」
にぎわっている街。とおりに面したとある建物の
豚の頭の下で、
「安いよ。おいしいよ」
数人の買い物客がとおりかかる。
「お兄さん、すこし肉をくれ」
「はい。まいどあり」
「お兄さん
「県府の給金だけじゃ生活がなりたたないんだよ。親や妻子のためにたくさん働かなきゃ」
「あんたの奥さんがうらやましいよ」
そこへ、大きな壺の乗った荷台を馬でひく、地味な服の女がやってきた。
「
彼は女を見ると、満面の笑みをうかべた。
「やあ、いつもごくろうさま。先に中に入って、待っていて」
女はうっとりと笑い、肉屋の中に入った。
裏路地。十戌と呉起はものかげにかくれつつ、そろそろとようすをうかがう。周囲にはだれもいない。ふたりは肉屋の建物のうらの、壁に近づいた。
「あの女はこの肉屋に入りましたよね。まちがいないはずです」
「うむ。なかのようすを知りたいが」
十戌はよく確認する。肉屋の屋根と壁のあいだに、換気用の空間がある。
すきまから、天井には細い
「壁をのぼり、あそこからようすをうかがおう」
呉起に
そのすきまから、ようすがうかがえる。
呉起が梁からつるされた、赤黒いかたまりに気づく。
「あ……あ……」
青ざめ、ふるえだした。
「しっ。声をたてるでない」
「あ、あれを……」
呉起は梁の下を指さした。それを見て、十戌も血の気がひく。
「すぐに役人に知らせにいくぞ」
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