欠落した男
Meg
前編
「……あ……、ぅ……」
「ぅぅ……、……う……」
「ふふふ」
心できく、たえなるしらべだ。
台の上に、男を大の字にしばりつけた。さるぐつわをされており、うーっ、うーっ、とうなっている。男のはきものの
あきれて、ぬれたはきものを脱がせ、布でごしごしとふいてやる。
「ちょっとお。くさくなっちゃうじゃない。おしっこくらいがまんしてよね。おとななんだから」
小言を言いながら、上着も脱がせる。
「せっかくいいところだったのに。特別に、ていねいにやってあげる」
するどい刃物を男の
男が絶叫し、しばられたまま、はげしくのたうつ。
「ふふふふふ」
楽しいなあ。
この趣味をはじめたのは、一年前かそこら。どうしてもっとはやくから知らなかったのだろう。
うららかな朝、のんびりとした空気につつまれ、ここちよさに自然と口角があがる。
若い役人の
門の前を、腰のまがった
「おばあさん、おとしものだよ」
「ああ。気づかなかった。娘からもらったものなのに。ありがとね」
「そっか。朝からごくろうさま。おいしそうな饅頭だね。ひとついいかな?」
「まいど」
進賢は、老婆から饅頭をわたされた。そこで、もうしわけなさそうに見えるよう、頭をかいてみる。
「あ、ごめん。持ちあわせがなかったんだ。饅頭はかえすよ」
「そんならお
老婆はのんびりと歩いていった。進賢はにこにこしながら、手をふってみおくる。
「進賢はお人好しだな。気づかないふりをして
「そんなの、
「そうかよ。ところでおまえ、持ちあわせがないなら、今日の県府での
「できるよ。ほら」
進賢はふところから
「なんだ。うそをついたのか。おまえも悪党じゃないか」
「うそじゃないよ。饅頭を買うための持ちあわせはないっ、て意味だったんだから。
進賢は大まじめに言う。
同僚はすこしけげんに思った。
老婆から買った、
「よく見たらおいしくなさそう」
ぽいっとそれを地面になげすて、ごろんと寝そべった。
「あーあ。退屈」
進賢の家の者は、代々この県府の役人をしていた。自分も親のツテで、ここにつとめている。
仕事は、犯罪がおこったとき、犯人を取り調べ、
だが、この県でおこる犯罪といえば、貧乏人がけちな盗みを働くくらい。罰はだいたい
北方や西方は、国境を接した異民族国家の
進賢は、自分の人生は順風満帆だと思っていた。
仕事もあり、家族もいる。いごこちは悪くない。仕事や家族やまわりの人がなにより大事だというそぶりをすれば、世間も簡単にほめてくれる。
けれど、なにかがたりない。みたされない。毎日退屈でしかたがない。ものごころついたときからそうだった。
自分はしあわせなはずなのに、どうしてなのだろう。
「なにかおもしろいことでもおきないかなあ」
突然、どかどかと、おおぜいの人が門をくぐった。
「おゆるしください! つい出来心で」
「だまれ!」
おきあがる。
建物の前に、みずぼらしい男がひったてられ、ひざまずかされた。
進賢の前に、ひときわ上等な服をまとう、いかにも身分の高そうな男がでてくる。
「ここの取り調べ官はだれだ?」
「僕ですけど」
「わしは都の貴族である」
「これは失礼しました」
すぐさまひざをつき、ぬかずく。
「この者はわしの遊行中に、わしの荷物を盗もうとしたふとどき者だ。厳罰に処せ」
ひったてられた男は泣きさけんだ。
「母が病気で薬代がほしかったんです。俺の家は貧しく医者もよべないんです」
「いいわけをするか。よい根性だ」
貴族は進賢にむかい、
「この男に
「ええ? そんなの、前例がありません」
あわてふためくと、どなられる。
「はやくしろ!」
貴族はだだっ子のようにわめいた。
従者に、するどい刃物をわたされる。
男は地面にとりおさえられ、大あばれしている。
「もう二度としません。おゆるしください」
「わしをだれだと思っている。取り調べ官よ、
進賢は、わたされた刃物をまじまじとながめた。
「……そっか。県府のためならしかたないよね」
刺激的で、楽しそう。
「おゆるしください! おゆるしください」
刃物をにぎりしめると、男にむかい、こぶしをにぎってみせた。
「僕、こういうのはじめてだから、きみはすごく痛いと思う。けどがんばって。僕もがんばるから」
はじめて同士でたいへんだから、はげましあわないとね。
男の悲鳴が県府中にひびきわたった。
それからしばらくのちのこと。
県府で、進賢はしばられた罪人を前にした。書類を見ながら上司に提案する。
「この者は皮はぎの刑がよいかと思います」
罪人がぼうぜんとした。上司はおどろき、周囲がざわつく。
「この者はまずしさから隣人の
「皮はぎなんて
「
上司や周囲の、びっくりしたような顔を見て、刺激をもとめる心をおさえた。
このままでは自分が悪者にされてしまう。
「そうですよね。僕はどうしても悪がゆるせないたちなので、つい行きすぎた考えをしてしまいました」
しょんぼりと、もうしわけなさそうなふりをした。
「そ、そうか。きみはまじめすぎるたちだからな」
上司や周囲はほっとしたようだ。
上目でかれらを観察する。
つまんないの。
もっとおもしろいことをしよう。
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