第6話 オスマンサスの花びら
馬車で進むこと3日。王都はとても栄えていてここに来るまでに沢山の住宅や市場、何かの施設等が乱立していた。恐らく魔法関係の建物なんだろうと思ったのは魔法陣のような模様がそれぞれに描かれていたからだ。
ようやく私達は王都の別宅に到着した。先に来ていた執事のダーマンが大きな門の前でスラッとした姿勢で待ち構えていた。
「お待ちしておりましたご主人様、もうお荷物は全て片付いております」
「ありがとうダーマン、これから忙しくなるな」
私達は長旅で疲れきった体をやっと馬車から出して一息ついた。別宅は広大な敷地に白を基調とした立派な建物が
「さぁお嬢様行きましょう」
「パメラ、先に私の部屋に行ってみたいわ」
パメラに連れられ部屋に入ると以前のルナーサの部屋より2倍ほど大きくなり私の要望で本棚がいくつか部屋の隅に置かれていた。
家具も私好みのダークブラウンのアンティークの物に統一されている。少し大人っぽすぎないかと母のカリーナには言われたが。
「ありがとうパメラ、食事の頃まで休んでいるわね」
「かしこまりました、時間になりましたらお呼び致しますね」
パメラが静かに部屋を出ると私もベッドに倒れ込んだ。馬車での長い移動は初めてだったので少しお尻が痛い。
新しい部屋を横目でぐるっと見渡す。ここから新生活が始まるのだなと思った後にそういえば、と部屋に置いたまま片付けられていないトランクケースを開けた。これは自分で片付けるから、とパメラに頼んで運んでもらったのだがここにはあの大切な万年筆を仕舞っていたのだ。
「……まだ使ったこと無かったわね、この際だから使ってみないとどういう効果があるか分からないし、やってみよう。確か今の魔力量で、一週間で三文字程度って言ってたわね」
三文字とは随分難儀である。日本には三字熟語四字熟語というものがあるが、ちゃんとした意味で伝えられるかどうか心配になる。
試しにこの部屋で何が起きてもいい様な無難な言葉を書いてみよう、熟考した結果花の名前ならそんなに大惨事になったりはしないだろうと結論出した。
「じゃあ私が一番好きな花の名……」
私は万年筆の蓋を外し目の前にそれこそ紙に書くように腕を振るって文字を書き出した。
金木犀
書き終えるとその金色の文字はユラユラと
「わっ」
気が付くと私の目の前に小さくオレンジ色の芳醇な香りを漂わせた花びらがいくつも舞って現れた。鼻腔に甘い特有の香りが突き抜けていく。
目の前があっという間に金木犀の花でいっぱいになる。
こうやって叶えられるのか、と気分が上がるが同時に山盛りになった花びらをどう誤魔化そうか……と悩む必要がでてきた。私のベットの上が花びらだらけである。てっきり金木犀の匂いだけとか、芳香剤でも現れるのかと思っていたから生花が出る可能性はすっかり頭から抜けてしまっていた。
でもよかった、これが樹木ごとだったら酷い騒ぎになっていたに違いない。
「……使ってみても特に体に異常とかはないみたいね」
正直魔力なんてもの得体の知れぬ物でしか無かったのでどんな状態に陥るか等も判断材料に入れていたのだが、今の時点では全く体に不調は出ていない。何事にも対価は必要だから実際には何らかを消費している可能性はあるが、花びらを出現させるくらいなら大差ないのだろうか。
「せめてもう少し長く書けたら色々試せるんだろうけどなぁ、やっぱ魔力って早々増えるもんじゃないんだろうね」
魔力を上げる内容が書かれた胡散臭い本にまで手を出してみたのだが効果はなかったようだ。苦薬まで見よう見まねで作ってみて飲んでみたというのに、あの本の著者は見つけ次第二度とあんな内容の本を書くなと説教してやらねば。
そういえば万年筆は何か変化しているのだろうか。まじまじと見てみるが相変わらず何の変哲もない万年筆である。ペン先も前のまま光を帯びている。
「んー、まぁとにかく本当に文字を書いただけで何かアクションを起こせるということはわかったから収穫はあったわ。今日から一週間使えないからまた次回試してみよう」
万年筆はとりあえず小さな飾り付き木箱に入れて本棚の1番上の棚に置いた。
コンコンと扉を手の甲で叩く音が鳴りパメラの声が私の耳に届いた。まずい、花びらを片付ける暇がなかった。
「お嬢様お食事の――まぁ、オスマンサスじゃないですか」
オスマンサスとは確か金木犀のラテン語だったか。この世界にもこの花はあるようでほっとする。見知らぬ花が散らばっていたら何処で入手したのか聞かれていただろう。
「ご、ごめんなさい散らかしちゃったの」
「大丈夫ですよ片付けますから……でもおかしいですね、オスマンサスは……」
「えっと……何がおかしいの??」
「オスマンサスはこの国の言い伝えの大魔法士様が初めてこの地に植えたとされる花木なんです。けどここ数年この花を咲かせたという木はないんですよ。皆花をつけなくなってしまって。私も若い頃に何度か見たくらいで。」
なんだか不味いことになったかもしれない。
存在はしているが入手できない花では困るではないか。何もいい言い訳が思い浮かばない。
「……その、訳は話せないけど内緒にして欲しいのパメラ」
「…………大丈夫ですよお嬢様、私は誰にもお話しませんから。さ、片付けますよ」
にっこりとパメラは笑うと何も言わず素早く部屋を片付けてくれた。
今度から慎重にやろう、そう私は反省することとなった。
ウルドの執筆人 左咲 あこら @albireoleon12
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