映らない鏡
大隅 スミヲ
異世界帰りのマコオジ
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
我が家では元旦に親戚一同が集まって新年の宴会が開かれる。
ぼくとしては、お年玉がたくさんもらえるからうれしいわけだが、よっぱらった親戚たちの相手をしなければならないという苦痛も味合わなければならなかった。
これもお年玉のためだ。そう心に秘めて毎年我慢をしている。
今年も叔父さんに呼ばれて、ぼくたちは酒宴の席へと出向いた。
お酒臭い息を吹きかけられながら、ぼくや兄たちは「大きくなったな」などと声を掛けられ、お年玉をもらう。
中にはシモネタを言ってくるような叔父さんもいるが、ぼくたちはうまく受け流してお年玉をゲットするという技術を身に着けていた。
そんな中、ひとりの叔父さんがこっちを見ながら手招きをしている。
一族のはぐれ者、マコオジこと母の弟であるマコトおじさんだった。
マコオジは働いていない。ニートというやつだ。
少し前まで行方不明になっており、新年の宴会に姿を現すのも久しぶりのことだった。
「よお、久しぶりだな。元気にしていたか」
ニヤニヤと笑いながらマコオジがいう。
「ずっと来なかったけれど、マコオジは何処にいたの?」
「ああ。それ聞いちゃう?」
ぼくの問いにマコオジは嬉しそうな顔をして答える。
なんか嫌な予感がした。
でも、お年玉をもらえるためだと思い、僕は我慢をする。
「おれさ、異世界にいたんだよ。異世界。わかるか?」
「え……」
予期せぬマコオジからの言葉にぼくは凍り付いた。まさか、いま流行りのラノベをマコオジが読んでいるとは思わなかった。
予想できなかったボケにぼくは苦笑いを浮かべる。
「嘘じゃねえぞ。本当だ」
「あ……そうなの。マコオジは異世界でなにをしていたの?」
「それ、聞いちゃう?」
嬉しそうな顔。酔っぱらっているのかと思ったけれど、マコオジはお酒が飲めない。だから、コーラを飲んでいた。
「異世界ではさ、おれはダークエルフと一緒に山の中にある洞窟で暮らしていたんだ」
「そ、そうなんだ」
「ドラゴンとかを狩りにいったんだぜ。凄かったよ」
「へ、へえー」
ぼくは完全にドン引きしていた。ヤバい。大人になってまで現実と非現実世界の区別がつかなくなっちゃうと、こうなっちゃうんだ。
それからマコオジの話は30分以上続いた。
「さて、それではお待ちかねのお年玉だ」
もう疲れてしまったぼくにマコオジがいう。
ニートのマコオジからお年玉が貰えるというのは妙な気分だった。
その資金源はどこにあるというのだろうか。
「お前にはこのアイテムをやろう。中身については誰にも言っちゃダメだぞ」
「え、お兄ちゃんにも」
「当たり前だ。誰にも言わないこと。それが条件。わかったか」
「うん、わかったよ」
ぼくの言葉に満足したような顔をしたマコオジは、小さな包み紙をぼくに手渡してきた。
「あ、ありがとう」
困惑しながらぼくは受け取る。
「部屋に戻ってから中身はみろよ」
「わかった」
ぼくはマコオジから受け取った包みを持って自分の部屋に戻った。
部屋に入ると、貰った包み紙を開けてみる。
そこには小さな鏡が入っていた。
「なんだこれ?」
鏡に自分の姿を映そうとしたが、その鏡には何も映らなかった。
ぼくは鏡を机の引き出しの中にしまうと、マコオジのところへ戻った。
「ねえ、なにあれ」
「魔法の鏡だ」
「なにも映らなかったけれど」
「いいんだ。あれは。異世界で手に入れた伝説の鏡だから。今年中にお前の役に立つ。たしか、お前は今年受験だよな」
「そうだよ」
脈略のない会話に困惑しながらも、ぼくはマコオジに担がれているのだと思った。
※ ※ ※ ※
今年、世界中が新しいウイルス感染症によるパンデミックに襲われた。
日本でも何千人という人たちが感染し、死亡した。
うちの家族も感染し、みんな病院に入院してしまったりしたが、ぼくだけはなぜか感染しなかった。
どういうことだろう。
ぼくは疑問を抱いていた。
そんな時、マコオジから連絡が入った。
「元気か?」
こんなご時世に「元気か?」という挨拶は不謹慎極まりなかった。
元気な人など、ほとんどいないのだ。
「ぼくだけは元気だよ、マコオジは?」
「ああ、おれも感染はしていない。異世界にいた時のアイテムのおかげだ」
「アイテム?」
「お前にもあげただろ」
「え、あの鏡?」
「そうだ。あれは映らない鏡だ」
「うん、そうだけど」
「映らない鏡は、映らない……。そう、
嘘か本当かよくわからないが、ぼくは異世界帰りのマコオジのダジャレアイテムによって感染しなかったようだ。
おしまい
映らない鏡 大隅 スミヲ @smee
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