第2話 一九九〇年前後

 前回はやる気と根気の時代に『時神と暦人』の原型が出来た話をしてきたが、次はワープロ専用機が普及し始めて、ワープロコピーの同人誌が流行りだした時代。ルポとか書院とか言うワープロ専用機。

 その辺りに、ちょっと格好つけのバイト先の自称文学青年だったオジサン。「文芸作品を書かないとダメだよ(この方の言うのは結局後で知ったが『文芸作品=純文学』だった)※(文末参照)」と当時の大人に言われたため、SFを休筆して何か違ったモノを書こうと頑張って、血迷って道に迷って壊れた話。自己崩壊(笑)。そもそも『純文学』の定義が分からない僕。なにを指して『純文学』というジャンルを意味するのか。


 この当時はバブル絶頂期、渡辺淳一さんが大流行。僕のようなアマチュアのSF書きはどんどん減っていき、娯楽小説は推理、ドラマチックな大人の恋は純文学という固定化された時代が来たと僕は感じた。そして脳裏には『純文学? 文芸作品って何?』が渦巻く。

 その後すぐに『金田一少年の事件簿』が大ヒットして若者が推理小説への関心を示し、今日の土台となる。マンガのおかげで推理モノの間口が広がった。江戸川乱歩や横溝正史と言った怪奇推理小説のリバイバルブームである。かたや「フリンは文化」とか訳の分からない言葉が一人歩きをして、どうも文学の主流が僕の感覚とは違う方向に向かい出した。おかげで世の中から置き去りにされた感じだった。




 一方では青少年向けのジュブナエル小説は眉村さんや赤川さんから、氷室冴子さん、夢枕獏さん、唯川恵さんなどのコバルトやパレットの勢力が支持され、世代交代が起こり始める。明らかに青春小説の色合いが変わり始める。今で言うラノベに近い存在であり、彼女らに愛された文庫本シリーズが当時の十代のスタンダード小説になった。挿絵もイラスト調やリアルなモノからマンガ的、よりコミック調なものへと変わり、時代を象徴した取っつきやすい装丁へと変化した。


 そんな時代背景の中で、僕は純文学とはなにかをまだ考えており、やがて行き詰まった。答えが出ないのだ。一歩間違えば、官能的だし、妙に舞台はお酒の出されるバーが多いし、男女の雰囲気をのせながら恋愛の多角的な表現が主題となる難しい構成に困っていた。

 タイムスリップや魔法を描いてプロットを構築していた僕は大混乱。当時の僕にはまだ早すぎる内容だった(今でもまだ早い・笑)。おかげでそのジャンルからはほど遠い、O・ヘンリーやマーク・トゥエイン、ジェームズ・バリー、ジュール・ベルヌという洋物翻訳名作へと逃げてしまい、書くことは停滞した(あと中学時代によく読んだ、SFじゃないけどクリスティやドイルもよく読み直していましたよ)。迷路の中を彷徨った。


 僕自身、個人的な出来事。同時期、そのまま外国で一年弱過ごして帰国。(本人的には)何の成果も無く、彼女にもフラれ、親にも愛想を尽かされ、修論を一人寂しく書いて余生のような時間を過ごして学生生活は終わった。


 その頃に論文を書くためにワープロを手にしていたので、原稿もワープロで作れるのかを試した。『公募ガイド』の募集項目にもワープロ原稿可という文字が多くなった。ちょうど九十年代に入ったくらいのことだ。バブル崩壊と平成の米騒動の頃だ。そこで以前の『時神と暦人』の続編が作れないかな? と考え始める。目の前には『角川日本史事典』。この本、結構資料も巻末に豊富だったので、眺めながらネタ探しを始めた。


 ワープロ入力にスキルは移っていたので、五、六回書き直しをして遊びながら物語を書く。鎌倉を舞台にしようと考え始めた。鎌倉を舞台の青春小説。うーん、もう誰かが書いていそう。それ以前にそんな爽やかな経験など無い僕には書けない。ならば鎌倉が舞台の歴史ミステリー。うーん、ライバル多そう。このジャンルで僕のオツムで競争するのは負け戦。

 ちょうど当時は鎌倉で写真撮影を兼ねた散歩が終わると藤沢西武(現在閉店)のてっぺん、食堂街にあった喫茶店でプロットを書くのが習慣だった。その時、「そっか、鎌倉でだから誰かと比べちゃうんだあ」と思って、「藤沢にしよう」と思った。しかも「江の島は鎌倉のおまけのように扱われるので、主役は藤沢の町中だ。旧市街、藤沢本町駅とその周辺を想定」と思った。そして「頭脳明晰な高校生がタイムスリップをして、『時間の歪み』から人々を守る物語にしよう」と思い立った。言うなればエンデの『果てしない物語』の「虚無」的な発想である。


 その設定に行き着いた頃には既にPCのワープロソフトでプリンタ出力の時代になっていた。その頃も相変わらずショートショートや短編のメルヘンタッチや星新一風の不思議系小話を書いては送っていた。


 大まかな設定から次のステップが浮かぶ。暗室で現像してプリントされた印画紙に浮かび上がる像、写真には神さまの霊威が込められたメッセージが出てくる、という今の『時神と暦人』シリーズの根幹を思いついた。それでまずは男の子の主人公で書いてみた。当時仲の良かった友人は、読み終えると「主人公、女の方が良いな」と一言。彼は大学七年生(笑)。読書量は半端じゃなく、一番のお気に入りは夢枕獏さんだった。僕はあまり夢枕さんの小説は読んだことがない。ほんの数冊だ。

 それで急遽、アラサーの女性を主人公にした。ワープロでの書き直しの便利さはありがたい。消しゴムのカスは出ないし、用紙は破れないし(当たり前か・笑)。それが明治美瑠めいじみるの誕生だった。明治美瑠は、この当時の江ノ電のラッピング電車には明治製菓が多かったことと、藤沢の西部を明治地区ということから名字が浮かぶ。それで相棒の女の子はチョコレート繋がりで森永ちこにしたのを覚えている。

 

 ちなみにこの頃、僕はまだ藤沢には住んでおらず、町田や相模原をうろちょろしていた。


 やがて時代はミレニアム間近。この頃に僕は結婚して湘南地区に転居している。正確には学生時代にちょっと湘南の端っこで暮らした経験があるので、戻ったとも言える。何とかノストラダムスの予言はおおよそ外れたので地球は無事だった(笑)。この頃子どもの病気の看護のために七年ほど小説は休筆。僕にとっては辛かったけど大切な時間だった。

 やがて既に三十五歳を超えていた僕は一念発起して、家でできることをと思いだす。

 そして結婚の約十年後に離婚。なんとも人生苦難の連続である。何の修行だ。笑うしかない。要所要所、友人の皆さまに助けられて生きてます。あははは。(筒井さん風に書けばケケケだな・笑)



 時間が出来た僕は、「おじさんが活躍する小説を作る!」と考えて、『時神と暦人』の世界観、時空世界の暦人御師が担う時間管理システムの構築に取りかかった。まだ書き始めてはいない。御師という制度の登場である。なのでこの当時、主役の一人、山﨑凪彦やまさきなぎひこは三十代後半を想定している。その後アラフォーに変えるのだが。名前はお菓子の流れから、ヤマザキナビスコという会社が昔あったので、それのもじりである。

 御師の方はと言うと、伊勢御師はお伊勢参りを先導する歴史上有名な神職である。また藤沢から茅ヶ崎あたりはかつて大庭御厨おおばのみくりやという伊勢神宮の荘園領地だった。その辺を活かして大好きな伊勢神宮と関わりのある現代の物語を作ろうというおおよその流れがまとまったのである。

 斯くして二〇〇〇年のミレニアムに『時神と暦人』の新装された物語が出来上がった。だがすぐに時代がデジタルへと変わる。フィルムカメラは生産中止が相次ぎ、デジカメの時代になっていた。時代に押されるように、写真暗室をプリンターに改めたりと小説の中の時代感を進める作業をして、人には見せず、コンテストにも出さず温存していた。発表の場を応募にするのにも何処にだそうかと考えている程度だった。


 ただ日の目を見ること無いまま黙々と書き続け、第二話の「藤色の郵便屋さん」と第三話の「アイビーと雛菊-暦法改正のアミュレット-」までは出来上がっていた。特に「暦法改正のアミュレット」は得意分野の歴史、欧州史を少し含んでて、しかも暦を主題にした太陽太陰暦採用の歴史イベントが物語の主軸を占めたもので、僕にとっては渾身の出来と当時は自負した。若いって、無責任に自信を持てて良いよね、と当時の自分を振り返っている(笑)。


 それでも一番頭が冴えていた頃で、感性も乗っていた時期だった。小さなコンテストだったが、各方面で一次予選は良く通過していた(この当時は各地にちょっとした小さな文学賞がたくさんあった)。しかしその先がさっぱりだった。この流れが今に続いている。時期を同じくして『かんなづきの夜』が地方新聞社主催の文学賞で本線前の予選に残り名前とタイトルが、小さくではあるが、新聞に載った。初めてだった。でもその後の選考の結果は残念だった。この頃から僕の方向性は時代と一致してきたのかなあと思い、あれこれ悩むのはやめて淡々と書いていくことに決めた。


 ってな訳で次は二〇一〇年代までのお話になる予定。では次回まで、シーユー。


※「純文学」

一応今更ながら久々に調べてみることにした。【ブリタニカ国際大百科事典】によると大衆文学の対義語で、純粋な芸術的感動を呼ぶ文芸作品とある。1960年代に国内で起こった「純文学論争」で概念が揺らいだらしい。そして1980年代以後は大衆文学と純文学の区別を必要としない時代になったともある。現在の百科事典だから出ているけど、僕が悩んでいた八〇年代には、渦中にあって、まだ結論が出ていなかったのかな。だから僕は何を調べても意味がつかめなかったのかも。でも今も対義語に対する意味は把握したが、実体としての具体的な語意とイメージは依然わかない。きっと僕より前の時代の人は分かるんだろうな。

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